第十四話~同窓会~
猛さんとの手合いの翌日、週末を控えたことでスタッフたちが少し浮き足立っているのを感じる桜幡庁舎。
かくいう俺も、今日はこのあと高校時代のオカルト同好会メンバーで同窓会を開く予定だ。
思えば忙しない一週間だった。
大ナマズ様やヨウコウの事件、そしてダシィとの出会い。
正直お腹いっぱいである。
これ以上何か事件でも起きなければよいのだが。
「八塚く~ん、この報告書も頼むわ、今日中に。私これからちょっと出掛けてそのまま直帰すっから」
時刻は午後16時。
残務処理に追われる俺に悪びれることなく仕事を追加してきた上総先輩はデスクに書類を置くと上着を持って外へ出る素振りを見せる。
「上総先輩、最近単独でどこに行ってらっしゃるんですか?
必要なら俺も付き合いますが」
「あぁ~……いや、いいんだ。大したことじゃねえから」
何やら上総先輩は俺に隠れて単独で何かしらの任務に当たってるらしい。
怪異絡みならバディと一緒に当たるのが普通なのだが……まあ、上総先輩の実力ならまず心配いらないか。そこまで危ないことじゃないのだろうし。
「……なぁ、八塚」
「はい?」
珍しい、先輩がこんな真面目な顔をするなんて。なんだろう、やっぱり危険な任務なのだろうか……。
「もしよ、私がいなくなったらお前がここの鎮圧課まとめろよ。鎮圧課の現場指揮できんの、お前か課長しかいないからな」
「……先輩、冗談だとしても笑えないですよ。やっぱり何か───」
「ギャハハ!悪りぃ悪りぃ。
ほら、万が一ってこともあんだろ?寿退社ってこともあるしな」
「んなっ……先輩、結婚されるんですか」
「馬鹿、もしかしたらって話だよ!
桜幡庁舎(ここ)は万年人手不足だからな、そういうのも覚悟しとけってこった」
まあ、先輩の言う通り対策局の人手不足は深刻だ。女性も多く採用されているが、寿退社する者もいれば育児休暇で長く席を空けることもある。
ただでさえ危険なため成り手がいない鎮圧課ともなれば更に顕著だろう。
「はぁ……心に留めておきますよ」
「おう、それじゃあな。
お前、これから同窓会なんだろ?飲み過ぎんなよ」
「ご心配なく。お疲れ様です、お気をつけて」
「おう!」
そう言って後ろ手に別れを言う先輩の背中は、どこか死地へと向かう戦士を思わせた。
……いや、考えすぎか。あの先輩がそこまでの覚悟で挑む任務なんて、この桜幡にあるとは思えない。
邪推だと振り切り、俺は残った仕事へと取り掛かるのだった。
────────────────────
今日の仕事を片付けた俺はナガメを迎えに行くためにすぐに家へと帰った。
幹事の寺山は百目鬼と一緒に先に店で待っているという。
帰宅すると玄関には既に出掛ける準備万端のナガメが俺を出迎え、店へはかっちゃが車で送っていってくれるとのことだった。
ナガメのコーデ、結構気合い入ってるな。薄手の白のトップスに紺のロングスカート、ルビー調の宝石があしらわれたイヤリング。
そしてやや紅いアイラインとラメの入ったルージュが俺を少し熱くさせた。
俺もすぐさまシャワーを済ませたあと、私服へと着替え香水を何回か振り掛けた。
「ママパパおでかけ?
いいなぁ~ダシィもいきた~い」
普段とは違う俺たちの格好を見てどこか良いところへ出掛けると察したのか、ダシィがナガメの胸へと飛び込んできた。
「ごめんなさいダシィちゃん、今日は大事なお友達との集まりなの」
「……ぶぅ~」
やや不機嫌そうに口をすぼめるダシィをナガメは優しく撫でる。
……よく見るとダシィのやつ笑ってやがる。こいつ、わざと俺たちを困らせてるな……本当にかわいいやつだ。
「前に約束しただろう?
今度は一緒に美味しいの食べに行こうな、ダシィ」
「……ダシシ!
