シモキタ怪異奇譚《フェアリーテイル》~地元に戻ったらヤマタノオロチの幼馴染み嫁と縄文人の娘ができました~

井上周太

第一章【蜘蛛と蛇と縄文と】

第一話~プロローグ~

俺の名は“八塚繋やつかけい”。東京の大学を卒業したばかりの新社会人だ。


東京駅から新幹線で三時間。

青森県は八戸はちのへ駅で快速しもきたに乗り換え更に一時間半。

ガタガタと揺られながらふと窓の外に目を向けると、群青の陸奥湾むつわんの奥にまだ白い傘を被った釜臥山かまふせやまがこちらを見据えていた。


ああ、遂に帰ってきてしまった。


新幹線で仙台を過ぎた辺りからふつふつと感じ始めていたこのどんよりとした感情が一気にため息となって溢れ出す。


東京という広い世界を見てきた俺にとってこの上なく狭苦しく窮屈で退屈なこの青森県。それも最も寂れた場所であるこの下北半島に俺は戻ってきた。

その現実があまりにも俺を憂鬱にする。


切っ掛けはなんでもない、就職活動の失敗だ。

別に遊んでたからとかそういうわけじゃない。なんなら向こうの会社の内定だって幾つか貰ってたんだ。

しかし何の因果か、世界的な流行病の到来で内定を受けていた会社全てに取消を通知された。


結局、就職浪人を覚悟していたところに地元の役場に勤める親父からの声がかかり、こうしてUターン就職となったわけである。



『えぇ……まもなく下北駅、下北駅。お忘れ物のないよう───』



そうこうしている内に目的地へと着いてしまった。

まるで人生の終着点に辿り着いてしまったかのような気分をなんとか振り払い、俺は気動車を降りて有人の改札を通る。


本州最北端の市である青森県むつ市。そこから更に車で二十分程先。

津軽海峡つがるかいきょうに面した小さな港町である“桜幡町おうはたまち”。

人口約七千人のこの小さく寂れた町が俺の故郷であり就職先だ。


駅へ迎えに来ていた両親の車に揺られ、むつ市街を通りすぎていくと、桜並木が美しいバイパス、桜幡サクラロードが見えてくる。

まあ肝心の桜はまだこの時期は開花していない。

青森の春は四月下旬からゴールデンウィークにかけてがピーク。

発展も遅ければ春も遅いのが青森だ。



蕾がようやく出てきたかという桜並木を過ぎると交差点へと突き当たる。

ただでさえここまで街頭も建物も少ない道から、更に電柱と田畑しかない道へと親父の運転する年季の入ったセダンは進んでいく。

その先にある山と山の間に切り開かれた寒村、とまではいかないが寂しい部落に俺の家はある。

桜幡町袖山そでやま地区。

大きな建物は公民館か寺、かつて存在した小学校の廃墟以外にない。人より獣か妖怪の方が多いTHE・限界集落。


部落の北側、山から伝う細い荒れた参道の奥には村社である荒脛神社あらはばきじんじゃがあり、そのちょうど麓にあるのが俺の家だ。


鳥居の手前にある駐車スペースに車が止められ、外に出た俺はキャリーバッグと東京土産を取り出そうとトランクを開けた。

するといつの間に忍び込んだのか、体長40センチ程の木霊こだま(恐らく)が一匹飛び出してきた。



「ダシィ!」



意味不明な鳴き声をあげたその木霊(だよな?)は呪物的な土の仮面を着けていて、赤い渦巻き文様があしらわれた麻でできた着物を身に纏い、小さな黒曜石の小刀をこちらに向けて威嚇している。

俺はそれの両脇を抱き上げ近くの草むらに放すと、それはあっという間にどこかへと走り去っていったのだった。


俺はキャリーバッグを家の玄関に置き、土産袋を手に神社への参道を登っていく。

苔むしてヒビの入った石階段の上にはまだ雪の名残があり、踏むごとに小刻みに音を立てる。



「去年の盆以来、か」




東京にいた頃も毎年長期休暇の折には桜幡には帰ってきていて、東京の土産を持ってこうして神社で仕事をしているであろう“アイツ”を迎えに行くのが習慣となっていた。

まあ、今日からその習慣も終わることになるのだが。


途中、何匹かの下級化け猫が美女に化けて土産を横取りしようとちょっかいをかけてきたが難なく追い払った。長い階段を登り終えるとようやく開けた神社の境内へと辿り着く。


そこにはこちらに背を向け石畳を掃く見慣れた巫女がいた。


声をかけようとした瞬間、振り向き様に長い黒髪をなびかせた彼女の透き通った声が風に乗り耳元へと伝わってきた。



「お帰りなさい、けいくん。ずっと待ってた」


「……うん、ただいまナガメ」



日本人形のように雪のような白い肌、切れ長の目。遠くからでもわかる真っ赤な唇、艶やかな黒髪。スラッと縦に長い体型であるが胸部と臀部の主張は激しい。


彼女は俺の幼馴染、“櫛田くしなだナガメ”。

荒脛神社の管理をされていた櫛田家の跡取り娘なのだが、彼女が8歳の頃に両親は事故で、12歳の頃には最後の肉親である祖母が老衰で亡くなり天涯孤独の身となった。


他に身寄りのいない彼女は櫛田家と親戚である俺の家へと預けられ、俺とは兄弟同然に育てられたのだ。


いつの間にか音もなくこちらに近付いていた彼女は少し頬を染めながらスッと俺の空いている方の手を取り、その細く長い指で覆い隠す。

恐らく俺の手が冷えているだろうと気を利かせてくれたのだろうが彼女の手は雪のように冷たく、長い時間ここで来訪者が来るのを待っていたことが伺えた。



「寒かったでしょ?青森はまだ冬とおんなじだから」


「まあ、そうだな。けど……」





俺は土産を地面に置き、両手でナガメの手を握り返した。



「お前の顔を見たら温まったよ」



互いに見つめ合う二人を余所に、冬の終わりを告げるかのようなシジュウカラのさえずりと、それを捕まえようとする木霊のかまびすしい声が境内に響き渡る。


この物語は、広い世界を追い求める男と、それに一途に想いを馳せる女と、自由奔放な謎の怪異少女の三人が織り成す───。



少し不思議な怪異奇譚フェアリーテイル



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