第十一話~採集クエスト“タラノメ・タケノコ”~


朝早く仕事の迎えに来た寺山くんと女狐上総煬が繋くんを連れて行った後、私とダシィちゃんは神社の境内の掃除に取り掛かっていた。



「ママ~、いっぱいオチバあつめた」


「ありがとうございますダシィちゃん」



すばしっこいダシィちゃんは瞬く間に境内のゴミを綺麗に片付けてくれて、すぐに午前のお仕事が片付いてしまいました。



「家のお洗濯やお掃除はおば様がやってしまいましたし、お買い物も一昨日済ましてしまったので他にやることが……」


「ねぇママ、おしごとないならダシィといっしょにサンサイとりにいかない?」


「え、山菜ですか」


「うん!ことしはハルになってもさむかったから、いまごろタラノメでてる!タケノコもいっぱい!

ダシィ、いっぱいとれるところしってる」


「おお、たらの芽にタケノコ!」



たらの芽とはタラノ木と呼ばれる植物の芽で、山菜の王様と呼ばれる程の高級食材。特に天ぷらにすると絶品で、独特なコクとほろ苦さの後に来る甘みが癖になり、一度食べたら止まりません!


そしてタケノコですが、青森など東北地方で採れるのは一般的な孟宗竹のような太いものではなく、チシマザサという笹の一種で、通称根曲がり竹と呼ばれる細く長いもののことを言います。これを茹でて塩やマヨネーズを付けると非常に美味!スナック感覚で食べられるポリポリと歯応えのある食感と仄かな甘みがとてもお酒に合うのです。



「じゅるり……それでは準備を整えて参りましょうか」



山菜は道端に生えているものもあれば深い山奥でなければ手に入らないものなど様々。

きちんと装備を整えて臨まないと怪我や遭難へと繋がります。


私はダシィちゃんを連れ家へと戻り、ダシィちゃんの分も合わせて山歩き装備を準備することにしました。


帽子とジャンパーを上下、長靴に携帯蚊取り線香と熊よけ鈴。

大きめのバッグに非常食と水分補給用のスポーツドリンク数本、そしてビニール袋。


そしてGPS機能や山登り用のアプリの付いたスマホの用意。しかし、山は携帯の電波が届かない場合があるため、予め行く場所を決めておき、家族や身近な人にしっかりと伝えておくことを忘れずに。



「それではおば様、これから私とダシィちゃんで恐山の旧街道の方へ山菜採りに出掛けます」


「おお、気をつけでなてね!ダシィちゃんも」


「だいじょうぶ!ダシィ、ヤマしりつくしてる。

それにそんなにふかいとこじゃないからあんしん」


んだがそうかい。でも熊さは気をつけねばねえよないといけないよ?この間も有線で目撃情報流れてたして」

 


山は人間の領域ではありません。

獣や怪異の領域であり、深く入りすぎてはいけないのです。



「ダシィ、クマとおはなしできる。あぶなくなったらダシィおおきくなっておいはらうからママもあんしん」


「そう?

……ナガメちゃん、ダシィちゃんはこう言ってるたってけど気ぃつけでな」


「はい、ダシィちゃんのことはお任せください」



おば様に見送られ、私たちは家を後にしました。

桜幡の山々は私の庭。それに山に理解のあるダシィちゃんも加われば百人力です。

……ただ、前回の“異形ヨウコウ”騒ぎがあったばかりなので、何事もなければよいのですが。



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恐山おそれざん旧街道。

霊山である恐山へと通じており、大昔はこの車が一台通れるかという細い道が主な街道として使われていましたが、現在ではしっかりと舗装されたむつ市の田名部たなぶ方面からのものと桜幡町薬研やげん地区方面から行く街道の方がメインとなっています。


すぐ横は正津川しょうづがわの支流が流れる崖。もう一方は切り立った山となっており、所謂“酷道こくどう”です。



「もう雪は溶けてしまったようですね」



つい先月までは道の至るところに雪が残っており、全面通行止となっておりましたが、今月に入ってからは一気に気温が上がったためその雪もすべて溶け、交通規制も解除されました。