うん、やくそく!じーたんとかーしゃんもいっしょに、みんなでたべにいこうね」
「ああ、約束だ」
そうして俺とダシィは指切りを交わす。
するとダシィはナガメから離れ、かっちゃと一緒に車へと乗り込んだ。どうやら俺たちを同窓会の会場まで見送ってくれるらしい。
「ダシィちゃん、今夜はかーしゃんとじーたんと一緒にゲーム大会するべ。
注文してた新しいゲーム届いたからね」
「やったー!たのしみ!
ダシィいっぱい大きいエモノ狩る!!」
ダシィ、かっちゃや親父とも大分打ち解けたみたいだ。
ダシィのやつ、なかなかのゲームの腕前だと聞く。
どうやらかっちゃはダシィをゲーム実況などでユーツーバーデビューさせようとかなんとか企んでるらしいが……神様のユーツーバーとか前代未聞だな。
準備を整えた俺たちは車へと乗り込み、寺山たちが待つ“居酒屋ふなはら”へと向かうのだった。
────────────────────
帰りはタクシーを呼ぶとだけ告げ、俺たちは車を見送った。
店に入ると中はそこそこ混んでいた。やはり金曜日の夜は客が入る。
「ようお前ら、寺山たちが先に始めてたぞ」
「おお、久しぶりだな船原」
「今日はお世話になります」
入店した俺たちを出迎えたのは小学校からの同級生である
居酒屋ふなはらは桜幡ではそこそこ長くやってる居酒屋で常連客も多い。ナガメも時折町に降りた時は顔を出し酒を飲んでいるという。
「おーい、こっちだ八塚」
「ナガメちゃーん!取り敢えず生でいいよね!」
寺山と百目鬼の二人は座敷席で早くも二杯目を空けているようだ。まったく呑兵衛どもめ。
俺たちも呼ばれるままに席に腰を下ろした。
「お前ら、お通しだけでもうそんなに飲んでんのかよ……」
「だってお前ら来るの遅せぇんだもんよ」
「ナガメちゃん、今日はいっぱい飲もうね!」
「はい!取り敢えず駆けつけ三杯で!」
「……来るぞ船原、酒の貯蔵は十分か」
「ふっ……成人式の悲劇を俺は忘れてねえぞ。今回はばっちりだ」
遡ること二年前、成人式の打ち上げの二次会に選ばれた居酒屋ふなはらは大災に見舞われた。
僅か四人だけの俺たちオカルト同好会メンバーの来店により、店の酒は勿論、あらゆる食料も全滅したことで船原の一家は阿鼻叫喚の嵐となったのだ。
まあ、ほとんど遥とナガメの胃袋が壊滅させたようなものなのだが……。
この“居酒屋ふなはら壊滅事件”は後々まで語られる伝説となったという。
しばらくすると俺とナガメの分の生ビールが届き、大盛りのお造りや寿司、馬刺やサラダが揃えられた。
「んじゃ、栄えある桜幡高校オカルト同好会初代部長であるこの寺山輝雄が乾杯の音頭を取らせていただきます!
……乾杯!」
「「乾杯ー!!」」
こうして四人で集まるのも成人式以来か。
まさかこうして再びこの町で一緒に飲めることになるとは思わなかったな。
「んぐっ……んぐっ……ぷはぁー!
遥ちゃん、生おかわりしましょう!」
「おかわりおかわり~!
あ、あと馬刺なくなっちゃったからそれも追加しちゃお」
お前ら、話に花咲かせる間もなく酒と料理平らげるのやめてくれよ……馬刺の山盛りがあっという間に消えたぞ。
まあ、いくつか皿に取っておいたんで心配ないのだが。
「うん、美味いっ」
良い馬刺だ。脂も程良く乗ってるし肉厚で非常に美味。
それにこっちのお造り、今日の朝に桜幡漁港で水揚げされたばかりのイカやアジ、鯛が使われているじゃないか。
ああ……やっぱ桜幡といえば活イカだよな。この透き通ったパツパツの引き締まった身、歯応え抜群でたまらねえ。
「よいしょっ、これはワシからの祝いだ」
酒と料理に舌鼓を打っていると、突然、船原の
いくら同窓会のお祝いとはいえこれはオーバーすぎるだろ。
「ちょ、親父さん!?
