第十三話~鬼の拳~
山菜尽くしを楽しんだ数日後の早朝、俺は車で桜幡の町へ下り、とある場所へと向かっていた。
家のある袖山地区から数キロ程先、小高い山の上に建てられた桜幡高校から更に下ると兎澤スキー場、桜幡中学校のある
俺はそこのとある区画に聳える巨大な屋敷の駐車スペースに車を停め、屋敷門を叩く。
ふと横を見ると、そこにはこれまた巨大な表札が掛けられており、“
しばらく待っていると門が開き、中から背丈3メートルはあるスーツ姿の若い男が姿を現した。
「なんだぁテメェ?
ここが百目鬼組の屋敷だと知って門を叩いたんだろうな」
男は人間ではない。
筋骨隆々で肌は青く碧眼、額の真ん中には一本の角がいきり立っていた。
そう、彼はこの国でも最強格の怪異である“鬼”だ。
俺とは顔馴染みじゃない、ということは多分新人さんかな。
“いつもの人たち”よりちょっと血の気が多そうだ。トラブルにならなければ良いが……。
「おはようございます。
「あぁ?オヤッサンに何の用だ」
「ええ、実は猛さんと手合わせする約束を───」
刹那、俺の首目掛け野太い爪が飛んできた。
俺はそれを一歩引いて躱す。
……やれやれ、おじさんまた活きの良い子分を連れてきたな。
「テメェ、オヤッサンの首を取りに来た鉄砲玉だな!?
その殺気と身のこなし、只者じゃあねえ!」
「いや違いますから!話を聞いて───」
有無を言わさず鬼はどこからか取り出した金棒を俺の脳天目掛け振り下ろしてきた。
俺がそれを躱したことで金棒は深く地面に突き刺さり、武器が使えなくなったことを悟った鬼は勢いよく俺目掛け突っ込んできた。
「どぉぉりゃぁぁあぁぁあっ!!!」
「ちょっと、話を聞いてってば!」
聞く耳を持たない鬼はそのまま屋敷の塀へと突っ込み、土煙が上がる。
大きく穴の空いた塀を覗くと、鬼は既に此方へ突進する構えをとっていた。
まったく、どうしてこう血の気が多いかな鬼ってのは。
もう、ここは他の鬼たちが来るまでなんとか凌いで───。
「パパあぶない!」
鬼は既に俺を目掛けて突進してきていた。
しかし突然、鬼と俺の間に腕を大きく広げた小さな影が割って入った。
ダシィ、何故こんなところに……!
「なんだこのガキ───ッッ!!?」
このままではダシィが鬼に潰されてしまう……!
そんなことは……絶対に許さん。
「……俺の娘に手を出すなッ」
力を振り絞り地面を蹴った俺は、鬼の顔面を鷲掴みにし、そのまま後頭部を地面へ叩きつけた。
体格がデカければデカい分、自分へと跳ね返るダメージは大きくなる。鬼は血を吐き卒倒した。
「ガッ……ハァッッ……!!」
鬼を無力化したことを確認した俺は胸を撫で下ろし、ダシィを抱き上げた。
どうやら怪我はなさそうだ。
「ダシィ、どうしてここに」
「パパがいつものおしごとのじかんよりはやくでかけたから、きになってこっそりクルマにしのびこんでついてきた」
「まったく……忍者みたいなやつだな」
ダシィの頭を撫でてやっていると、ちょうど騒ぎを聞き付けた屋敷の者たちがわんさかと駆けつけた。
「一体何の騒ぎだ!!
……って、八塚の兄貴!?」
「八塚の兄貴!?
今日はオヤッサンと手合いがあるとは聞いてましたがこりゃどういう」
「キンカクさんにギンカクさん、ご無沙汰してます」
ようやく知ってる顔が見えた。
この金色と銀色の一本角をそれぞれ生やした大柄な鬼の二人はキンカクさんとギンカクさん。
二人は俺の同級生であり怪異対策局の同僚、
誤解がないように言っておくと、百目鬼組はその名の通りヤクザの組だと思われることが多いが、列記とした格闘技の道場である。
今日はここの組長……もとい師範であり遥の父の
……とある
────────────────────
「ほ、本当に申し訳ございませんでしたぁ!