鳥の囀ずりと川の音、木々の香りが心地よく、ハイキングにもうってつけです。


暫く歩いていると、ダシィちゃんが目的地へと続く道を見つけ手招きし案内してくれました。

しかしそこは……。



「え、ダシィちゃん……ここは」



そこに現れたのは切り立ったロッククライミングで利用されるような岩肌。

とても今の装備では登れるような場所ではありません。



「このうえにタラノメいっぱいある」  


「し、しかしどうやって登るのですか」


「まかせて!……むぅぅぅん!」



みるみる内に大きくなるダシィちゃん。

ダシィちゃんは初めて出会った時のようにおよそ15メートル程の大きさになると、私を抱えてピョンっとひとっ跳びで難なく崖を登ってしまいました。



「凄いですダシィちゃん!いつもこうして山を登っているのですね」


「おおきくなればちょっとしたヤマもひとまたぎ!

ふつうのヒトじゃたどりつけないばしょでもダシィならいける」



ダシィちゃんが降り立った場所には至るところにタラノ木が生えており、その先端にはまだ出たばかりのたらの芽が!

更に驚くべきはその芽の太さです。通常の物より栄養を蓄え、中身が詰まっている証拠です。


タラノ木は茎にも葉にも棘がある落葉広葉樹の低木。高さは2から6メートル程になります。

一般的に食べられる部分は木の先端から生えている頂芽です。側面に生えている側芽は採ると枝が枯れてしまうので絶対に採ってはいけません。



「芽が見たこともないくらい厚いですね。これは普通に買ったら1パック数千円はしますよ」


「たぶん、だれにもとられてないからおおきいのだけのこった。

たくさんあるけど、かわいそうだからみんなでたべるぶんだけにしよう、ママ」


「そうですね、何でも採りすぎはいけませんね。資源は有限ですから」


「……ダシィ、ホンやシンブンでよんだ。いまのヒトたち、たくさんサカナやヤサイとったりつくったりしてるのに、たべないでたくさんすててる。たくさんあればモノがやすくなるからたくさんのヒトたちがすくないおかねでかえるのはわかってる。でもサカナやヤサイ、かわいそう。