こんな高級品いただけませんよ、たかが同窓会で……」
「何言っとる!お前とナガメちゃんのお祝いに決まっとるべ」
「え……」
「寛くんから聞いたぞ、お前ら遂に一緒になったんだべ?
それにちっちゃい子どももいるって」
「「な、なんだってー!?」」
店内の客が一斉にこちらに目を向け驚愕の表情を浮かべた。
おのれ親父、いらんことを。
「遂にあの役場の八塚さんとこの若夫婦が!?
しかも子どもまで!」
「噂は本当だったんだな……。でもあそこの男の子、まだ東京の大学出たばっかだったべ、いつの間に
「あれよ、高校卒業と同時に仕込んでこっそり産ませてたんだべ」
「嫁に子育て押し付けて自分は東京かい……」
あれ、デジャブ?
この間も似たような誤解されてたような。
本当やめてくれよ、まるで俺が身重の女房を置いて自分だけ東京で遊んできたみたいじゃねえか!
「いやあの、俺らはまだ籍を入れたわけじゃなくてですね!ダシィは事情があって引き取っただけで……なあ、ナガメ!」
「はい、どうせ私は繋くんにとっては
東京にいる本命の女との婚約が決まれば私とダシィちゃんは家を追い出される運命なのです……うぅ……っ」
「ひどいよ八塚くん……ナガメちゃんにダシィちゃん、かわいそう……」
「本当に屑過ぎるぜ八塚……」
「お前らマジで洒落にならんからやめろ!!」
ナガメによる迫真の泣き演技のせいで謎の罪悪感が俺の心を抉りまくりなんだけど!
親父さんも船原も顔を真っ青にしちまってるし!
「婚外子!?」
「複雑な家庭事情……」
「あの親にしてこの子ありだべ。あの役場の課長さんも昔は遊び人だったらしいし」
他の客たちも好き勝手言いやがって……親父は別にいいとして俺の評判が落ちるのだけは勘弁してもらいたい。
結局誤解を解くのに時間を労した結果、せっかくの酔いが吹っ飛んでしまい、再度飲み直すはめになるのだった。
────────────────────
それは桜幡は袖山地区の荒脛神社の石段だった。
石段のすぐ下には八塚の家が見えている。
広沢は……ここで一体何をしようとしていたのか。
「……臭わねえ、不自然な程に」
大の男が喰い殺されたんだ。もっと痕跡が残っていても不思議じゃないんだが……。
北条課長が言うには、遺体の一部が見つかった時には既に血痕のひとつも見当たらなかったのだという。
見つかった遺体の一部というのも、僅かに足の爪一枚だけ。情報課による妖気の分析により巨大な怪異に喰い殺されたらしいということがわかったのみで、その犯人がどんな怪異なのかは皆目検討もつかなかったらしい。
「しかしこれは……完全に人為的な痕跡の消し方だ」
普通の人間たちを騙せても、この九尾の一族最強といってもいい上総煬様を騙すことはできねえ。
この石段付近に僅かに香るアルカリ性の香り……“セスキ炭酸ソーダ”のものだろう。
セスキ炭酸ソーダ、或いはセスキ炭酸ナトリウム。
これは洗剤や入浴剤の原料にも使われ、主にたんぱく質や皮脂、“血液”などの汚れを落とすために使われるアルカリ剤である。
神話級の怪異がこんな器用に殺人の痕跡を消せるはずがねえ。
やはり人間の協力者がいるのか……或いは……。
「……人間のふりをしてやがるのか」
だとしたら、私は一人……疑わなければならない奴がいる。
そいつは
「……櫛田ナガメっ」
この荒脛神社を管理する巫女であり、私が見るに相当の実力者。
そして、私の
八塚、お前はもしかしたら……。
とんでもない女と一緒にいるのかもしれねえぞ。
───見上げた空は血に染まったように、大きな月が紅く輝いていた。
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