第十二話~迫る影~
今晩の夕食はとても豪華なものとなった。
朝からダシィとナガメが山から採ってきたというたくさんのたらの芽とタケノコのフルコース。
たらの芽は天ぷらに、タケノコは茹でたものをそのままと、油揚げや糸こんにゃく等と一緒に混ぜた油炒めの二品を作るそうだ。
「ダシィ、りょうりもおてつだいする!」
台所に立つナガメとかっちゃの間に椅子を持ってきたダシィはその上に乗り、包丁を持って茹でたタケノコを切っているようだ。
「大丈夫だかダシィちゃん」
「だいじょうぶ。ダシィ、きるのとくい」
心配するかっちゃを他所に、ダシィは慣れた手つきでタケノコや他の具材も綺麗に切っていく。
そういや昨日も見事な刃物捌きでイワナを捌いてたな。下手すりゃ俺より上手いかも。
……負けてられない。
「ナガメ、今日は疲れたろう?晩飯の支度は俺に任せて休んでろよ」
「え、でも……」
「かっちゃから聞いた。熊と鉢合わせたんだろ……本当に大丈夫だったのか?怪我はしてないか?」
「あはは、大丈夫ですよ。熊はちゃんと山に“還り”ましたから」
「……そうか。
でも、山菜採りであちこち歩いて疲れただろうからさ、座ってなよ」
「……ありがとうございます。ふふ、久しぶりに繋くんの手作り料理が食べられますね」
「それじゃダシィはパパといっしょにおりょうりする!」
「うん、一緒に作ろうか」
リビングで休むナガメとかっちゃ(ちゃっかり自分も休憩)に見守られながら、俺とダシィは料理を始めた。
手始めにダシィの切ってくれたタケノコと具材を油を敷いたフライパンで炒めていく。
醤油と砂糖、少しの一味唐辛子を加えて数分。最初の一品が完成した。
俺は出来たてのものを少し皿に取り、ダシィへと手渡す。
「ほら、味見してごらんダシィ」
「いただきます。
あむ……タケノコがしゃくしゃくしてておいしい!あじつけもばっちり!」
どうやら好評のようで安心した。
さて、この有り余るタケノコを使ってもう一品作ろうか。
俺は切ったタケノコを再び油を敷いたフライパンへと落とす。
「パパ、またおなじのつくる?」
「いや、今度はちょっと変わったものにしよう」
先程の油炒めで残った糸こんにゃくをフライパンに入れ、続けて醤油・砂糖・みりん・唐辛子・鶏ガラスープの素を適当に加え炒める。
「アブラ、ちょっとかおりちがう?」
「そう、フライパンに敷いたのは胡麻油だ」
「ゴマアブラ!うるしぬりでつかったことある!でもたべるのはじめて」
縄文時代前期には既に漆塗りの漆器を作る際にエゴマ油が使用されていたと聞く。まあ正確には胡麻とエゴマは別の種類の植物なのだが、植物性油の歴史は意外にも古いのだ。
「う~ん、いいかおりする」
「よし完成!根曲がり竹のメンマ風炒めだ。
味はどうだダシィ」
「あむあむ……これ、ちょっとからいけどおいしい……!ごはんたべたくなってきた」
ピリ辛でご飯にも酒にも合うこと間違いなし。東京の町中華でバイトした時にまかないで教えてもらった俺イチオシの一品だ。
さあ、次はいよいよメインに取り掛かろう。
天ぷら鍋に油を入れて火をかけ、ボウルに卵と水、天ぷら粉を入れかき混ぜ天ぷら衣を作る。
煮立った油に菜箸を入れ泡が出るのを確認したら、まずは解凍しておいたブラックタイガーの剥き身に衣をつけ、油にさっと泳がせた。
「うわぁ~、エビがあわふいてる!」
「はは、ダシィは天ぷら見るの初めてか」
「うん、本でみたことあるけどどんなあじになるかしらない」
「そうか、それじゃ人生初の天ぷらを味わってみな」
俺は綺麗な狐色に揚がった海老天をペーパーを敷いた皿に取り上げて塩を振り、ダシィに手渡す。
ダシィは物珍しそうに海老天を見詰めたあと海老の尻尾をつまみ上げ、ふぅふぅと冷ましてから一口でそれを平らげた。
「はふはふっ……!