……ダシィ、たぶんニンゲンだったころ、フユにたべるのなくなってしんじゃうヒトたちみたことある。おとしよりやこども、ビョーキのヒトがだんだんうごけなくなるの……。

いまはフユでもたべられるものいっぱいある。たべられなくてしぬヒトそんなにいない。

でも、それがあたりまえになって、しぜんのめぐみにかんしゃするココロわすれちゃってる」



この子は本当に聡い。

というより、老練だ。きっと神様になる前に私の想像を絶する経験をしてきたのでしょう。


私たち現代の者たちは大量生産・大量消費社会をそれが当たり前だと思って生きている。

でも、数千年からほんの数百年前まではそうではなかった。

自給自足が当たり前で、厳しい冬までに食料を貯めなければ全員が飢え死する。


縄文人の平均寿命は約30年程だったという。遺跡から見つかる骨も栄養失調の痕跡が多々見受けられるとか。


そんな“死”がずっと身近にある環境でこの子は生きてきた。きっと私よりずっと多くその恐ろしさを目の当たりにしてきたのでしょう。

私は自然と彼女の頭を撫でてあげていた。



「ダシィちゃんはとても優しい子です。無駄にならないよう、しっかりと感謝して食材をいただきましょう」


「……うん!おいしくたべて、いのちにかんしゃ!」



そうして私たちはたらの芽の採取を始めました。

時刻は午前10時を回った頃。まだまだ山菜採りは始まったばかりです。



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「ふぅ……簡単に採れましたね」



1時間ほどかかり私たちの食べる分とご近所へのお裾分けの分が集まりました。こんなに面白くたらの芽がたくさん採れることは滅多にないため、とても朗らかな気分です。



「お疲れ様ですダシィちゃん。そろそろお昼休憩にしましょうか」


「うん!いいばしょあるからそこでおやすみしようママ」



お昼休憩に良い場所を案内してくれるとのことで、再び巨大化したダシィちゃんは私を抱えて大きく飛び跳ねました。

遠くには津軽海峡とそこを通る大型の貨物船がいくつか見え、更に奥にはうっすらと北海道が……。



「良い景色ですね……」



顔や首についた鬱陶しい汗が吹き飛んでいくのを感じます。こんな近くにここまでの絶景が楽しめる場所があっただなんて。


しばらく飛び跳ねていたダシィちゃんは綺麗な小川のある開けた場所に辿り着き、そこに私を下ろしていつものサイズに戻りました。


辺りは見たこともない一面のお花畑。綺麗な蝶が飛び回り、近くには野兎が跳ねていて、木の上ではリスがドングリを囓っています。



「まるで童話の世界です……!こんな素敵な場所があるなんて……私もまだまだ山を知りませんでした」


「ここ、ダシィのおきにいり。まえにアオじいがつれてきてくれた。

まわりのおおきなブナのキのコダマたちがケッカイでまもってるから、コダマたちにゆるされたものじゃなきゃはいれない」


「なるほど……外の世界とは隔絶されているのですね」



私が知らないのも頷ける。この山にももっとこのような知られていない場所がたくさんあるのでしょう。


私は持ってきたレジャーシートを小川の近くに敷き、そこにお重と飲み物を広げました。



「さぁ、いっぱい召し上がってくださいね、ダシィちゃん」


「わぁ~、おにぎりにたまごやき!タコさんウィンナー!

いただきます!あむあむ……おいしい!」



目を輝かせてお弁当を頬張るダシィちゃん。

ああ、良いですねこういうの。本当にお母さんになったような気分です。


……まだ私の両親が生きていた頃を思い出します。繋くんの一家と一緒に小学校の運動会で食べた豪華な料理の数々。

お母さんの作ってくれた卵焼き、甘くてとても美味しかったなぁ。



「ママもたべて!たまごやきあまくてとってもおいしい!」


「……ありがとうダシィちゃん。ママもいただきますね」



またこの素敵な場所に繋くんと……家族皆で来て、また美味しい料理を食べましょう。

明るく差し込む日差しとダシィちゃんの笑顔が、心の隅々まで温めてくれるのを感じました。



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昼食を食べ終えスポーツドリンクで一服していると、森の奥から何者かがこちらに来る気配を感じ少し警戒しましたが、この気配は……私たちのよく知っているお方だと気づきました。



「オオ……マタオ会イシマシタナ、櫛田様、ダシィ様」


「アオじい!」



そこに現れたのはアオシシ様でした。

異形による傷は癒え、無事いつものように歩けるようになったようです。



「アオシシ様、傷は回復されたのですね」


「エエ、オ陰様デコノ通リ、歩クモ走ルモ自由自在デゴザイマス」


「アオじいよかった!もうだいじょうぶなんだね」


「ハイ、皆様ノオ陰デゴザイマス。

御二人トモ山菜採リデゴザイマスカナ」



私は事情を説明し、この場所に入ったことについて一応の詫びを入れました。



「ハハハ、ヨイノデス櫛田様。ココヘ入レタトイウコトハ木霊ガ許シタトイウコト。

ソレヨリ、コレカラタケノコヲ採リニ行カレルノデシタラ、コノ小川ヲ下リテ行キナサレ。

ヨイ笹藪ガゴザイマス」


「ありがとうございます、アオシシ様。

お礼に良ければこのトマトをいただいてくださいな」


「オオ、アリガタヤ……。

シカシ、ゴ注意ナサレ御二人トモ。何ヤラコノ辺リデ異形ノ影響ヲ受ケタ獣ガ悪サヲシテイル様子」


「なんと……」



あの異形の気に当てられた獣が異形化しているのかもしれませんね……気をつけねば。

私はダシィちゃんの手をぎゅっと握った。



「マア、御二人ノ前デハ大シタ相手デハゴラヌ。我モ見ツケ次第退治シテオキマショウ」


「ええ、ですが無理なさらぬように」

 

「うん、アオじいやみあがりだからきをつけて」

 