まさかお嬢のご同僚で……あの対策局の上総様直属の部下のお方とは知らず、とんだご無礼を!!」
「あはは、誤解が解けて何よりです」
俺が張り倒した鬼(タツさん)は道場の畳に深々と頭を擦り付け謝罪の言葉を口にする。
思った通り彼はこの道場に採用されたばかりの門下生である新人スタッフで、俺のことを道場破りかなにかと勘違いしたらしかった。
しかもどうやら上総先輩とは浅からぬ因縁があるらしい。
タツさんは去年の春、むつ市から桜幡のとある板金屋に就職したのだが周りに上手く馴染めず退職。
取り立て屋紛いのことをして日銭を稼ぎ、酒を飲んでは暴れることを繰り返していたらしい。
そんな折、ちょうど桜幡の居酒屋で暴れていたところを上総先輩にこっぴどく鎮圧されてしまい、以降は対策局とツテのあるこの百目鬼組で住み込みで働いているのだそうだ。
「俺たちからも謝罪します!」
「完全にこちらの伝達ミスです……」
「いえいえ、こちらこそ直前に連絡すれば良かったのに申し訳ないです」
キンカクさんとギンカクさんは深く頭を下げた。
彼らとは高校時代に知り合い、猛さんとの稽古の合間によく手合わせした仲だ。
二人もまたタツさんのように社会から溢れ、ヤクザ紛いの仕事をしながら腐っていたところを猛さんに拾われた過去を持つ。
そのため恩義ある猛さんのことをオヤッサンと呼び、奥さんのことは姐さん、遥のことはお嬢と勝手に呼んでいるらしい。
桃太郎伝説や
しかし、彼らは純粋であり、その厳つい容姿と強すぎる力を人間や他の怪異に悪用されることも少なくない。
暴力団組織などの反社会勢力に飼い慣らされ結果的に対策局に鎮圧されてしまう鬼たちも多いし、傭兵として海外に渡りひっそりと戦地で散っている鬼たちもいる。
人間社会での古来から続く鬼への偏見、差別が災いし、まともな就職口も少ないことからこのような結果を招いている現実があるのだ。
猛さんはこの現状を変えるべく、対策局員として働く傍らこの道場を切り盛りし、道を踏み外しかけている鬼たちの更生や社会復帰を後押ししているのだ。
「ったく……キンカク、ギンカク!
お前ら若頭が若けえモンに客人のことをしっかり教えとかねえでどうすんだ馬鹿野郎が!危うく関係ねえ子どもが怪我するとこだったじゃあねえか!!」
神棚の前でどっしりと構えコーチ陣を叱責しているのが、この百目鬼組を仕切る百目鬼猛(45歳)さん。
真っ赤な肌に緑の瞳、額にはやや長めの角が二本。体格は他の鬼に比べると小柄といえる190センチ程だが、パワーも技術力も全国トップクラスの武道家である。
その実績を買われ、若い頃から怪異対策局で鎮圧課に従事し、現在はむつ市にある怪異対策局下北支部の
機動鎮圧課は簡単にいうと対策局の本部~支部に置かれている、強力な怪異(神話級のどデカいやつなど)へ対抗するための特殊部隊。警察でいうSATを思い浮かべてもらえばよい。
「「め、面目ねえです……」」
「金銀兄貴たちのせいじゃねえです!俺ぁてっきりオヤッサンの手合いの相手ってんだから同族か他の妖怪か何かかと思ってて……まさか人間だとは……。
んでも見た瞬間、この人間は只者じゃあねえと直感しちまいまして、こりゃあ悪どい妖怪退治の類いかと早とちりを……」
キンカクギンカクさんたちを庇うように、タツさんは猛さんにも深く頭を下げた。
なるほど、血の気は多いがそんなに悪い人でもなさそうだ。
「……ガハハ!まあお前が早とちりしちまうのも無理はねえか。思えばキンカクギンカクが繋坊と初めて会った時も似たようなことがあったな。
本当に悪かった繋坊、この通りだ」
「いえ、こちらこそ咄嗟のこととはいえお弟子さんに怪我をさせてしまい申し訳ありません」
「なぁに、こんくらい鬼にとっちゃかすり傷よ!なぁタツ」
「えっ……いや、俺ぁ気絶するまでやられたの初めてなんすが……」
「そりゃあお前がまだまだ修行が足らねえからよ!今日はこの後みっちり稽古つけてやるぞ!」
「へ、へいっ!