お、おいしいっ!アツアツのころもサクサク、エビぷりっぷり!テンプラってこんなにおいしいんだ」
「だろう?でも、まだメインはこれからだぞ」
次に、俺は水洗いで下処理したたらの芽をペーパーにくるんで水抜きし、先程と同じように衣をつけて油へと放り込んだ。
パチパチと心地よい音色が響き、たらの芽についた衣は少しずつ色を変えていく。
良い頃合いを見計らい、俺はそっと菜箸でたらの芽を取り上げ、ダシィの皿へ移す。
「さあ、塩を振って……食ってみな、飛ぶぞ」
ダシィは再び吐息で冷ましながら、おそるおそるたらの芽の天ぷらを口へと運び頬張った。
すると普段はニコニコマークよろしく山なりに細いダシィの目がカッと開かれ、金色の瞳が神々しく光を放つ。
「……パパ、これ“神”」
神様からの神認定いただきました。
ダシィは感極まったように天ぷらを味わいながら何かうんうんと頷き、冷蔵庫からビールを取り出してプルタブを開けた。
「……っておい!子どもはお酒飲んじゃダメだろ!」
「ふふふ……パパ、ダシィは神さま。神さまだからねんれーせいげんかんけいない!」
た、確かに!怪異対策法にもあるように、怪異には年齢という概念がないため人間の未成年者規制は適用されないのだ。
しかし絵面がアカン……これは万が一アニメ化でもされた時はカットされるだろうな。
「んぐっんぐっ……おいちい!
パパ、タラノメのテンプラめちゃくちゃおさけにあう!
塩だけのあじつけでこのガツンとくるショーゲキ!
ほのかなにがみがあるけどそれがクセになるし、かめばかむほどだんだんあまみがでてきておいしい!!」
「こ、こいつイケる口だ!絶対
「ダシィがいきてたころはおさけのむのふつうだった。フユのさむいときはからだあたためるのにのんでたし、おまつりのときもみんなでのんでうたったりおどったりしてた」
「なるほど……文化的に小さい頃から飲んでてもおかしくないか」
日本で未成年者の飲酒が法律で禁止されたのは大正11(1922)年。それまでは未成年者でも飲食店で酒を飲むことができたという。
酒の歴史はとても古く、旧石器時代にまで遡る。山葡萄を発酵させたワインは縄文時代には既に飲まれていたし、弥生時代に登場した米を口で噛んだものを発酵させた口噛み酒などは日本酒の原点といえる。
酒が体に悪いとされたのは近現代になってから。遥か昔の人たちにしてみればそんなこと知ったことではなかったろうし、薬や儀式の道具として用いられていても不思議ではない。
いわば俺たちの先祖ともいえるダシィに対し、子どものようだとはいえ少し上からの目線で口出ししてしまったことは反省しなければならないな。
彼女は小さいが“神様”だ。ウチの子とはいえ、そこは弁えなければならない。
「パパ~、ダシィもうまてない!みんなではやくごはんにしよう!」
「そうだな、たくさん揚げるからダシィも手伝ってくれ」
「ダシシシ、あげたてテンプラたべれるのはりょうりするヒトのとっけん!いっぱいあげるぞー!」
「ふふ、わかってらっしゃる」
俺もダシィに釣られてビールを一本開ける。仕事終わりに揚げたての天ぷらをつまみ食いして一杯……生きてるってこれだよな、これ。
しかし、ダシィとちまちま天ぷらをつまみ食いしていると、背後から迫ってきたかっちゃとナガメにあっという間に没収されてしまったのだった。残念。
「パパ、またおさけにあうりょうりつくっていっしょにのもうね」
「おうよ、任せとけ!今度は日本酒に合うやつ作ろうか」
「ダシシシ、たのしみ!
ニホンシュなら魚とか肉があうし、あとシンプルに塩でのむのもいい!」
「し、渋いなダシィは」
「もう繋くんったら、ダシィちゃんを呑兵衛にしちゃいけません!」
「ダシィ神さまだからへーきだもーん」
「もうダシィちゃんったら……。
繋くん、その時は私もちゃんと立ち会いますからね!」
「心配しなくてもナガメにも良い酒とツマミを提供するさ」
「べ、別に私も飲みたいとかそういうのじゃないんですからね!聞いてますか繋くん~!」
仕事の疲れが吹っ飛んでいく。
いいな、やっぱこういうの。子どものいる家庭って、こういう感じなんだろうか───。
俺もナガメも、ダシィとの絆が深まった一日だった。そんな気がする。
晩飯の準備ができた頃、ちょうど親父も帰ってきたことで我が家は更に賑やかになるのだった。
────────────────────
「それで、急な要件とは何ですか北条課長。珍しくデートのお誘いって雰囲気じゃあありませんでしたけど」
場所は桜幡商店街の裏に位置するとあるスナックのバーカウンター。
私、
桜幡バスターミナルでの一件の後、仕事を片付け車で八塚たちを送った帰り、スマホの着信があった。
電話の主は目の前のこの男。直接会って話したいとのことだった。
この男が電話口や仕事場以外で私に直接要件を切り出すということは、大方ろくな仕事の依頼ではないことは確かだ。
「まあ、率直に言うと“上”からの極秘の依頼を預かってきたんだ」
いつものおちゃらけた態度はどこへやら。
カウンターに置かれたアンティークなスタンド照明に、持っているワイルドターキーのグラスかざした彼の眉に皺が寄っているのを私は見逃さない。
彼がグラスを傾けると、物静かな店内にちょうど良い透き通った音色が木霊した。
「“
「まあ、大方君の予想通りさ。
……下手すりゃ死人が出る……いや、もう出ているんだけどね」
「……どういうことっすか」
風向きが怪しくなってきた。
死人が出ている……?
