第三話~かまいたちの夜~


フードを被った小さい人影がこちらに向け立て続けに腕を振るうと、再び突風と共に目に見えないであろう斬撃が俺たちを襲う。


上総先輩と俺は瞬時にその場を跳躍し、風を避ける。

が、気づけば俺たちの頬には微小ながら切り傷が発生していた。



「大丈夫ですか先輩!」


「ああ。それよりあいつ、間違いねえ。

鎌鼬かまいたちの一族”の者だろうな」



鎌鼬。

主に甲信越地方の伝承で語られ、両手に鎌のような爪を生やしたイタチの姿が有名な妖怪。


旋風と共に人々を襲い、その鎌で斬られた者は痛みを感じる間もなく切傷を負うとされる。



「奴は風を自在に操り真空を発生させることで傷を負わせることができる。

……こいつは私が相手すっから、お前はあのヤクザもんたちを潰しとけ」


「了解」



相性的にもそれが賢明だろう。

……思わぬ乱入者が現れ本来の任務に支障が出たが……まあ、さっさと仕事を終わらせて家に帰るとするか。


───俺たちはほぼ同時に床を蹴った。



────────────────────



「逃げんじゃねえクソガキがぁ!!」

「死にさらせオラァァァ!!」



店の外へと駆けた俺を追ってヤクザ三人組がそれぞれドスやチャカ拳銃、日本刀を手にこちらへと突進してくる。

……いや、チャカ持ってる奴が突っ込んできたらダメだろ。


俺は繰り出されるドスと日本刀をすり抜け、チャカを持つ男の顎へと勢いよく拳を叩き込んだ。



「ぎょぺっ」



ノックダウンしたチャカ男の下顎は見事にひしゃげ、何本もの歯が宙を舞った。


俺は男の手から離れたチャカ……恐らくロシア製のオートマチック拳銃マカロフを手に取りマガジン弾倉を落とした後、力任せにスライドを縦方向に取り外し分解する。



「て、テメェよくも兄貴を!!」

「陸奥湾に沈めたらぁ!!」



怒りに身を任せ出鱈目にドスと刀を振り回すヤクザたちだが……それでは猫も殺せないぞ。


俺は振り回す二人の腕をコンマ数秒のタイミングで掴み取り、万力の如く締め上げた。



「いぎゃぁぁぁぁあっ!!!?」

「おれおれおれ折れるぅぅぅぅッ!!?」


「そりゃまあ、戦闘不能にしなきゃならないので」



ボギリッッ……!

鈍い音が周囲に響いた。



「んぎゃぁぁあッ!!!!」

「腕がぁぁぁぁぁぁあッッ!!!!」



男たちの手首から先は糸が切れた人形のようにブラブラと垂れ下がっており、激痛からか彼らの戦意は完全に喪失したようだった。


戦闘に巻き込まれないようキャストやママさんたちを糸を使い外に放り出して正解だったな。

こんな素人みたいな奴等が悪戯に物騒なものを振り回すようなら被害者が大勢出ていたことだろう。


それに───。



「先輩、ちゃんとしてくれればいいけど……」



ドッゴォォォォンッッッ!!


……心配するのも束の間、キャバクラわんにゃんの屋根が大きな爆発音と共に吹き飛んだ。

おいおい、店内に逃げ遅れた人たちはいないはずだけどやることが派手すぎんだろ!


ヤクザ三人組を糸で拘束し警察への通報を済ませ、俺は荒れる店内へと引き返すのだった。



────────────────────



「な、なぜオレの真空の刃が通じない……!」



鎌爪を数本焼き落とされた鎌鼬は狼狽し後退あとずさる。

鎌鼬は焦げたフードを脱ぎ捨てており、意外にもその姿は中学生くらいの人間のガキとさして変わらない印象だった。


店内は至るところで火の手があがり、辺り一面は黒い煙に包まれている。



「普通ならお前の真空攻撃で火炎はたちまち消えるはずだが、別に私の炎は酸素を必要としているわけじゃあねえんだ。

真空の宇宙空間で太陽がなぜ燃えているか……お前もちったあ勉強したことあんだろ。

私の炎は妖力を源とした“核融合”による生成物みてえなもんなんだよ」


「九尾の狐め……噂に違わずなんと出鱈目な力だ……!」



鎌鼬の繰り出した真空の斬撃の悉くが私の火炎によって打ち消され無力化されていた。

狭い室内で炎を使うからには周りに人がいないに限る。


八塚はそのことを瞬時に把握して拘束したキャストたちを自身と共に外へと連れ出したわけだ。



「……だが、この攻撃は凌げまい……!