……あぁ、えっと、ダシィちゃん……怪我はなかったか?本当にすまねぇ、これで勘弁してくだせぇ」
タツさんは俺に抱えられたダシィに頭を下げ、ポケットから大きな飴玉をいくつか持たせてくれた。
あ、やっぱこの人優しい。
「ありがとうオニのおにいさん。ダシィもごめんね、きゅうにとびだして」
「滅相もございやせん!
オヤッサン、八塚の兄貴との手合い、俺も是非見学させてくだせぇ!」
「うむ、良いだろう。それじゃあ繋坊、ぼちぼち始めようか」
「ええ、よろしくお願いいたします」
俺はダシィをタツさんたちに預け、上着を脱ぎ稽古の準備へと取り掛かった。
……懐かしいな、大体四年ぶりになるか。
────────────────────
猛さんとの交流自体は俺が小学5年生の頃まで遡る。遥の家にナガメや寺山と共に遊びに行ったのが切っ掛けだ。
当時から体格の良かった俺は猛さんに目をつけられ、遊びついでに他の門下の鬼たちと共に様々な武術を叩き込まれた。
小さい頃は荒っぽい武術の雰囲気が少し苦手だったが、今ではその空気に触れられたことに感謝している。高校、大学、そして対策局員になった今も尚、猛さんから教授された武術で幾度も命を救われているのだから。
しばらくして俺は道着に袖を通し、猛さんと向き合い互いに礼を交わした。
……いよいよ手合わせが始まる。
「それにしても、高校ん時より逞しくなったなぁ繋坊。
あっちでも相当鍛えてたんだろ」
「ええ……でも、猛さんほどの相手には恵まれませんでしたから鈍っちゃってると思います」
「ガハハっ!嬉しいこと言ってくれるじゃあねえかよ。
……なあ繋坊、ウチの看板次いでくれる気はねえか」
「ちょっ、いきなり何を」
さらっと爆弾発言!
一歩間違えればお家騒動勃発しちゃうよこんなん!
「俺ぁ本気なんだぜ?
この道場の後釜になるとしたらお前くらいしかいねえからな」
「鬼のお弟子さんたちがたんまりいるでしょ!人間の俺なんかじゃ務まりませんよ!」
いやまあ実際は俺も怪異ではあるのだが……。
猛さんは時折本気なのか冗談なのかわからないことを平気で言ってくるから困る。
「心配するこたぁねえ、お前が遥の婿になってくれりゃあいいだけだ」
「……ファッ!?」
「あのなぁ、遥を桜幡庁舎に入れたのはお前が入庁してくれたからなんだぞ?
でなきゃ始めから対策局なんて危ねえとこに就かせるわけがねえだろ」
「遥が聞いたら怒りますよ……」
これまたとんでもないことを暴露したなこの人。
遥は元々鎮圧課を希望していたのだが、父である猛さんの鶴の一声でほぼ裏方と言ってよい広報課に配属されてしまった。
最初は落ち込んでいたが今ではやりがいを感じているようで、この間は小・中学校で対策局についてを講義し好評を得たそうだ。
「ってか娘さん……遥は俺のことはただの友だちとしか思ってないでしょうに。それなのに勝手に縁組みなんてされたら気の毒ですよ」
「……お前、つくづく女心のわからねえ奴だな。ナガメちゃんも不憫だぜ」
何故か肩を竦められた。
というかなんでナガメが出てくるんだ……。
俺にはナガメもダシィもいるんだ。誰の婿にもなる気はない。
「ひとつ賭けをしようや繋坊。
お前が勝ったら遥をお前に嫁がせる。俺が勝ったら遥の婿になってウチを継げ」
「さっきの話聞いてました!?」
「覚悟はいいな?おら行くぞッ!!」
物凄い気迫と勢いで猛さんの丸太のような脚が俺の足を薙ごうと繰り出される。
俺は寸でのところでそれを跳びはね回避するが、次の瞬間には有無を言わさずの拳の連撃が雨のように襲ってきた。
俺はそれを腕とフットワークで受け流し隙を伺う。
相変わらず重い拳だ。頑丈な道着がまるでティッシュペーパーのようにボロボロに千切れていく。
普通の人間がこんなもん喰らってたら今頃ミンチよりひどいことになってるぞ。
「ぐっ……!」
「おらおら、やっぱり鈍っちまってるか?