「ココマデニ心配シテイタダキ恐悦至極デゴザイマス。ソレデハ御二人トモ、気ヲツケテ参ラレヨ」



アオシシ様に見送られ、私たちは小川を下る。

ブナの巨木を通りすぎると、途端に鬱蒼とした森が現れ、先程までの開けた場所は真っ暗で見えなくなっていた。



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しばらく小川伝いに歩いていると、アオシシ様が仰られていた大きな笹藪が目の前に現れました。


チシマザサ、通称根曲がり竹。

名前の通り笹の一種で、孟宗竹のような竹の仲間ではありません。


孟宗竹が平安時代に日本へ入ってくる前、縄文時代からこの根曲がり竹は食べられており、今でも東日本から東北・北海道ではタケノコといえばこの根曲がり竹を指します。



「うわぁ~いっぱいある!やっぱり、このあいだアメふったからたくさんはえたんだ!」


「本当ですね!雨後の筍とは正にこのことです。これだけあれば多めに採っても大丈夫でしょう」


「うん!」

  


私たちは持ってきたビニール袋を広げ、そこから数時間をかけ大量の根曲がり竹を採取するのでした。



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「これは……持ち帰るのが大変ですね」



思った以上にタケノコが採れたことでバッグも袋もパンパン。重すぎて地面に足が沈んでしまいます。



「だいじょうぶ!ダシィがとべばあっというま!」  


「うふふ、助かりますダシィちゃん。

それでは今日はこれで帰りましょうか」


「うん!ママつかまってて」



大きくなったダシィちゃんは荷物と私を抱え、また一気に空へと跳び上がりました。

これなら夕飯前どころかおやつの時間には家へ着いてしまいそうです。



「今日は一日お疲れ様でしたね、ダシィちゃん。帰ったら一緒にお風呂に入りましょうね」


「やったぁ!ママといっしょにおフロ!

ダシシシ!」


「うふふ、そのあとは皆で山菜尽くしを味わって……。

っ!?

だ、ダシィちゃんそこで降りて!」



ふと目に入ったのは恐らく倒れていると思われる人影。

ちょうどたらの芽を採った場所の下にその人はうつ伏せになっていた。



「大丈夫ですか!?」



ダシィちゃんの着地と共に降り立った私はすぐさま倒れている四十代くらいの男性を介抱する。

背負っていたと思われるリュックは大きな爪で切り裂かれた痕がついていたが、幸いにもそれがクッションとなり、体には傷がついていない様子だった。

しかし、どうやら足を挫いてしまっているらしい。



「すぐに救急車を呼びますね!それにしても、一体何があったんですか!?」


「うう……山菜採りをしていたら、いきなり後ろから大きな熊が襲ってきて……!

あれはツキノワグマじゃない……もっと大きな……ヒグマなんかの比じゃない……!!」



まさか……アオシシ様の言っていた異形化していると思われる獣なのでは。

私は急いで119番へ通報するためにスマートフォンを開く。しかし、やはりここは圏外。


どうしたものかと悩んでいると、向こうの森が何やら騒がしくなっているのを感じました。

……どうやら、犯人が現れたようです。



「ダシィちゃん、この人をお家まで運んでください!おば様には救急車と警察を呼ぶように伝えてください!」


「ま、ママもいっしょにかえろう」


「……いいえ、私はここに残ります。ほら、山菜も一緒に持って行ってください」


「ダメ!サンサイおいてけばママもかかえられる!

だからママもいっしょに───」


「大丈夫よダシィちゃん、ママはとっても強いの。

それに、ダシィちゃんが頑張って採ってくれた思い出の山菜を置いてはいけないわ。だから、早く行きなさい……!」


「……っ!

……す、すぐにもどるから!!」

 


ダシィちゃん、あなたは本当に優しい子ね。

ママは嬉しい。やっぱり、あなたをウチの子にできて本当に幸せだわ。


跳び上がったダシィちゃんを見送ると同時に、木々をなぎ倒して荒い鼻息を放つ体長10メートルはあろうかという巨熊が姿を現した。



「ブフゥゥゥッ、俺様ノ獲物ヲ奪ウトハ良イ度胸ダナ人間。

……ホウ、シカシ貴様ノ方ガ脂ガ乗ッテ美味ソウダ。代ワリニ貴様ヲ喰ラウトシヨウ」


「……あなたがこの辺りで悪さをしている獣ですね」


「ブフフフッ!俺様ハ選バレタノダ!

