第二話~怪異対策局~

俺が青森県怪異対策局下北支部桜幡庁舎に勤めてから早二ヶ月が過ぎた。

初めの内は慣れない仕事にてんやわんやでいたものの、優しい先輩たちのお陰でなんとか乗り越えて来れた。


怪異対策局かいいたいさくきょく

怪異庁直轄の実行組織であり、各都道府県市町村で発生した怪異に纏わるトラブルへの対策、解決を主な業務としている。


怪異とは、要するに妖怪や都市伝説、はたまた神といった超常的な存在の総称である。


古来より人と怪異は持ちつ持たれつの関係を保ってきた。

自然の一部である彼らは人間と共生し幸福をもたらしてきたものもあれば、災いをもたらし害を成すものもある。

俺たちの仕事はその害を成すものたちへの対応であり、最悪の場合は武力鎮圧といった実力行使も厭わない。

勿論これには危険を伴う。事実として殉職者が出ることもある。

まず生身の人間では怪異に対抗する力はほぼないといっていい。


そこで重要となるのが人間に協力的な妖怪と契約を結んだり、強力な神からの加護を受けることだ。

これにより人間であっても怪異に対抗し得る力が備わるわけである。


しかし、実力行使はあくまで最終手段。

ほとんどの場合は話し合いや示談といった形で解決するのだ。


例えば今、商店街付近でバディと共に巡回していたところ、大喧嘩しているのっぺらぼうの男と人間の女のカップルに対して俺たちは仲裁に入りなんとか和解できるよう取り繕っている。


「この浮気者!」


「だから浮気じゃねえべさ!」


「嘘だぁ!あの女見て鼻の下伸ばしてたくせにぃ!」


「だから伸ばすもなにも鼻はねえっつうの!」



時折これは俺たちの管轄なのかと疑問に思うようなトラブルばかりだが、まあ一度目に入ってしまったからには解決しなければならない。

結局今回はバディである先輩の上総煬かずさよう特等官が浮気が誤解であるという証拠写真(のっぺら男が見ていたのは別の女ではなく猫だった)を挙げ、その場は丸く治まった。


その後、俺は庁舎に戻り報告書を仕上げていると程なくして昼休憩の時間を迎えた。



「お疲れ八塚一等官。一緒に飯でもどうだ」



声をかけてきた上総特等官はそのまま俺のデスクに腰をかける。

同時にモフモフとした三つの大きな尻尾がデスクを覆い隠したため、作業を中断せざるを得ない。



「だからそれやめてくださいってば……。はいはい、ご一緒しますよ」


「お、今日は付き合ってくれるんだな。感心感心」



彼女、上総煬特等官はかの有名な“九尾の一族きゅうびのいちぞく”である。モデルと見紛うほどの美貌を持ち、特徴的な三本の尻尾と狐耳、深紅の髪と瞳がチャームポイント。年齢は二十代そこそこ見えるが秘密だそうだ。


九尾の狐、大妖怪“玉藻前たまものまえ”。

大昔のインド、中国、日本を股にかけ、時の権力者にすり寄り寵愛を受け暴虐の限りを尽くしたという怪異の中でも上位の存在だったが、最期は三人の高名な武士に討たれた。

その三人の武士というのが三浦義明みうらのよしあき千葉常胤ちばのつねたね上総介広常かずさのすけひろつねだ。


……ではなぜ九尾の一族が今に生き残っているのかというと、実はこの時、玉藻前には三匹の子が産まれており、それを不憫に思った三人の武士達がそれぞれその子どもを引き取り育てたというのだ。