昔のお前ならもっと積極的に来てたろうがっ」
「そりゃあ、こんな不平等な条件を課されての手合いなんてしてなかったですから……ねっ!」
猛さんが呼吸を置く一瞬の間。そこを突いて俺は瞬時にかがみ、バク転の要領で顎先目掛け蹴りを喰らわせる。
が、当然そんなことはお見通しの猛さんはそのまま俺の脚を腋で締め上げて拘束。引き千切らんばかりの力で体重90キロ近くある俺をいとも簡単に投げ飛ばした。
「相変わらずの馬鹿力め……!!」
俺はなんとか道場の天井に足を着き、そのまま蹴り上げた勢いで猛さんの頭目掛け踵落としを繰り出す。
しかし、それすら読まれていたように簡単に躱され、隙を作った俺の横腹目掛け音速の正拳突きが炸裂する───。
「ぐうっ……!!」
「……チィッ!!」
───が、なんとか渾身の後ろ蹴りでそれを相殺。
……猛さん本気で俺のこと
今のまともに喰らってたら内臓とかいろいろ飛び出しちゃうんだけど!!
「相変わらず体柔らけぇなあ繋坊よ。それでいて俺の正拳突きを相殺できるほどの蹴りを繰り出せるたぁ……。
ますますウチの跡取りにしたくなった!」
「丁重にお断りします!」
竜巻が起こるんじゃないかと錯覚する程の風圧と強威力の回し蹴りが俺の頭を襲う。
それに合わせるように、こちらも重心を深く下ろし力を蓄えた後ろ回し蹴りを繰り出す。
激突し、拮抗した互いの脚がミシミシと音を立てて静止する。
「繋坊よ、お前がナガメちゃん一筋なのは承知してる。いつの間にかあんな
「……ダシィは確かに俺の娘ですが、血は繋がってはいません。でも、俺はあの子の父親で、ナガメはあの子の母親なんです。
そしてなにより、あの子が俺たちを親として認めてくれた。だから、あの子を不幸にするわけにはいかないんです」
「お前らの仲を引き裂こうなんて言ってるんじゃあねえ。
俺たち怪異はその希少さから“重婚”が認められている。俺の同僚にだって妻や夫をたくさん抱えてる奴も少なくねえ。
なあ繋坊、貰ってやってくれねえか遥のことを。あいつはお前のことをずっと前から───」
「遥は俺の大切な親友です。親友には当たり前の幸せを掴んで欲しい。
俺みたいなフラフラしてる奴なんかには……勿体ないです」
「……わからねえ奴だなお前も」
磁石が対極するように互いの体が引き離されると、俺たちは向き合いながら構えを練り直した。
「決着といこうか繋坊。泣いても笑っても次でお前は遥と縁を結ばにゃならん。
鬼との約束は絶対だ。言い逃れはさせんぞ」
「……まったく、本当に頑固なんだから」
猛さんの目に一切の曇りはない。
次が本当に最後であると、腹を決めさせるには十分な眼差しだった。
俺は肩の力を抜き、肺に貯まった重い空気を外へ吐き出す。長く、ゆっくりと……頭をクリアにするために。
「…………」
「…………」
永遠のような長い間が静寂を呼ぶ。
タツさんたち、そしてダシィは俺たちの行く末を固唾を飲んで見守っている。
二つの影が動いたのはほぼ同時だった。
───道場が大きく震えた。
────────────────────
「ふわぁぁ~……おはようお母さん……。
この匂い、今日の朝ごはん唐揚げだねぇ」
「おはよう遥……って、あ~あ寝癖ついてるし、それに寝間着のまんまではしたないわよ!?
さっさと着替えて顔洗ってきなさい!」
「いいよ~、先にご飯食べた~い」
時刻は午前7時。昨日は夜中までナガメちゃんと通話しておしゃべりしてたからもう眠いのなんの……。
そういえば朝早くからなんか道場が騒がしかったけどなんだったんだろう。またお父さんがお弟子さんたちを投げ飛ばしてたのかな。
あ~あ、それにしてもダルいよ~。今日は午前中はバスターミナル前で対策局のチラシ配りだし、午後からは広報の企画会議……定時に帰れるかなぁ。
憂鬱になりながら私はリビングのチェアに腰掛け、よそった大盛りのご飯と味噌汁の香りと味を楽しむ。
それから拳骨サイズのお母さん特製唐揚げに舌鼓を打つのだ。
「いただきまーす。あむあむ……うーん、やっぱりお母さんの唐揚げ美味しい~!」
このジューシーな鶏肉と食欲をそそる風味の醤油ベースの味付け。そしてこの固すぎず柔らかすぎずのちょうど良い歯応えの衣。
やっぱり朝はお肉だよね~、ご飯が進んじゃう。
「パパ、このからあげダシィの顔くらいデカい。あがっ……あがっ……ひとくちじゃムリ」
「あはは、本当だな。ほら、切り分けてあげるから。
……うん、味付けも揚げ加減も最高です
「あら繋坊ちゃんから褒められちゃった。繋坊ちゃんもダシィちゃんもいっぱい食べてってね」
「そうだよ~、二人ともいっぱい食べてっ…………って、えぇぇぇぇ!?