アノ毛ノナイ猿ニ喰ライツカレタ後、体ガ山ノヨウニ大キクナッタ!

俺様ハコノ山ノ主トナルノダッ!!」


「……はぁ、異形の呪いが突然変異を引き起こしたようですね。

他にもあなたのような異形もどきが現れるのだとしたら気が滅入ります」



私はわざと背中を見せて駆け出し、川のある崖へと巨熊を誘う。

それを見た巨熊は高笑いするかのように鼻を鳴らし、物凄いスピードで追い掛けてきた。



「ブハハハハハッッ!!

恐怖デ頭ガイカレタノカ!俺様ニ喰ワレルヨリ自ラ死ヲ選ブツモリカ!?」



あっという間に追い付いた巨熊が私の背中を切り裂こうとしたその瞬間、巨大な鉤のついた爪は空を切った───。



────────────────────



「……フンッ、死ンダカ」



人間は高い崖から飛び降りた。

この高さ、間違いなく死ぬだろう。

つまらぬ。せっかくオモチャにして遊んだあとに喰い殺してやろうかと思ったのに。


───俺様は生まれつき体が小さかった。親がくれる餌が少なかったせいだ。

そのことで縄張り争いでも常に負け、メスとも一度も子を成せずに年老いた。


だがある時、不気味な毛のない猿に噛まれたことでこの超常的な力と知恵が宿った。

俺様はこれから他の熊たちを喰い殺し、メスを奪い、そして我が物顔で餌の豊富な山の麓に群れる人間をすべて喰ってやる。


ああ、遂に俺様の時代が来たのだ!

手始めに山にいた人間を喰おうとしたが、寸前でさっきのメスの人間たちに奪われてしまった。癪だが、これから麓に行けばいくらでも人間を喰えるので我慢するとしよう。



「サテ、川ヲ伝ッテ山ヲ下リルトシヨウカ───」



「アラ、ドコヘ行コウトイウノデスカ、迷子ノ熊サン」



「ッ!!?」



突然体が宙に浮く。

それも今までに味わったことのない、骨がバキバキと音を立てて折れる程に強烈な締め付けと、失神しそうな程に恐ろしい殺気と共に。



「グギャアアアアアッッ!!?」



目の前に現れたのは巨大な自分が霞む程の、まるで山そのもののような大蛇。

その目は紅い血潮のように染まり、白い体にはところどころに苔や杉といった植物が生えている。



「ア、アナタ様ハ……マ、マサカッ!?」


「オヤ、ヨウヤク私ガ何者カ理解シタヨウデスネ。コノ姿ニナラナケレバワカラヌトハ……所詮ソノ程度ノ怪異カ……。

アア、ツマラナイ、本当ニツマラナイ。セッカクノ娘トノオ出掛ケガ台無シ。


アナタハ死刑デスネ」


「ガアァァァアッッ!!?!?

オ、御許シヲッ!!娘様ト御一緒ダッタトハ知ラズ……!

二度ト目ノ前ニハ姿ヲ見セマセンノデ、ドウカ御許シクダサイィィッッ!!!」


「ソレハデキマセン。アナタハコノママ放ッテ置ケバ異形ソノモノト化スデショウ。

ソレニナニヨリ、麓ニハ私ノ大事ナ家族ガイマスノデ……コノママ私ニ喰ワレナサイ」


「御許シヲ……御許シヲ……グフッッ!!」



恐怖で小便を漏らす巨熊。

既にとてつもない締め付けによる圧迫で身体中の骨は折れ、磨り潰され、内臓も破裂している。

口から滝のような血を吐き、両目は圧力に耐えきれず外へと飛び出していた。



「ハァ……晩ゴハン前ニコンナ大キナオ肉ハ食ベタクナイノデスガ……仕方アリマセンヨネ」


「ウガァァァァアッッッ!!!

