第九話~邪視~


邪視じゃし……evil eyeイヴィルアイ

起源はヨーロッパから中東にかけて伝わる民間伝承と言われているが、世界共通で同様の伝承は古くから伝えられている。


その瞳で悪意を持って睨みつけた相手、またはその瞳を覗き込んでしまった者は病気を患うか精神を病み、死にまで至るという呪いの魔眼のひとつ。


魔眼まがんとは強力で不吉なものではあるが、使い方によっては怪異に苦しむ人々を助けることに役立つ。


人々に取り憑く悪霊を祓うこともできるし、妖怪や祟り神に対しても強力な対抗手段となる。

また、死に瀕している者をあの世へと連れ去ろうとに寄ってくる死神しにがみ餓鬼がきを追い払うことも可能であり、邪視は存在そのものが強大な“魔除まよけ”となるのだ。


故に、怪異対策局で活躍する邪視能力者は怪異救護課に所属する者が鎮圧課に次ぎ多い。



「キシャァァァァアァァアッッッ

!!!」



“ガラスが割れたような音”と共に柳目やなめの邪視が炸裂し、それをモロに喰らった大蛇櫛田はダメージを負ったのか派手に体をうねらせのたうち回った挙げ句、仰向けになり動かなくなった。


……しかし、何か引っ掛かる。

私の知っている櫛田くしなだがこんなにあっさりと討伐などされるだろうか。

九尾の狐である私すらも軽く捻る奴が───。



「やった……やったよひとみん!マコちん!私ら勝ったんだ!」


「いやぁ、結構しんどかったけどやればできるもんだね!」


「えへへ、蛇って瞼がないから私の能力を直に喰らっちゃうと思って」



八塚FCの面々は緊張から解放されたせいか、頬を緩めながらお互いに健闘を称え合っている。

……本来ならこれで勝負ありとしてよいのだろう。


───櫛田ナガメがであるならば───。



「なるほど、魔眼まがんの類いですか。そこそこ強力でしたが……。

まあ、いいでしょう。あなた方の力量は認めます。

……しかし油断が過ぎますね。敵の息の根を確認もせず背を向けるなど───」



「「「ファッ!!!?」」」



それは一瞬であった。

八塚FCの足元に剣撃で付けられた巨大な亀裂が発生したのだ。


ふと気づくと、訓練場に射し込んでいたはずの陽の光が消え、場内の照明が一層明るく感じられていた。

太陽が暗雲に覆われ雷鳴が轟き、激しい暴風と豪雨の轟音が外から響いている。


今日は快晴の真夏日であったはずなのだが、何かによってそれが遮られてしまったらしい。



「おいおい……は反則だろ櫛田……!」



私の額に汗が滲むのも無理はない。

いつの間にか人間体へと戻っていた櫛田がその手に握っているのは……“あめの叢雲剣むらくものつるぎ”……!!


“日本最強の神器”をこんな場所で使うなんて……まともじゃねえよ、お前。



「な、なんで……いつの間に人間の姿に!?

だってあそこで動かなくなってる大蛇は……」


「そ、それよりあの剣、絶対ヤバいやつだよ!」


「大神さん!木村さん!私がもう一度あいつに能力を当てるから、目を瞑って───」



「同じ手に二度も引っ掛かるわけがないでしょう」



「「「ッッッ!!!!!!」」」



三人はまるで石になったかのように動きが止まった。

……ただしくは突然硬直してしまった、という表現が適切か。

そう、正に“蛇に睨まれた蛙”のように───。



「……邪視、面白い能力ですね。咄嗟に“脱皮だっぴ”して正解でした。大蛇オロチの姿ではまばたきができませんからね。

……なるほど、確かにその瞳は人をにしてしまうようですが……私ほどの怪異には然程効果はないようです。


ふふ、でもまあ良い機会ですので、ひとつあなたに教授してさしあげましょう。

───本物の“邪視”というものをね」



「ひっ……!!

や、やめっ……いっ、嫌ぁぁぁあぁぁあぁぁぁっっ!!!?」



櫛田は柳目の顎をむんずと掴み、その鬼灯ほおずきのように真っ赤に染まった眼で彼女の瞳を覗き込む。


すると柳目のルビーのような瞳は見るみる内にドス黒く変色していき、遂には血の涙まで流しガクガクと全身を震わせ泡を吹き、仰向けに倒れてしまった。



「あっ、あがっ、あががっ、がぼっ」



柳目は完全に戦闘不能に陥ってしまった。

それもそのはず、彼女が櫛田から受けたものは謂わば“神の邪視”。


神話級怪異がスタンダードに持っている、強力な妖力由来の圧倒的な殺意、敵意をその瞳を通してぶつけるわざ

要するに、神や巨大な怪物を前にすれば誰しもが感じる“プレッシャー”。それに柳目は押し潰されてしまったわけだ。



「さて、残りのお二人はどう料理してさしあげましょうか」



最早勝負どころではない。

櫛田が発した邪視プレッシャーによって大神と木村も身動きが取れないほどに憔悴しょうすいしてしまっている。

……櫛田ナガメの完全勝利だ。



「ちょっ!?もう勘弁して!降参!