喰らえッ!!“奥義・悪禅師あくぜんじかぜ”ッッ!!!」



そう叫ぶと同時に、鎌鼬の周囲に猛烈なつむじ風が発生した。

それは私の火炎と店内の備品やら酒瓶やらを巻き込み、触れれば何物をも切り裂くであろう巨大な竜巻へと変貌する。



「怪異でありながら人間に餌付けされ、同胞たちを狩る貴様らのような妖怪の名折れどもがオレは死ぬほど嫌いなのだッ!!

さあ、死ねいッッ!!!」



竜巻は私を飲み込もうと勢いよくこちらへと迫ってくる。

……ったく、力の差をこれでもかと見せてやったってのに、やっぱヤクザなんかの用心棒をやるような低級妖怪はダメだな。



「ドデカいの喰らわせてやるよ。

これ喰らったら目ぇ覚まして、今度はまともに生きるんだな───」



───“玉藻之鉄砲たまものてつはう”。

私は頭上にかざした手の上へ生成した巨大な火球を……勢いよく竜巻へと叩きつけたのだった。



────────────────────



「いやあ、こりゃまた派手にやってくれたねえ君たち」



狭い神社横丁にひしめき合う何台ものパトカーと対策局の車両たち。


その中の一台の黒塗りの高級車から姿を現したのは、今回俺たちの潜入捜査を依頼した張本人である北条明ほうじょうあきら鎮圧課課長であった。



「仕方ねえっすよ課長。まさかヤクザと用心棒の鎌鼬がお出座でましとは聞いてなかったもんですから」


「ああもう、動かないでくださいよ先輩。

まだ髪の中に破片がたくさんあるんですから。

……ってか課長、誤解しないでください。先輩がひとりで暴れたんですからね」


「そこは庇えよ八塚ぁ~!

……つかもういいよ、風呂で洗えば取りきれんだろ」


「そんなことしたら頭皮がガラス片とかで傷ついちゃうでしょうが……」



ボサボサになった先輩の髪に巻き込まれた諸々の破片を、俺がこうしてトリミングしているのには理由ワケがある。

先輩の自らをも巻き込んだ壮大な爆撃玉藻之鉄砲により“キャバクラわんにゃん”が大破したためだ。


この攻撃により鎌鼬は敢えなくノックダウン。怪異対策局に無事御用となったのだった。


つーか、ほんと無茶苦茶するなこの人は……。

いくら治癒力にも優れた日本有数の高等妖怪“九尾の狐”だからって、もっとマシな倒し方くらいあっただろうに。


まあ結果として任務は達成されたものの、あまりにも周囲の被害が大きすぎる気がすることには……正直目を瞑りたい。



「ハァ……吹き飛んだ屋根やら何やらで周囲の店の窓や壁が損壊しまくってるそうだ。

……上総くん、始末書忘れないように」


「……ウッス」


「……その時は手伝いますよ、先輩」



不機嫌そうな表情で俯く先輩。

俺は肩を竦めつつ、労をねぎらい撫でてあげるように彼女の頭髪を櫛で整えてやるのだった。




────────────────────




鎌鼬かまいたち


・甲信越地方の伝承に語られる風の妖怪。

・風圧を司り、一時的に真空状態を作り出すことで物体を切断する斬撃を繰り出すことが可能。

・姿はイタチに似ているが、両前足には鎌のような長い爪が伸びている。一部の鎌鼬は人間の姿にも変化可能。(人間との交配のためか)

・鎌鼬に斬られつけられた傷は痛みを感じず、気づいた時には致命傷を負っている場合もある危険な妖怪。

・鎌鼬の一族は鬼や九尾の一族とは違い、攻撃一辺倒の不器用な妖怪であるため対策局に雇われるよりも反社会的組織に属する者が多い。

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