な、なんでウチに八塚くんが!?
というかこのちっちゃな子は誰!?」
いつの間にかテーブルに腰掛けていたのは私の同級生で同僚の八塚繋くんと謎のちっちゃな女の子。
私はご飯を片手に驚いて不意に立ち上がってしまった。
「ああ、ちょっと猛さんに用があってお邪魔してたんだ。いつもの稽古で大分やられちゃってさ。
そしたら静香さんに手当てのついでに朝飯食ってけって誘われて。
……ところで百目鬼……その、悪いんだけど着替えてきてくれると助かる。その格好は……その、目のやり場に……」
「え?
……~~~っっ!!!」
声にならない叫びと共に私の顔から火が出る。
私が着ているのは赤の下着が透けて丸見えの薄いネグリジェ!
鬼と人間のハーフで体温の高い私は普段から薄着でしか寝ることができないのだ。
「え、えっち!八塚くんのヘンターイ!
ナガメちゃんに言いつけてやるー!!」
「ちょっ、俺悪くないだろ!?
ってかやめて!ナガメに殺される!!」
まさかこんな朝早くに八塚くんがウチの朝食をお呼ばれしてるなんて思わないよ!油断したぁ!!
だから言ったでしょ、と肩を竦めるお母さんを余所に、私は脱兎の如く部屋まで走ったのだった。
────────────────────
「それにしても、とんでもねえ手合いでしたねオヤッサン……お二人の動きが速すぎて、俺ぁ全然目が追いつきませんでしたよ……」
「ガハハっ!お前も精進して稽古に打ち込むこった」
オヤッサンと八塚兄貴の手合いの結果は、なんと“引き分け”。
互いに間合いを詰め正拳突きを繰り出し互いの拳がかち合った結果、その衝撃で双方が膝を着いたことで決着となった。
「人間である八塚兄貴の拳がまさかオヤッサンを怯ませるなんて……オヤッサンが手加減してたとはいえスゲェっすよ」
鬼が本気の力で人間と拳を合わせたらどうなるかなんてわかりきってる。
正面から大型ダンプを受け止めるようなもんだからな……。
「……お前には俺が手加減してたように見えたのか」
「……え?」
オヤッサンの顔が今までにないほど神妙なものとなっていることに気づき、俺は唾を飲み込んだ。
「タツ、それは逆だ。見ろこの拳を」
「……っ!?
オヤッサン、ほ、骨が!」
オヤッサンの拳は血にまみれ、手の甲からは白い物が数本飛び出していた。
見れば誰でもわかる、中手骨の開放骨折だ。
「すぐに救急車呼びます!」
「慌てるな、むつで救護課に治癒してもらうから心配ねえ」
「で、でも……」
「……タツ、手加減されていたのは俺の方よ。繋坊はこれまであの人並み外れた身体能力
もし“能力”まで使われたとしたら……俺じゃあとても太刀打ちできねえんだよ。
鬼の俺が大型ダンプだとすりゃ、あいつは戦車か戦闘機。突っ込むことでしか敵を倒せねえ俺と違い、あいつは確実に敵を
「まさかそんな……八塚の兄貴は一体何者なんすか!?」
「さあな、俺も皆目検討がつかんよ。
皆あいつのことを人間だと思ってる……が、俺はあいつと手を合わせる度に……“人間であって欲しい”と祈りたくなる程の恐怖をふつふつと感じている」
オヤッサンは八塚兄貴から預かった
「あーあ、まさか引き分けにされちまうとはツイてねぇなぁ。
引き分けになったら遥と付き合うって条件を用意しとくんだったぜ、ガハハ!」
……晴れがましそうに頬を吊り上げるオヤッサンを見て、いつもは笑うことがない俺も、何故だか頬が緩むのを感じるのだった。
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