第五話~謎の怪異少女ダシィ~


瑞々しくよく実った野菜たち。

雑草一つなく綺麗に耕された土を見るに、この畑の持ち主はとても丁寧に世話をする良いヒトであることがわかる。



「ダシィ……」



朝霧が霞む早朝。

大きなかめのような容器を持った小さな影が畑の前へ現れた。

影は農業用ネットを下から捲り中へと侵入すると、少し周りを見渡しヒトがいないかを確認する素振りを見せた。



「……ごめんなしゃい。かってにもってくのダメなことだけど……これでゆるして」



影は辿々しい謝罪の言葉を口にし、持っていた甕を地面へと置いた。

いくつかの熟したトマト、大きくなったキュウリなどを黒曜石で拵えたナイフで切り取り懐へと仕舞い、影は一瞥して畑を後にした。



「アオじい、まってて。すぐにいくから」



小さな影は神社の石段を素早く登っていくと、境内を通り抜け神社の後ろに広がる暗い森の奥へと姿を消したのだった。



────────────────────



庁舎から車を飛ばし約10分前後で家に到着した俺たちは、件の畑へと急ぐ。



「あれ、ナガメちゃん帰ってきたんだが帰ってきたのね

急にバスで町さ下りてったもんだからなんだべどどうしたかと思ったったっきゃ思ってたら



家の玄関で暇そうにタバコを吹かしているのは俺の母である八塚聖子やつかせいこ、40歳。

専業主婦の傍らネットでVツーバーとしてゲーム実況や歌ってみた等の動画を投稿しそこそこ稼いでいる。



けいおめお前まだ仕事中だべさ、何しさ来たど。それに誰よ、その髪赤げぇケモミミのオナゴ……ま、まさがデリヘルとか浮気女でねぇべな!?

ナガメちゃんという娘がいながらおめって奴は!」


「はい、その女は繋くんを誑かす女狐です!」


「やっぱりか!よーし、ナガメちゃん塩持って来なさい!このバガ馬鹿息子もろともぼんだす追い出す!!

東京で女遊びしてきて調子さ乗ってんだべ!!」


「や、やっぱりそうなんですね……!