御許シヲォォォォォッッッ!!!!!!」


「……美味シク食ベテ、命ニ感謝。

イタダキマス♡」



その日、山には聞いたこともない恐ろしい絶叫が響き渡った。

山に住まう大小の神々も、その断末魔に恐れおののいた。



────────────────────



「ママ!たすけにきた……あれ?」


「あらダシィちゃん、迎えに来てくれたの?」



ダシィは怪我人をお家まで運んで、かーしゃんにママから言われたことを伝えると、すぐさま元の場所へと戻った。

だけど、そこにはなんともなさそうに立っているママの姿があった。



「……こわいクマさん、いない?」


「ええ、大丈夫ですよ。ちゃんと“お話”したら山に帰っていきましたから」


「……よかった、ママっ」



ダシィはママの胸に飛び込んでぎゅっと抱きついた。

心配だった。本当はダシィがママを助けなきゃいけなかったのに。

ママはダシィが怖がってたのを見抜いて、怪我した人をお家まで運ばせたんだ。



「ふふ、心配かけてごめんねダシィちゃん。もう大丈夫よ」

 

「ごめんママ……ダシィがサンサイとりにいこうってさそったから……」


「いいえ、とっても楽しかったわ。また一緒に採りに来ましょうね。今度はパパと、かーしゃんにじーたんも一緒に」


「……うん!こんどまたクマさんでたら、ダシィがおこってあげる!」


「ふふ、ダシィちゃんがいてくれれば心強いです」



ママはダシィのことをぎゅっと抱き締め返してくれた。ママの胸、とっても温かい。

すごく安心する。やっぱり、ママがママになってくれて良かった。

きっとママやパパと会うのは運命だったんだ。ダシィのことを守ってくれる人たちを“神様”が与えてくれたんだ。



───だからママから香るこの獣の血の臭いは気のせいだ。

きっと、きっと気のせい。

ダシィはそう考えることにした。



────────────────────



怪我人の方は無事病院へと搬送され、熊のことは怪異対策局に通報したことで、無事一件落着となりました。


大変な山菜採りとなってしまいましたが、収穫した山菜は無事なのでまあ良いこととしましょう。

そろそろ繋くんが帰ってくる頃。私は家の庭先でダシィちゃんと一緒に茹でたタケノコの皮剥きをしていると、ちょうど繋くんがあの憎たらしい女狐の趣味の悪い車に乗せられ帰ってきました。


ダシィちゃんと一緒におかえりと声をかけると、何故か繋くんは無言で私たちを抱き締めてきたのでびっくりしましたが、理由を聞いても教えてはくれませんでした。


まあ、それよりも繋くんにもタケノコの皮剥きを手伝ってもらうことにしました。量が量なので急いで剥かないと明日に持ち越しです。タケノコは鮮度が命!早めに剥いて早めに保存が鉄則です。



「ああ、そうだ。ナガメ、今度の金曜日にオカルト同好会で同窓会やることになったんだ。行かないか」

 

「あら、いいですね。久しぶりに遥ちゃんたちとお話したいです!」


「パパとママおでかけ?いいなぁ」


「ダシィはお留守番かな。埋め合わせに今度一緒にご飯食べに行こうな、約束だ」


「やったぁ!ダシィたのしみ!」


「そうです、繋くんも今度のお休みに一緒に山菜採りに行きませんか?とても素敵な休憩スポットも見つけたんです」 


「おお、いいな。久しぶりに山菜採りに行くか、親父とかっちゃも連れて」


「やったぁ!みんなでサンサイとり!

ダシィあんないする!」



その後、豪華な山菜尽くしの晩御飯に舌鼓を打ち、私たちの慌ただしい一日はあっという間に過ぎていくのでした。


これが私と大切な人たちの、ささやかな日常の怪異奇譚フェアリーテイル




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たらの芽美味しいですよね。

天ぷらにして塩を一振り。酒が進みます。


根曲がり竹は茹でて皮を剥いた物にそのまま塩やマヨネーズをつけて食べると止まりません。

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