第二章【狐と蜘蛛と因縁と】
第一話~本州最北の歓楽街~
青森県はむつ市、
そこは昭和の匂いを色濃く残す、本州最北端の歓楽街。
地区の中央にある
そんな戦後の
その一画にとある
「
胸元の谷間が強調されたやや暗めなルビー色のドレスに身を包み、ウェーブのかかった紅い髪を後ろで結んだ嬢が客と思しき背の高い男の隣に座り、名刺を渡す。
嬢は客と一言二言言葉を交わすと、新人とは思えない慣れた手つきでハンカチをコースターにし焼酎のロックを作り、グラスについた結露をハンカチで拭き取って客へと手渡した。
「へぇ~……本当に新人さん?
どこかで経験されてたんですかせんぱっ……よ、
「ええ、学生時代に
───危うく先輩呼びをしてしまいそうになった俺の大腿を、
あまりの激痛に背筋がピンと伸びてしまった。
「(おいこら八塚、いきなり仕事を終わらす気かテメェ!?
何のために私がこんな格好してるか忘れたか!)」
「(す、すみません先輩。あまりにも
「(笑ってんじゃねえッ!!
ったく、北条課長が下北支部からいらん仕事引き受けたりすっから……!)」
怪異対策局
事は数日前に遡る。
鎮圧課の課長である
────────────────────
「「
朝から素っ頓狂な声をあげる俺たちを余所に、課長室から外を眺める北条課長は続けた。
「実は
こちらに背を向けそう語る北条課長。その声音はいつもよりトーンが低く、これが重要な任務であることが伺えた。
しかし、肝心の任務の内容が……。
「……で?
何で神社横丁の“違法キャバクラ”への潜入なんすか」
やや呆れ顔の先輩が切り出すと、課長はそれに合わせるように咳払いをした。
……未だにこちらに顔を向けないということはつまり。
「……俺が下北に来てからずっと
昔馴染みがやってる店が何やらキナ臭いと……おわぁぁぁっ!!?」
「ほほ~ん、そりゃまた随分と“
つーか酒くっさ!また朝まで呑んでただろあんた!」
「み、見ちゃイヤ~ン!」
そこにはせっかくのグラサン姿が形無しなキスマークが頬やら首元やらワイシャツの襟首にまでふんだんに付けられていた。
課長……東京に奥さんを置いておきながらまだ女遊びに興じているのか、懲りないな。
「なるほど……大方、課長が“仲良く”してもらってるクラブのママさんからの安請け合いということですね」
「ギクゥッ!?
け、決してそういう訳じゃあないぞ八塚くん!これは列記とした市民からの調査依頼であってだなぁ!」
慌てて取り繕うとする課長を尻目に、俺は今日の夕飯の献立を思い浮かべるのだった。
そういや家族皆で採って来たタケノコがまだ残ってたな。ナガメとダシィの好きなメンマ風炒め、また作ってやろうか。
「おーい八塚くーん!話ちゃんと聞いて~!
そこのキャバクラでどうやら怪異の
課長のその言葉に、俺たちは一瞬で眉をひそめた。
怪異の不法就労、そしてキャバクラ……歓楽街……。
「まさか……違法な
「そう、その可能性があるんだ。
そしてこういった“場所”で好まれる怪異というのは……」
「……変化能力を持つ動物、下級妖怪か」
先輩の目つきが鋭くなる。
少子高齢化や人手不足の煽りか、人間の代わりに夜の街で働く怪異たちは増加する一方だ。
メリットとしてまず、彼らは一目では年齢がわからない。
人間より長寿で美貌を伴う妖怪ともなれば業界として引く手数多だろう。
しかし、問題となっているのは“変化能力を持った動物”を違法に従事させる者たちの存在だ。
所謂、化け猫や化け犬、狐や狸といった人間に変身できる、または変身できるようになったばかりの動物、或いは下級妖怪というのは人間に騙されやすい。
古くから社会に溶け込んでいる高位の妖怪たちと違い、彼らは人間社会への理解が乏しく、本来貰えるはずの金銭をピンハネされているケースが多い。
彼らは純粋なため、寝床や食事を与えられただけで雇い主にすぐ心を開いてしまうし、金銭の価値を正しく理解していない場合が多いのだ。
それに加え、無知なことをいいことに違法な性接待を受けさせられている者たちも決して少なくない。
本来、
今回の件もそれに当たるのだろう。
「そういうとこで雇われている化け妖怪たちは耳や鼻が良い。