ようちゃんストップかけてー!!

このままじゃ毛皮しか残らない!」


「ここまでイレギュラーなやつだったなんて知らなかった!ほんともう無理!降伏します!

私は元々戦闘とか無理なんだってー!!」



情けなく命乞いする二人に私は肩を竦め、そのまま能力評価試験の終了を宣言するのだった。

 

気づけば先程までの暴風と豪雨はどこかへと消え去り、再び殺人的な陽光が訓練場の外を照らしていた。



────────────────────



「意外ですね。あなたは途中から参戦してくるものとばかり思っていましたが」



試験を終えた櫛田と共に休憩室で一服をしていると、不意にそんなことを語りかけられた。


私のミルクをたっぷりと入れたコーヒーとは対照的に、櫛田は鮮やかな琥珀色の紅茶の香りを楽しんでいる。

ほんと、こいつとはどこまでもらしい。



「まあ、別にそうしても良かったんだがな。

でもそうしたらお前、手加減なんてできなくなるだろ」

 

「あら、よくわかっているじゃあないですか」


 

つくづくイイ性格をしているなこいつは。

八俣遠呂智ヤマタノオロチが本気で暴れたらあんな訓練場なんて塵ひとつ残りはしない。


ましてや天叢雲剣まで引っ張り出されたとなれば、下手すりゃ“日本沈没”も冗談では済まなくなる。



「……取り敢えず、晴れてお前は民間の妖怪退治屋だ。

ただし、怪異対策局が置かれているこの地桜幡では私たち対策局員公務員が優先。他の行政からの依頼以外では常に私たちの傘下として動いてもらう」



民間怪異対策員は民間事業者ではあるが、基本的には怪異対策局の下請けという形で動いているのがほとんどだ。


収入の面では確かに民間の方が多く稼げる傾向にあるが、それはピンキリ。

馬鹿からぼったくれるだけぼったくる悪徳な連中もいるが、行政の下請けとして堅実に稼ぐ者たちの方がずっと多い。



「ええ、それは存じてます。私がこの仕事に就いたのも基本的には繋くんと一緒に仕事をするためというのが大部分を占めていますので」



悪びれもせず不純な目的があったことを暴露しやがったなこいつ。

どこまでも私たちの仕事を舐めやがって……。



「ひとつ言っておくぞ櫛田。

民間みんかん怪異対策員かいいたいさくいんになったからって勘違いするなよ。お前は八塚や私が監視している“超危険怪異ブラックリスト”であることに変わりはない。

故意に人々に危害を加えようものなら私たちは総力を挙げてお前を討伐する」


「馬鹿ですね。私がけいくんの手を煩わせるようなことをするわけがないでしょう。まあ繋くんの手で討伐されるというのはそれはそれで魅力的な“プレイ”ではありますが。


……それよりももっと重大な問題があるはずです」



櫛田の切れ長の目が私を一層鋭く射抜く。

まるで背筋に氷を当てられたかのように、その鋭い眼光に一瞬たじろいでしまった。



「何やら八塚FCやつかファンクラブなる随分とふざけたがあるそうじゃあないですか。

人様の旦那に……よくも……よくも……ッッ」



───庁舎全体が揺れ動いた。

地震などではない。恐ろしいまでの櫛田の殺気がこの桜幡おうはたを地の底から揺るがしているのだ。


このままでは桜幡が消し飛ぶと思い、私は慌ててあいつら八塚FCの弁明を始めた。

……いやなんで私が。


……つーか、あいつら揃って早退しやがったし。

そんなんでよく対策局員が勤まるなまったく───。



「あぁ、いやそれはだな!

八塚がお前と結婚する前にあいつらが半ば冗談混じりに作ったものであってだな……!?

決してお前から八塚を奪おうとかふざけたことを考えているわけでは───」







「ふざけていますッッ!!

繋くんほどの偉大な存在が“ファンクラブ”程度などッッ!!

正しくは“繋くん真○教”!!

若しくは“K○K(繋くん・クラックス宇宙の中心クラン集団)”が作られているべきですッッ!!!」






「馬鹿野郎ッッ!!!色々とアウトじゃボケェェェッッッ!!!!」



知ってか知らずか、マジでZ世代ヤバすぎだろ。

……本当にこいつを民間怪異対策員にしていいのか。こいつそのものが問題がありすぎる神話級怪異だというのに。


先が思いやられ、頭を抱える私なのだった。








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柳目やなめひとみ


・性別……女

・年齢……26歳

・身長……153㎝

・体重……中学時代から変わりなし

・3サイズ……B79、W53、H77

・仕事……青森県怪異対策局下北支部桜幡庁舎怪異救護課の二等官。非正規ファンクラブ“八塚FC”の一員

・出身……青森県下北郡風間浦村

・能力……生まれながらの“邪視”。その紅い宝石のような瞳で相手を睨みつけるか、不意にその瞳を覗き込んだ者は病を患うか精神を病み、最悪の場合死に至る。

普段は黒い特殊なスカーフで目を覆い能力が発動しないようにしている

・好物……お酒全般。食べ物はあまり口にしなくても生きていけるらしい


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