第六話~ヨウコウ~
ダシィと名乗った謎の怪異少女。
どうやら傷ついたアオシシ様を治療してくれていたのは彼女だったようだ。
彼女はアオシシ様の元へ駆け寄り、傷に水をかけると動物の脂で作ったと思われる軟膏のようなものを塗布した。
よく見るとアオシシ様の足元には野菜の断片と思われるものがいくつか落ちていた。
「あら、もしかしてこの野菜は私の畑の……」
「もしかしてふもとにあったあのハタケはおねえさんの?」
「ええ、野菜を誰が持っていったのか確認するために私たちは来たのよ」
「……ごめんなしゃい!
ダシィ、かってにもってった……ダシィわるいコ」
「責メラレルベキハ我デゴザイマス。
ダシィ様ガ
我モ早ク回復スルタメ二事情モ聞カズ喰ラッタ由。決シテ、ダシィ様二罪ハゴザラヌ……!」
改めて頭を下げ謝罪するダシィとそれを庇うようにアオシシ様が頭を垂れる。
ナガメは肩を竦めるとゆっくりダシィの傍へと寄り、抱き締めた。
「あなたは偉い子ね。アオシシ様に体力をつけてもらおうと必死だったのでしょう」
「……ごめんなしゃい、おねえさん。せっかくおおきくなったヤサイだったのに」
「ううん、あれはあなたのお魚と交換したのよ。だからあなたは何も悪いことなんてしていないわ。
大きなイワナをくれてありがとう、ダシィちゃん。よく頑張ったね」
「おねえさん……っ」
ダシィは目に光るものを浮かべながらナガメの服をぎゅっと掴み、胸に顔を埋めた。
こんなに小さな女の子があそこまで大きなイワナを何匹も釣り上げるのには相当な苦労を要しただろう。大事な家族を助けるために、アオシシ様が好むであろう栄養満点な野菜を手に入れるためになりふり構っていられなかったのだ。
ナガメはそのことを畑の状況を見て最初から察していたのだろう。
恐らく、俺たち対策局員だけではここまで上手く問題解決し和解することは叶わなかったはずだ。
彼女が傍にいてくれて良かったと、心からそう思った。
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「さて、野菜の件は解決したが、問題はアオシシを傷つけた犯人だ。そいつはまだ健在なんだろう?」
「そうですね先輩……しかもそいつは神にここまでの傷をつけられる程の力を持っている“
そんなアオシシ様を喰らい、成り代わろうとする存在。
“都市伝説から生まれた異形”に違いない。
人間たちの噂話、憶測、恐怖を餌に肥大化、凶暴化した現代の怪異。時にこれらは既存の神や妖怪を喰らい、それ以上の存在へと進化することがある。
「アオシシ様、これから対策局の
だがその前にお聞きしたい。あなたを襲った奴はどんな外見をされておりましたか」
「ソレデアレバ、ダシィ様ノ方ガ詳シュウゴザイマス。我ハ奴ノ姿ヲ見ルコトナク倒レテシマイマシタ」
「ダシィ、そいつみた!ケがなくてアカいサルみたいなヘンなやつだった!」
ダシィが語るに、そいつは食事をしていたアオシシ様の死角である草むらから急に飛び出し襲ってきたという。近くにいたダシィはすぐさま巨大化し、それを掴み上げ遠くへ投げ飛ばしたとのことだ。
そいつは最後まで不気味な声で笑っていたという……。
「私が見るに、アオシシの傷はただの傷じゃあねえな。恐らく呪いの類いを貰ってる。
そうでなきゃここまで神格の高い神様が瀕死になるわけがねえ」
「許せません……アオシシ様に呪いなど……!!」
ナガメはギリギリと
俺も同じ気持ちだ。
アオシシ様には幼少の頃から世話になった。
ガキである俺たちにもいつも敬語を崩さず、山のことをたくさん教えてくれて、背中に俺たちを乗せ山の天辺まで連れていき広い世界を見せてくれた、とても優しい、俺たちの祖父のような存在だ。
彼は太古の昔からこの地の
彼は人間と自然界を繋ぐ架け橋であり、掛け替えのない存在だ。
もし異形がアオシシ様に成り代わってしまったら、人間と自然界の境界は崩れ、アオシシ様が永い年月をかけ育んできた共生社会も崩壊するだろう。
なんとしてでも、その異形は屠らねばならない。
「恐らく、異形は再びアオシシ様を狩りに戻ってくるでしょう。あの手の輩は一度目を付けた獲物には死ぬまで執着しますから」
「そうだな……。
ナガメ、ここは俺たちに任せてお前はダシィを連れて家に戻るんだ。
庁舎からの応援と
「何を言ってるのですか!?