警察なんかのガサ入れはすぐに察知して動物の姿に戻り、雲隠れしちまうなんてザラだ。
だから怪異対策局以外で取り締まるのは難しい」
先輩の言う通り、警察の取り締まりでは限界がある。
それに、律儀に雇い主を守ろうとして警察に危害を加える者たちもいる。
最悪の場合、死人が出てしまうこともあるのだ。
「という訳で上総特等、八塚一等。
君たちにキャバクラ“わんにゃん”への潜入を命じる!」
「「了解っ!!」」
しかしこの時、先輩は気づいていなかった。
なぜ今回の件が“潜入捜査”である必要があるのかを───。
────────────────────
「(そりゃ変化能力のある私なら疑われずに店の内側から証拠を集められるとはいえ……この衣装は計算外だッ)」
「(我慢してくださいよ先輩。
男女でキャバクラに来る客なんて不自然なんですから)」
普通にガサ入れするには証拠も足りないうえ、雲隠れされれば二度とチャンスはない。
だからこそ人間の姿にもなれる先輩が重宝されたわけだ。
店には俺の他にも男客が数名おり、狐や狸と思しき嬢たちが接待している。
しばらくするとバックヤードからやってきた二人の嬢が俺の隣に座る先輩を押し退け、取り囲むように座った。
「煬子、あそこのおじ様がご指名にゃ!さっさと行くにゃ!」
「わふわふ!若いお兄さんなんて久しぶりだわんっ」
先輩がキレそうになるのを俺はなんとかアイコンタクトで落ち着かせる。
俺の隣に座った化け猫と化け犬らしき二人はそれぞれ“にゃん子”と“わん子”と名乗り、名刺を渡してきた。
二人とも見た目は普通の人間と変わらず、特徴的な語尾でようやくその正体が分かるレベルだ。
「お兄さん、こういうお店初めてにゃ?
力抜いていっぱい楽しむにゃ」
「おつまみどうぞですわん。ママの作ったイカ寿司は絶品なんだわん!」
イカ寿司とは一般的な握り寿司とは違い、ボイルしたイカの胴体にイカゲソと塩漬けしたキャベツ、人参、紅しょうが等の野菜を詰めて酢漬けにした下北の伝統料理である。
「……おお、美味いっ」
「そうでしょ?」
「ママの作ってくれる料理、わん子たちもだーいすきなんだわん!」
程よい酸味と塩気、イカの風味と野菜の食感が合わさり酒が進む。
どうやらママの料理の腕は本物らしい。
「さあさいっぱい呑んで食べて唄って欲しいにゃ!」
「……お兄さん、よく見たらたくましくてかっこいいわん!
わん子、お兄さんみたいなご主人に飼われたいわん♡」
「あー!わん子ったらずるいにゃ!
にゃん子だってお兄さんみたいな大きい人のお膝でお昼寝したいにゃ♡」
うーん、いかんな。凄く楽しい。
こいつらもう
……少しからかってやるか。
「いいよ……二人とも俺のペットにしてあげよっか」
「うにゃっ♡」
「わふんっ♡」
二人の肩を抱き寄せ、フワフワな耳元でそっと囁く。
そして二人の……否、二匹の顎を指で擦る。
「ふにゃぁぁぁ♡」
「わふぅぅぅぅぅ♡」
二匹はドレス姿にも関わらずあっという間に腹を見せ仰向けになる。紛れもない、服従のポーズだ。
すかさず俺は彼らの腹を撫で回す。
「お、お兄さんだめにゃぁぁぁ♡」
「そこ、ダメなとこ擦れてるわんッ♡」
変なスイッチを押してしまったのか、二匹の顔は真っ赤に紅潮し、下品にもヨダレを垂らし歓喜の声をあげる。
「ハァ、ハァ♡」
「お、お兄さん……わん子たちと一緒に隣のお部屋に行きましょうわん♡」
……少しやり過ぎてしまったか。
興奮した二匹に手を引かれ、俺は何やら如何わしい雰囲気の部屋へと通されるのだった───。
────────────────────
キャバクラ“わんにゃん”。
むつ市田名部地区の神社横丁の外れにある癒しとロマンのお店。
猫っぽかったり犬っぽかったり、コンコンしたりポンポコしたりしてるキャストたちがあなたをお出迎え!
カラオケ完備、90分飲み放題!
ボトルキープは焼酎3000円~、ウイスキー5000円~。
…………尚、裏メニューを注文できるかはキャストたちがあなたを気に入るかどうかの運次第♡
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます