第二十二話~ゴールデンタイムラバー①~
───言っておくぞ
だが、田村麻呂様に愛想を尽かされるような無能ならさっさと俺が切り捨てて畑の肥やしにしてやるからな───
───いいか
すべては大恩ある田村麻呂様が天下の将軍となるため。
そのためならば、俺たちは
───……うぅっ……許してくれ……怖かったんだ……女を知らずに死ぬことが怖かったんだ……ゆるして……お許しください母上……須佐は良い子にはなれませんでした……ッ───
───軍団を抜けるだと……?
貴様、俺様を殺すのではなかったのかッ!!
……まあいい、貴様の顔を見なくてよいから
二度とその顔を見せるでないぞ───
貴様の顔を思い出すだけで臓腑が煮え繰り返り、怒りに任せてすべてをぶち壊したくなる。
我が一族を滅ぼし、
決して許すことはできない。
……だが、今でならわかる。
お前もまた
あの時代、まともでいられる人間など一人だっていやしなかった。
俺たちのような
矛盾に苦しみながらも、田村麻呂は俺たちを生かすために、戦場という地獄に放り込むしかなかったのだ───。
「八束彦、貴様に
あの時は不意討ちを喰らったが……二度目はないと思え」
素戔嗚尊が鎧を捲りあげ腹を見せつける。
そこにはかつて俺がつけたものであろう、大きな貫通痕が残されていた。
「さあ、死合おうか───」
一瞬だった。
スサノオは
俺はそれを瞬時に網目状に組んだ鉄の糸で粉々に粉砕する。
石や土はあっという間に砂塵へと変わり、俺の視界を奪う。
なるほど、馬鹿な貴様でも少しは考えたな。
先程の剛彦との戦闘で十拳剣本体の斬撃は効果がないと理解し、他の物体での物理攻撃で俺を撹乱し仕留めるつもりなのだろう。
「貰った……!!」
「甘いッ」
岩をも穿つであろう音速の蹴りが俺の背後から迫る。
しかし、俺はそれを見越し背中の脚爪で防ぐ。
「チッ……!
背中に眼がついているのか貴様ッ」
「お前の蹴りが鈍いだけだ!」
この程度の蹴り、猛さんの方がもっとヤバかった。
あの人の本気の蹴りなら俺の脚なんて持っていかれてる。
まあそれ以前に、俺の糸を張り巡らせたこの境内ではどこから攻撃をしようとも簡単に察知できる。
お前に勝機などない……!
「先程の
正々堂々と勝負しろ八束彦ッ!!」
「貴様にだけは言われたくない言葉だッ!!」
スサノオの首を目掛け脚爪を大きく伸ばす。
が、十拳剣がそれを許さない。
鋼同士のかち合う音と振動が境内を震わせた。
「これでは
こういうのはどうだ……!」
空から再び雷鳴が轟き、幾つもの稲妻が境内へと落ちる。
そして視界を奪う雷光と共に現れたのは───。
「分身……!」
目映い光で構成された複数のスサノオの化身がそこにいた。
分身たちの姿は須佐彦本体と比べ簡素で、右腕はそのまま剣の形となっている。
───素戔嗚尊は古代のあらゆる英雄伝承を集合させ誕生した神だと云われている。
ある時は神々のおわす
しかし出奔した先の出雲では一転、
そしてまたある時はオロチから助けた
一見、多重人格者にも思える英雄なのだが……須佐彦のように、様々な古代の人物がモデルとされ形成された神こそが素戔嗚尊であるとするならば納得がいく。
この分身もつまりはそういうことなのだろう。
「貴様が考えている通りだ八束彦。
故に、数多の
「否、普通に卑怯だろ屑め」
「黙れ!これでお
スサノオの分身がほぼ同時に襲いかかってくる。
流石にこの数を相手にするのはまずいかも───。
「───そっちが数で来るなら、私たちも手ェ出しても構わねえよなッ!」
分身たちの前に炎の壁が立ち塞がった。
更に追撃するように、大木のような
「先輩、ナガメ!」
「一人で喧嘩しようとしてんじゃねえぞ
「分身ハ私タチデ対処シマス!
繋クンハ本体ヲ叩イテクダサイ!!」
後ろからも巨大化したダシィとリボルバーを構えた
「ダシィ信じてる。
パパならあの
「八塚一等、君なら奴を……英雄神スサノオを討てると俺も信じているよ」
……少し照れ臭いな。
誰かに応援されながら戦うなんて、
スサノオ……否、須佐彦。
俺はお前を殺す。
殺して……
「はははっ!!
貴様ら
この分身一人ひとりが日の本最強格の英雄たち!その成れの果てよ!
肉体はとうに喪われ、名も忘れられ、友も愛する者も尽く土へと還った……。
───八束彦、そんな憐れな此奴らを貴様は消し去るか。
日の本最高の英雄たちを……忘却の彼方へと……」
本体である須佐彦を倒せば、素戔嗚尊という神を形成する他の柱たちは消滅するだろう。
それは、名前も功績も歴史の闇に消え果てた彼らにとっての完全なる“死”───。
「───覚悟の上だ」
陽はとうに落ち、夕闇を照らす大きな月だけが俺の背後に浮かんでいる。
まるでその月を泳ぐかのように……俺は糸を使い、脚爪を大きく広げ宙へと舞った。
「───
正に貴様は
ずっと待っていたよ、お前との決着を───」
「生憎だが、俺を待っていて良いのは……ナガメだけだ」
「……さあ決めようではないか。
貴様が味わうのは勝利の美酒か……それとも敗北という名の苦汁か───」
勢いよく弾みをつけ、風を切る音と共に俺は須佐彦を目掛け滑空した。
───操ってみせよう、“運命”を。
────────────────────
スサノオの分身たちが此方へと一気に襲いかかってくる。
が、それに対し、巨体の私をすり抜けるようにして後ろから火炎放射が見舞われた。
「危ナイデスネコノ
ヤッパリ私諸トモ討伐スルツモリデスネ!?」
「やかましい!お前がデカすぎんのが悪いんだよ!」
しかし、間を置かずに別の分身たちが続けて私たちを斬りつけようと向かってきた。
「シツコイデスネ……!!」
私は自身の質量に任せて分身たちへとのし掛かり、その尽くを押し潰した。
分身たちは完全に沈黙し、光となって霧散する。
「ハァ……ハァ……先程ノダメージガ……ッ」
致命傷とはならなかったとはいえ、スサノオの加護を受けた
私がこの大蛇の姿に変身できる時間は限られている。
体力の消耗と共に変身を維持できる時間は更に減っていくのだ。
しかし、そんなことはお構いなしにスサノオの分身は倒しても倒しても延々と空から稲妻と共に現れる。
これではジリ貧だ。
「櫛田、お前あとどれくらいの間その姿でいられる」
「チョッ、何勝手ニ触ッテルンデスカ!」
突然後ろから私の体表を触ってくる女狐。
驚いた私は思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
「答えろ櫛田、それによっては私たちの勝利が一歩近づく」
いつになく神妙な面持ちでそう語りかけてくる彼女に、私は並々ならぬ覚悟を感じた。
どの道このままでは私たちの不利は確実。
で、あるならば───。
「……残リ10分程ガ限界デス」
「わかった。
それじゃあお前の残りの妖力を全部私に寄越せ」
「アナタ……何ヲスルツモリデスカ」
───まあ見とけ。
そう言って彼女は私の体から急激に力を吸い取り、私はみるみる内に人間の姿へと戻ってしまった。
「10分……私のエネルギー効率に置き換えりゃ精々1分が限界か」
突然、彼女の体から目映い光が放たれ、私は思わず目を瞑ってしまった。
数秒の後、目を開けるとそこには───。
「フゥ……さすが八俣遠呂智の妖力。
こんなに力が
その姿は正に“九尾の狐”。
三つだったはずの大きな尾は九つに増え、まるで炎のように揺らめいている。
更に蒼い業火を身に纒い、辺りの温度を急激に上昇させた。
「マサカ……!
ソノ姿ハマルデ
スサノオの分身たちが驚きの声をあげる。
そう、今の
日本三大妖怪に数えられる
その恐ろしい妖力は、正に神にも匹敵すると云われている。
「時間がねえ……さっさと片付けるぞッ
!!」
分身たちの足元から渦を巻くように大きな蒼い炎が現れ、彼らを包み込む。
そしてそのまま巨大な炎の竜巻となり、遥か上空へと分身たちを巻き上げた。
「吹き飛べやぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
「「「ガァァァァアァッッ!!!?」」」
断末魔のような叫びが
間もなくして上空で大地を揺るがすほどの大爆発が起き、辺り一面が昼間のように明るくなった。
分身たちは完全に消滅し、新たな稲妻も落ちることはなくなったようだった。
「これが最強奥義……
力を使い果たしたであろう上総煬がいつもの姿へと戻り、フラフラとその場に倒れ込む。
私は慌てて彼女の背を支え、共に膝を着いた。
「呆れた……立つこともままならない程に力を使うなんて」
「……しゃあねえだろ。
お前への罪滅ぼしにはこれくらいでもやらねえと、な───」
「……馬鹿な人」
慣れないことをしたせいだろう。
そのまま私の胸を枕に上総煬は眠りについてしまった。
まったく、手の掛かる“先輩”ですこと。
……何となく、
そんな気がしました。
────────────────────
矢の如く放たれる俺の蹴りを、スサノオは十拳剣で受け止める。
続け様に脚爪で奴の背後を狙うが、読まれていたように剣を背に翳され攻撃を弾かれる。
鋼鉄の糸で四肢を切断しようと図るも、それすらも見切られ、簡単に糸を斬られてしまう。
やはり奴が人間だった頃のようにはいかないか。
奴は持てる神力を総動員し、俺の攻撃を見切り反撃してくる。
俺の脚爪も既に二本切断されてしまっていた。
───やはり決定打に欠ける。
神格をダシィと共有している俺にとって、奴の攻撃は致命傷とはなり得ない。
が、裏を返せばこちらも奴に有効打となり得る攻撃ができないことを意味する。
このままでは持久戦。
そうなれば剛彦との戦いで先に消耗していた俺の方が不利となる。
上総先輩がナガメから力を借りてまで分身たちを早いペースで打ち倒した理由もこれだ。
俺にはもう時間的猶予がない。
最悪、俺の命をすべて妖力に注ぎ込み、奴諸とも消滅する手もあるが───。
「繋くん!頑張ってください!!」
───ナガメ、お前を遺してなど逝けないよな。
何か……何か他に手は……。
…………。
ナガメ……?
そうだ。
ナガメはなぜ桜幡から外に出られない。
ナガメが、
何故?
何故、守護神となりえたのか。
何かがあるはずだ。
ナガメを、八俣遠呂智をこの地に
───この剣が出雲の血族に敏感に反応する故な。
つまり、出雲の血族と深く繋がっているこの剣の妖力を姫へと移すことができれば───
あの時、田村麻呂様は何かを持っていた。
確か……そう、あれは……!!
「そうか……すべてが“繋がった”……!!
ナガメ、ダシィ!力を貸してくれッ!!」
「繋くん、私にはもう大蛇に変身できるだけの力は……」
「変身はしなくていい!
お前が“何か”を感じてくれればそれでいい!」
「パパ、ダシィ、
「ああ、大きくなったお前の力が必要だ!」
二人に手早く説明する。
それを聞いたナガメは驚いた表情で俺の顔を覗き込んだ。
「……繋くん、本当なんですか。
私、本当に……自由になれるんですか」
「ああ、俺の推測が正しければな……!」
ナガメを
俺はそれをこの目で一度見ているんだ。
あれほどの妖力と、
そして、それがある場所とすれば───。
「ダシィ、
「空!?
お空飛べるの!?」
「ああ!糸を使って、
「繋くん!?
それ全然
俺はナガメとダシィを左腕で抱きかかえ、遥か上空に飛ぶ
俺たちの体は強い力で上空へと引っ張り上げられ、瞬く間に宙を舞った。
「八束彦、貴様逃げる気かッ!?」
宙を舞う俺たちへ向け斬撃を飛ばそうとするスサノオ。
が、撃鉄が落ちる音と共に十拳剣は弾かれ、斬撃を封じられる。
「おっと、まあそう焦りなさんな。
彼らは必ず戻ってくるよ」
「おのれ……人間ごときが面妖な!」
「この357マグナムの弾は特注でね。
いくら神様といってもまともにこいつを喰らったら泣くだけじゃ済まないぜ。
───彼らが下りてくるまで大人しくしていろ。俺もお前たちの決闘を邪魔したくない」
───ありがとう、北条課長。
俺はつくづく良い上司に恵まれた。
凍りつくような上空の寒さを感じながら、俺は北条課長への感謝の意を唱えたのだった。
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