その末裔こそが上総煬その人である。

人間との混血が進んだ半妖であるため、霊力の証である尻尾の数は三つに落ち着いている。

しかしながらその実力は本物で、恐ろしい程の怪力と炎を自在に操ることができ、そこらの妖怪では相手にならない。


彼女は俺の直属の上司。

俺も配属されている、怪異対策局の中でも最も危険度が高い武力鎮圧を担う鎮圧課を指揮している。


……いやほんと、なんで俺いきなりこんな危ない課に配属されたんだろう。まだデスクワークや巡回が主な仕事で回されているとはいえ、ゆくゆくは最前線に……。



「さて、時間は有限だ。さっさと食いに行こう!今日はみなみ食堂だ!」


「……了解です」



不安を募らせる俺を余所にケラケラと笑う先輩に連れられ、俺は庁舎を後にしたのだった。



────────────────────



「んぐっんぐっ……カーッ!やっぱ仕事の合間のビールって最高だな!」


「だから勤務中に酒はダメですってば!」



庁舎から歩いて10分程の場所にある南食堂。

おすすめは桜幡町特産のイカの墨を練り込んだ麺と海鮮スープが美味いイカスミらーめん。そして濃いめの出汁が利いていて肉厚なカツ丼だ。


「そう固いこと言うなよ八塚一等官~。今日はさっきの痴話喧嘩の仲裁で体力のほとんど持って行かれたんだぜ~?」


「いやまあ俺も大分キツかったですけど……」


「つかさぁ、お前東京いたんなら昼休憩に酒なんて別に普通だったろぉ?なんでそんな厳しいわけよ」


「一応公務員だからです!あと田舎では車しか移動手段ないんで勤務帯での飲酒はご法度なんですって。仕事でも車使うでしょ」


「いいじゃん歩いて来てんだし~。今日の仕事ももうデスクワークだけだし車使う用事ねえじゃん」


「ああ言えばこう言う……」



先輩はきつねそばを肴に早くも瓶ビールを二本を空けている。

俺はというと既にカツ丼を平らげ、報告書作成の続きに取りかかっていた。



「ほんと真面目くんだなぁ八塚は。さすが桜幡庁舎期待のホープ」


「先輩はもっと緊張感をですね……」


「ぶ~……最初の頃はあんなに可愛かったのに、最近私への態度キツくない?」


「日頃の行いでしょうに……」



別にリスペクトしていないわけではない。

普通に尊敬できる先輩だ。

締めるところは締めてるし、恐ろしい程の実力者であることは疑いようもない。


信じられないかもしれないが、初めて会った時の彼女は正に血も涙もない鬼、冷血妖怪といった印象で近寄りがたい空気を纏っていた。事実、彼女の部下になった者は余程のガッツがなければ数日で退職するのがほとんどだったという。