怪異絡みでの死人なんざしょっちゅうだが、まだ今年はそんな事件は県内でも起きていないはず。
「この男を知っているだろう、上総特等」
「……こいつ、私の元同僚の」
北条課長が差し出してきたのはとある男の写った写真。
私への根拠のない噂話を広め、信用を貶めたとして東京から島流しにされた一人。
どうやらそれ以外にも捕獲した怪異の闇への横流しなど、かなり悪どいことをやらかしてたらしい。
「“京都”はこの男を捜せと言って来たんだ」
「……何故この青森に?奴は確か福井県に飛ばされたはず」
「そこを辞めてこの地まで来たんだとさ」
「はぁ?」
一体何の目的で……。
……いや、十中八九私に対する復讐とかだろうな。でなきゃこんな辺境にまで仕事も捨てて来るわけがないか。
「お察しの通り、君への復讐に来たのだろうことは推測できる。しかし問題なのは、この男が福井県からある“異形”を持ち出したということだ」
「異形……ま、まさか!」
「そう、“ヨウコウ”だ。八塚一等官が討伐したあれだ。恐らく、この地にヨウコウを解き放ったのはこの男だろう」
あの毛のない気色悪い猿みたいなのか。
ブラックリストにも載っていたが、本来はこの地にはいないはずの怪異。これで納得がいった。
「それで、広沢の糞野郎は今どこに───」
「今日の正午頃、とある場所でそいつの体の一部が見つかった」
「!!」
そうか、“死人”とはそいつか。
まああの馬鹿のことだ。大方連れてきた異形にでも殺されてたってオチか。
それであの山にヨウコウが解き放たれちまったということなのか。
「本題はここからだ上総特等。
広沢の死体の一部はヨウコウが討伐された山のすぐ近くにあった。
最初は君の想像通り、我々もヨウコウによって殺されたものだと思っていた。
……だが、どうやらもっと“ヤバい奴”に殺られた可能性が浮上したのだ」
「……もっと、“ヤバい奴”?」
「見つかった死体の一部を調べた結果、“恐ろしく巨大な何か”に喰い殺された痕跡があることがわかったのさ。
そう……“神話級”のな」
「神話級……!?
も、もしかして大ナマズが犯人なのか」
「否、彼は桜幡川の傍から離れられない。あの山に棲むアオシシ神も、人間を喰い殺すような怪異ではないことは周知の事実」
「で、ではホシは……」
「……それを調査せよ。広沢の死を報告した結果、京都はそう通達してきたのさ」
神話級の、それも恐ろしく巨大な怪異。そして人を簡単に喰い殺す存在。
いつの間にか私のグラスの氷は完全に溶け、琥珀色の梅酒は極度に薄まっていた。
「なんなんだよこの桜幡って地は。いくらド田舎だからってとんでもねえ怪異が多すぎじゃねえか」
私は薄まった梅酒を一気に飲み干し、喉がじんわりと焼ける感覚を味わう。
何の因果か知らねえが、私の身から出た錆のせいで異形がこの地の山に解き放たれ、アオシシは傷つき、何の罪もねえ
「課長、この件は私が落とし前をつけなきゃなりません。私に任せて貰えませんか」
「うむ、話が早くて助かるよ。
……だが、くれぐれも用心してくれ。この件、裏で京都が暗躍しているのは確実だ」
「そうっすね。なので“保険”をかけときます」
「“保険”……ね。君、八塚くんを相当気に入ってるよね」
「ま、まあ、アイツは私を倒した唯一の後輩っすからね。私に何かあったらアイツがここの鎮圧課をまとめなきゃならないんで」
「ふふ、君が桜幡に来たばかりの時では考えられないなぁ。君に背中を預けられる後輩ができるなんて」
「べ、別にアイツのことはそこまで買ってるわけじゃねえっすよ!まだまだアイツは甘ちゃんなんです!
……だから、アイツはまだ私が指導してやらねえと───」
いつかアイツはとんでもない相手にも命を省みず立ち向かってしまう。
そんな気がするんだ。
アイツはいつだってどこか達観してて、人の心を見透かしたようなことをいういけ好かねえ奴だけど、アイツには守るべき存在がいるんだ。私と違ってな。
アイツのことを好きすぎる
だから、この件は私が独自に探る。
そしてもし私に何かあったら、お前が京都への報告役になれ。
……そして、この件には二度と関わるな。
「……腹括るか」
「上総特等、言っておくが俺は君を死なせるつもりはない。この件は俺も直接動く。
万が一に備え、
「ははは、いつになく真面目っすね。
大丈夫っすよ、私も死ぬ気はないんでね」
そうして梅酒とワイルドターキーを新しく注いだ二つのグラスがかち合う。
闇夜に輝く月を侵食するかのように、暗い雲がゆっくりと空を覆うのであった。
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