第四話~キレる若者(平安時代生まれ)~


キャバクラわんにゃんでの怪異の不法就労事件。

事の顛末を手短に説明すると、店主であるママさんには暴力団・柳谷やなぎや組からの借金があり、半ば強制的に化け妖怪たちを利用したこの風営法スレスレな営業を強いられていたのだという。



「……あの子たちは良い子なんだ。全部私が悪い。

だからにゃん子たちは自由にしてやっておくれよ」



にゃん子やわん子たちは柳谷組によってどこからか連れて来られたのだという。

まだ生まれたばかりの彼女たちはママさんを本当の母親のように慕い育った。


恐らく、彼女たちは裏社会で売買されていた化け妖怪たちなのだろう。

化け妖怪の幼獣は国内外問わず人気が高く、反社会的組織による誘拐や密輸が後を断たないのだ。


……勿論、用途はペットだけではない。

を満たす為に使役される者たちがほとんどだ。



「嫌にゃ!ママさんを連れていかないで!」


「ママさんは悪いことなんてしてないわん!わん子たちにいっつも美味しいご飯食べさせてくれる優しい人なんだわん!!」



対策局員たちに連れられ車に乗り込もうとするママさんをキャストたちは必死に引き留める。


……反社会的組織ヤクザが食い物にするのはいつだって弱者だ。

“弱きを助け強きを挫く”なんて言ってるのは創作の中だけ。実際は“強きに媚びて弱きを虐げる”のが奴らの本性だ。



「くそっ、話が違うじゃねえか鎌鼬かまいたちさんよぉ!!」


「お陰で俺らは破門待ったなしだ!」


「だから妖怪なんざ信用できねえんだよ!」


 

俺によって制圧されお縄になったヤクザ三人組が、これまた上総先輩によって倒され縛られた鎌鼬へと悪態をつき唾を吐いている。


ある意味、鎌鼬も人間の被害者だ。

生きるために二束三文の端金で反社組織に雇われる妖怪は少なくない。

平均賃金も雇用も貧弱な地方だと更にそれは顕著であり、故に対策局の仕事は地方ほど危険とされる。



「貴様らこそ……話が違う!

いくらオレでも九尾の狐が相手ではどうにもならんわ!!」



まだ中学生ほどに見える少年といった風貌の鎌鼬が煤けた顔をヤクザたちへと向け威嚇する。


鎌鼬は非常に好戦的な種族。

鬼や九尾といった人間に比較的友好な妖怪たちと違い、彼らは対策局に協力することはほとんどない。



「取り敢えず、一件落着ってとこか」


「お疲れ様です、先輩」



先輩から差し出された缶コーヒーを受け取りプルタブを開ける。

辺りは焼け焦げた店舗の残骸の臭いが未だに立ち込めており、せっかくのコーヒーの香りがまるで楽しめない。



「……わんにゃんのママさん、まあ不起訴になりゃすぐシャバに戻れるだろうが……残された化け妖怪たちは気の毒だな」

 

「……それをわかってて俺たちは摘発したわけですから。後は彼らが真っ当に生きてくれることを祈るしかありませんよ」



店は営業できなくなるだろうし、悪評が広がった今では最悪、田名部たなぶにはいられないだろう。


俺たちがやったことは正しいことなのか、彼らの生きる場所を奪っただけなのではないか。


妖怪たちの行き場をなくしているのは俺たち怪異対策局なのではないか───。


この仕事を続けていくなら避けては通れないジレンマだ。

……だが、俺たちはやるしかない。それが俺たちの仕事なのだから。



「ふんっ、人間に餌付けされいいように使われている貴様らが奴らを憐れむなど笑わせるわ!

そもそも奴らがやってきたことの何が悪い!お前たちも人間や妖怪が体を売る店には目を瞑っているだろう!」



鎌鼬が俺たちへ向け罵声を浴びせる。

コーヒーのスチール缶を握り潰し、目を細めた先輩が鎌鼬へと近づいていく。



「だったらこそこそしねえでまともに営業すりゃ良かっただけのこと。利益優先で法を守れねえなら相応の罰を受けるのが当然だ。

そんなこともわからねえのかネズミ野郎」


「はっ、何が法だ!そんなもん、人間が自分たちの都合のいいように解釈しただけのもの!人間に可愛がられる妖怪だけを優遇しているに過ぎない!

どうせ貴様のような奴は人間たちに股を開いて金と地位を得ているのだろう!

オレたち妖怪をペットかなにかとして見ていない奴らによく平気でそんなことができるな!

貴様のような売女ばいたは妖怪の面よごし───ギャッっ」



───言葉よりまず手が動いていた。

先輩の驚く顔を横目に、俺は鎌鼬の顔面へ拳を叩き込んでいたのだ。



「ナメてんじゃねえぞッ!こらッッ!!」



鎌鼬の鼻は完全に折れ、眼球も飛び出んばかりに鬱血し膨張する。鼻や口から出た血と共に、何本も折れた歯が宙を舞った。

それでも、俺は馬乗りになったまま振り下ろす拳を止めない。



「ぎゃっ、ガッ、や゛っ……やめ゛っ」


「股開きゃ金も地位も手に入るだと?んな甘い世界なわけねぇだろうが!!

人間の風上にも置けねえヤクザゴミ共に飼われるような奴がナメた口利いてんじゃあねえッ!!

弱者を食い物にするカス共ヤクザに利用されるテメェみてえな妖怪共のせいで、真面目に生きている妖怪たちがどれだけ奇異の目に晒されているかわからねえのかッ!!!」



鈍く重い音が何度も繰り返し響き渡る。

先輩を含めた対策局員たちが鎌鼬から俺を引き離そうとするが、頭に血が昇った俺はそんなこともお構いなしに延々と鎌鼬を殴り続けた。


……結局、青冷めるヤクザたちと見るも無惨な姿になり動かなくなった鎌鼬をやっと脳が認識し、俺はようやく我に帰ったのだった。



「ご、ごべんなざい……もうわるいごどじま゛ぜんがら゛っ……も、もうなぐらないでぇ……っ」



涙と血が顔を覆い尽くした鎌鼬が、これまでの高圧的な言動から打って変わり、悲痛な声音で謝罪の弁を口にする。



「あーあ……八塚くん、やりすぎ。

いくら危険怪異だからって“女の子”をここまで殴っちゃあダメだろ」


「……え、女?」



先輩からの信じられない言葉に困惑する俺。

いや、どう見てもこいつ男じゃ……ほら“オレ”とか言ってるし。



「フードの下ちゃんと見ろよ、ブラ着けてんぞ。

……お前、前々から“女殴ってそう”な風貌だなあと思ってたけど……なんかマジっぽいな」


「洒落にならんこと言わないでくださいよ先輩!?

誤解です!こいつが先輩のことを愚弄するからぁ!!」



少し引き気味な先輩へと俺は弁解の言葉を叫ぶ。

今日のことはナガメには内緒にしてもらうよう必死に取り繕う俺なのであった。


意気消沈したヤクザと鎌鼬はそのまま対策局の護送車両へと乗せられ、留置所へと連行されていった。




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風祭旋かぜまつりせん


・性別……女

・年齢……外見15歳。実年齢28歳。

・身長……151cm

・体重……50㎏

・3サイズ……B70、W52、H81

・仕事……指定広域暴力団柳谷組の用心棒だったが、怪異対策局に鎮圧された後は更正して足を洗い、むつ市の食肉加工会社に就職。

・出身……静岡県焼津市

・能力……鎌鼬の一族。風圧を操り真空の斬撃を放つ。

・好物……フライドチキン

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