「……ってかさ、いい加減再戦してくれてもよくない?」


「……次の能力評価試験テストはまだ先のはずですよね」


「そんなつまんないこと言うなよなぁ。私ね、あの時の屈辱が忘れられなくてずっと夜も眠れないんだ」



不意に先輩の深紅の瞳が妖しく光ると同時に、場の空気が一気に張り詰めた。



「正直さ、初めてだったんだよね。新卒の子に能力評価試験で負けたの。つか前代未聞?」


「……だからあれは偶々で」


「偶然で九尾の一族の特等官を倒す新人がいちゃあまずいんだよ、八塚くん」


「……」



二ヶ月前、入庁式当日。

新入官たちの能力を見極めるための能力評価試験にて、あろうことか俺は教官である上総特等との戦闘訓練に勝ってしまった。


上総先輩を含め九尾の一族はその特性上、全国の怪異対策局で教官職や鎮圧課関係の要職を任せられる場合が多い。

九尾の一族でなくてもそれらの役職を任せられるのは妖怪の中でも最上位の存在か、それに準ずる力を持つ人間がほとんどだ。


そしてその教官が何をするかというと、職員の実力を測るための年に二回行われる能力評価試験での相手役だ。


内容は様々で、バディと共に教官と戦うツーマンセルアタック。アタッカーやタンク、サポートをバランスよく配置し挑むチームアタック。

これらを駆使し、いかに教官を不利に追い込むかが評価の対象となる。


この評価試験の結果次第で実力によっては官等級の特進もあり得る。しかし実際にこの試験だけで昇格できるような人材はほぼ存在しない。

ただの人間は勿論のこと、妖怪の、或いは妖怪にルーツを持つ二等官であったとしても実力ある教官を倒せる者などゼロに等しい。


まず怪異対策局では功績、実力に伴った“特等官とくとうかん”、“一等官いっとうかん”、“二等官にとうかん”という三つの官等級が存在する。


一番下の等級である二等官は対策局に任用されれば自動的に任官される。早い話が一兵卒だ。

この等級の者たちは一等官以上の者が率いるチームでしか行動することができない。


そして一等官。これは軍隊でいう士官クラス。兵を率いて前線で戦う役割だ。

この等級からバディを組むことが許されるが、バディは一等官以上の者たちでのみ組むことが可能。


最後は特等官。対策局の要職、お偉いさん方は皆この等級だと思っていい。

軍隊でいう佐官、将官に位置しており、二等官たちへの教育、チームの指揮、バディを組んで少数精鋭でのミッションに従事している。

お察しの通りこのクラスになると恐ろしく強いバケモノしかいない。特等一人で二等官百人分かそれ以上の戦力を誇る。


つまり、俺のやったことの何がまずいのかというと。



「新卒の二等官が教官職の特等官、しかも九尾の一族に土を付け、異例の即日一等官へ特進。これはもう私たち一族のメンツがどうのこうの以前に怪異対策局そのものの信用に関わる重大問題になりつつあるんだよ。わかるかい八塚くん」


「先輩、殺気を抑えてくれませんか。これ以上やると他のお客さん死んじゃいますよ」


「……チッ」



やる気を削がれたのか、先輩は乗り出していた体を椅子へと戻し、更にもう一本のビールを注文した。


ご覧の通り、先輩はすぐ熱くなりすぎるのが玉に瑕だ。

去年東京から赴任されてきたそうだが、どうやらこの気の短さが原因で“飛ばされ左遷”てしまったのが真相らしい。


そりゃそうだ。

こんな辺境のド田舎の支部に九尾の一族がいるなんて普通はありえない。

彼女ほどの存在は本来であれば各都道府県本部か京都にある総本部に籍を置いているはずなのだ。



「(そりゃ能力評価試験の時なんて荒れるわな。いいストレス発散になるもの)」



あの時は本当にひどかった。

俺を除く新入官は皆一瞬で焦がされるかぶっ飛ばされ再起不能にされる始末。軍隊でもそんなことしないだろ普通……。


あの日、最後の相手だった俺は初手で放たれた火炎放射狐火をスーツの上着を盾にして先輩へと突進。繰り出される蹴りを寸前でしゃがんで躱し、持っていた上着で先輩の顔を覆い隠して視界を奪い、屋内訓練場の天井に吊り下げられた照明を一つ頭の上へ落としただけだ。まともに戦ってたら普通に敗けてる。



「……今思い出しても納得いかねぇ。なんなのお前。私の炎が効かないうえに変な小細工までしやがって」


「言ったでしょ、元から怪異への耐性が強いだけですって」


「うぅぅ~、納得いかなぁぁい!お前嫌い!

大将もう一本ちょうだい!」



ああもう完全に飲み過ぎだ。まだ昼過ぎだってのに。

肩を竦めた俺は報告書作成に取り掛かろうとした時、テーブルに置かれていた先輩のスマホが鳴った。



「んだよせっかく飲んでんのに。はい、こちら上総!

……は?川に“ナマズ”が出た?」



血相を変えた先輩は、勘定!と万札をテーブルに叩きつけ勢いよく店を飛び出しどこかへと走っていく。


さっき“ナマズ”と言っていたな。なら間違いなく桜幡川だろう。

俺は慌てて荷物をまとめ先輩の後を追うのだった。



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上総煬(かずさよう)

・性別……女

・年齢……秘密♡

・身長……170㎝。

・体重……秘密♡

・3サイズ……B89、W58、H85。

・仕事……青森県怪異対策局下北支部桜幡庁舎鎮圧課を指揮する特等官。新人指導教官。

・出身……栃木県那須郡那須町。

・能力……九尾の狐の末裔であり炎を自在に操る。怪力もあり、念力もある程度使うことが可能。

・好物……酒、きつねそば、いなりずし、油揚げ。


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