私も一緒に戦います!」
「無茶言うな!相手は神すら殺せる異形だぞ!!
俺や先輩でも勝てる保証はない!」
「なら尚更繋くんを置いていけません!」
「いい加減にしとけよヒス女」
「ッ!!」
いきなり間に割って入ってきた上総先輩がナガメの襟首を掴み、
「お前は八塚と長い付き合いなんだろ。
だったらわかるだろうが。男が女や子どもを守るために命を懸けるって言ってんだよ。
その覚悟、汲んでやれや」
「……あなたに言われずとも、そんなことはわかっていますよ……ッ!
だからこそ私はこの場を離れたくない!
繋くんはいつだって私を守るために危ない目に遭ってきた……!今度は私が守ってあげなければいけないんです!!」
「この阿保が……ッ!」
「二人とも今は争ってる場合じゃ───」
───ケタタタタタタッッ!!
それは突然来た。
おぞましい、笑い声のような鳴き声が響き渡る。
それと同時に森の匂いが一気に魚を腐らせたような汚臭へと変化した。
「遅かったか……!」
「……先輩、俺が惹きつけるのでナガメとダシィを避難させてください」
「馬鹿野郎!お前が連れて逃げやがれ!
大事な幼馴染なんだろ!?」
「言わせないでくださいよ……!
大事だから、一番ナガメたちの生存確率が高い策に懸けてるんでしょうが!」
既に俺は“結界”を張り巡らせた。
先輩たちの逃げ道だけを確保し、避難が完了したら俺はそれを閉じるだけだ。
「アオシシ様、悪いですが頼みがあります。俺の血を分けるので、念動力で先輩たちを俺が作った逃げ道を通して森の外へ出してやってください……!!」
俺は手持ちのナイフを勢いよく左の掌に突き立て、溢れ出た血をアオシシ様に飲ませる。
神は代償を払うことで望みを叶える。命に直結すればする程に、その力は強大となる。
「心得タ、八塚様!」
その言葉と同時にアオシシ様の螺旋角は青白く発光し、先輩たちは青白い光りに包まれ宙へと浮く。
「繋くん!ダメぇ───」
「おにいさん!ダシィもたたかう───」
「八塚テメェ、かっこつけてんじゃねえ───」
姦しい声はあっという間に森の外へと消えた。
……これでもう心配はいらない。
「さあ、来いよ異形。俺は準備万端だ」
ケタタタタタタッッ!!
気持ち悪い笑い声のする暗い森の奥から赤い顔がこちらを覗いている。
漆黒の眼、毛のないシワシワの体、人間の子どもくらいの背丈。
そして耳元まで裂けているかのようにつり上がった口には血にまみれた並びの悪い白い歯が怪しく光っていた。
「不気味な笑い声、毛のない赤い猿のような生き物、そして呪い。
ブラックリストに載っている、福井県の怪異“ヨウコウ”だな」
馴染みのない福井の呪いの山神モドキがなぜこの地に。
一匹だけでこんな遠く離れた僻地まで来るはずがない。
“何者”かがこいつを連れてきたに違いないのだ。黒幕はきっと別にいる。
だが今はそれを調べる余裕などあるはずもない。
「アオシシ様には指一本触れさせん。貴様はここで討滅する……!」
「ケタタタタタタッッ!!!!」
ヨウコウが笑いながら俺目掛け突っ込んでくる。
そして俺の顔面を目掛け長い爪を突き出し───。
───森の中にけたたましい叫びが木霊した。
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ヨウコウ
・ネットから派生した怪異。都市伝説から生まれた異形
・福井県のとある村にいるとされる赤い毛のない猿のような生物。山の神の一種とされる。出会ったものに死の呪いを授ける
・人間たちの噂話、憶測、恐怖によって力を付け、本来の山神から異形へと変質し、ただただ人間や山の動物を殺戮して回り既存の神すら喰ってそれに成り代わろうとする危険な存在
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