死刑!死刑です!!」


「なあ八塚、もしかしてお前の家って面白いやつしかいねえのか」


「そうですね、ナガメの教育者はかっちゃ母さんでなので。あと親父はもっとおかしいので、この家でまともなのは俺だけです」



俺は気だるく事情を説明し、なんとかかっちゃを家に押し込め、現場となった畑に足を運んだ。

家の窓には怨めしそうな顔をしたかっちゃがへばり付き俺をじっと睨み付けてきていたが無視する。



「……これが例の甕?」


「ええ、念のため魚もそのままにしておきました」


「これは甕というより……」



畑の中に置かれていた甕のようなものの正体は高さ50cm、口径40cm程の、日本人であれば誰もが歴史の教科書で見たことのあるものであった。



土器どきだ。縄目の文様が付いてる……つまり、縄文土器じょうもんどき


「おいおい、原始人でもいるのかよここには。どんだけド田舎なんだよ」



上総先輩が驚くのも無理はない。

縄文土器といえば今から大体1万年から3千年前の縄文時代に作られた物のはず。

しかしこれはそんな年季を感じさせるものではなく、頑丈さや質感を見るにここ最近で作られたもののようだ。



「それにこのイワナの口に付いているのは……」



ふと目に入った土器の中を泳いでいる一匹のイワナを手に掴む。その口には現代人でもよく目にするある物が食い込んでいた。



「釣り針、でしょうか?でもそれって……」


「ああ、ステンレス等で作られたものじゃない。多分動物の骨で作られてる」



形は現代の釣り針と同じく先端がU字に反っていて返しが付いている。

だがその針の色はややくすみがかった白色の骨で出来ていて、それが現代人が拵えたものではないことが窺えた。



「これではっきりした。間違いなく妖怪や都市伝説の仕業じゃあねえ」


「ええ、それよりもっとふるい存在で間違いなさそうです」



一段と緊張感が増す。

そこまで旧い存在であるとすれば言葉が通じない可能性がある。つまり交渉ができないため、最悪の場合討伐、若しくは封印しなければならなくなるかもしれない。


神や妖怪の起源は旧ければ旧いほど格が上がり、力も強大となり対処が難しくなる。

神代しんわのじだいの存在ともなればそれらは神性を帯び、並の対策局員などでは歯が立たない。



「どうする。今日は引き下がって兵隊を増やすか」



本来ならその方が良いかもしれない。

だが今のところ直接的な被害がないとはいえ、いつ人間たちとのトラブルに発展するかわからないし、いざトラブルになったところで対処ができないとなると大変なことになる。



「……ここは俺たちだけでも事実確認をしておいた方がいいと思います。害がないと判断できれば、できるだけノータッチにしたい」


「私も繋くんの言う対応でお願いしたいです。きっと悪い存在ではないと思うので」



元々ナガメが対策局を訪れたのも今回の件は事を荒立てるつもりはなく、対策局員による実地確認の元、犯人が人間に危害を加えないような存在であると確認できれば今回のことはそれで終わりにするつもりだったとのことだ。



「わかった。それじゃあ犯人とみられる存在が確認できたらできる限り交渉。そいつが確認できなかったり交渉できなかった場合はトラブルが起きないように、この付近には“結界けっかい”を設ける。

これでどうだ」


「それが最善策かと」



結界とは所謂仕切りだ。

御札おふだ神杭しんくいなどで怪異と人間の住処を隔て怪異を干渉しにくくする。簡単に言うなら関係者以外立入禁止の看板である。



「しかしなぁ~、結局犯人がどこに行ったのか検討もつかないしなぁ~。

どこかに鼻の利く超絶美人でスタイル抜群の先輩がいてくれたらいいんだけどね~」


「はいはい、超絶頼りにしてますよ先輩」


「う~ん、なんか足りないよなぁ~?

こういう時はどうするのが正解って教えたかな~」


「はぁぁぁ……わかりました。今度何か奢りますよ」


「よろしい!さすが私の後輩、話がわかる!」



本当にこの人はいい性格をしている……。

今までも同じ手口で何度も酒や飯を奢らされた。



「繋くんにたかるなんて……やっぱり卑しい女……!」


「ふん、喧しいヒス女はお家でおねんねしてな。私と八塚はこれから犯人を追うからな」


「拒否します!私も繋くんと一緒に行動させていただくので!」


「おいおい、それは危険だろ。万が一、非友好的な怪異だったらどうするんだ」


「安心してください繋くん、山は私の庭ですよ?私がいた方が捜索しやすいと思います」



確かに、ナガメは普段から近所の爺さん婆さんと一緒によく山菜採りやキノコ狩りをしているので俺よりもここら辺の森や山を深く知っている。

道案内なら彼女が最適だろう。



「わかった。ただし、危険だとわかったら俺たちを置いてすぐに逃げろ」


「繋くん!?そんなこと……」


「ダメだ。絶対にこれだけは守れ」


「……はい」



ナガメは俺のスーツの袖をぎゅっと握ると、渋々了承したように俯いた。


彼女に何かあったら取り返しがつかない。

俺は死んでもナガメを守らなければならないのだ。

あの日、ナガメが家に引き取られた日からそう誓っている。



────────────────────



「土器についてた匂いは……どうやらこの奥へと続いてるみたいだ」



土器の匂いを頼りに犯人の痕跡を辿っていくと、神社の後ろの森へと行き着いた。



「多分、そんなに奥には行ってないな。風に乗って匂いが漂って来てる。

近いぞ」


「ちょうどいい獣道があります。そちらから向かいましょう」



ナガメの道案内で俺たちは森の奥へと進んでいく。

耳に入ってくるのは風で木々の揺れる音、野鳥の囀ずり、虫の鳴き声。

なんだか懐かしい。

昔はよくナガメと一緒にこの山でも遊んだものだ。ちょうどこの辺りは“あの神様”がいて……。



「皆止まれ、血の臭いがする」



先頭を歩いていた先輩が腕をこちらに伸ばし静止すると場は一気に静まり返った。

果たして犯人の手掛かりなのか、それとも。


俺たちはゆっくりと臭いのするという方へ足を進めると、そこには大きなブナの木があり、その根本には何か毛の生えた大きなものが横たわっていた。



「まさか、あなたは……」



見覚えがある特徴的な灰色の体毛、顔の周りにはたてがみのような白い毛。そして何より他の同族とは桁違いに大きい図体と、まるでガゼルのような黒い二本の螺旋角。


それは桜幡の山林全体に棲まうアオカモシカたちを統べる偉大なる山の神、“アオシシ様”であった。

俺とナガメもよくこの辺りで遊んでもらった仲だ。


しかしどうも様子がおかしい。

聞こえてくる呼吸音には覇気がなく、こちらの姿が見えていてもピクリとも動かない。

よく見てみると彼の大腿部には何者かに付けられたと思われる噛み痕と大きな裂傷があった。

その上には治療の痕なのかフキの葉が貼り付けられており、その隙間からは青い血が滴り落ちていた。

それを見たナガメは血相を変えアオシシ様へと駆け寄る。



「何があったのですかアオシシ様!」


「……オオ、櫛田くしなだ様。

ソレニ、八塚やつか様マデ……オ久シュウゴザイマス。息災デアリマシタカ」



自身が瀕死の状態にも関わらず、か細くなった声で俺のことを案じる言葉を紡ぐアオシシ様に俺は反射的に拳を強く握った。



「アオシシ様、誰にやられた!?

あなた程の神にここまでの傷をつけられるものなんて……!」


「……最近、ドコカラカ流レテキタ異形ガ山ヲ荒ラシ、我ラヲほふッテ神ニ成リ代ワロウトシテオルノデス。コノママデハ人ニモ危害ガ及ブヤモシレマセヌ」


「異形……!」



まさか、野菜泥棒のことだろうか。

だとすると危険だ。

アオシシ様にここまでの傷をつけるとなれば相当の力を秘めている。



「先輩、取り敢えず庁舎に連絡して怪異救護課ヒーラーの出動を要請しましょう!

それとむつ対策局下北支部から機動鎮圧課特殊部隊の応援を───」



「アオじいからはなれろ!!」



どこからか大きな声と地響きと共に、バキバキと木々が折れていく音が近付いてくる。

木々をかき分け、俺たちの目の前に現れたのは、何と体長15メートルはあろうかという巨人だった。



「おいおいなんだよあれ……!進撃のなんちゃら神漫画じゃねえんだぞ!」



さすがの先輩もこれには怖じ気づく方が早かった。

まさかこんな規格外の怪異が現れるとは予想できるはずもない。



「アオじいイジメるやつ、ゆるさない!」



そいつは笑顔の絵文字よろしく笑った目をしていて、口も逆三角形。しかしとてつもない怒気を孕んでおり、いつこちらに危害を加えるかわかったものではない。

巨人はゆっくりとこちらに近付いてきて俺たちを威嚇する。



「このヤマからでてけ!!」


「オヤメナサイ、ダシィ様!!

彼ラハ我ノ朋輩親友デゴザイマス!!」



俺たちへ向け大きな手を振りかざした瞬間、アオシシ様が巨人へ向けて一喝した。

途端に静止した巨人はまるで空気の抜けた風船のように萎んでいくと、ちんまりとした体長40センチほどの小人になってしまった。



「申シ遅レマシタ。彼女ハコノ春ニ目覚メラレタコノ地ニ伝ワル旧キ神、ダシィ様デゴザイマス」


「……ごめんなしゃい、アオじいのトモダチってしらなくて。

ダシィのなまえはダシィ、アオじいのいちぞくとくらしてる」



ペコりと頭を下げた女の子は拙い言葉で謝罪の言葉を口にした。

よく見ると彼女の装いと頭に付けている仮面には見覚えがあった。そうだ、あれは確か帰郷してすぐの頃。



「君は、あの時車のトランクに隠れてた木霊こだまか!?」


「……おにいさんは、ダシィをヤマにかえしてくれたあのおにいさん?」



まさかこの小さな女の子との再会によって俺とナガメの、そして世界の運命が大きく変わることになるなんて、この時の俺たちは知るよしもなかった。



───今、怪異奇譚フェアリーテイルが幕を開ける。


────────────────────


ダシィ

・性別……女

・年齢……わかんにゃい

・仕事……狩り、釣り、山の幸採集。

・身長……基本40cm

・体重……基本10㎏

・出身……大昔の青森県下北郡桜幡町三枚橋地区

・能力……自由に体長を変えられる。最高で高さ15メートル、幅8メートル

・好物……カチュ丼、甘いもの



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