第七話~上総煬と八塚FC~



「もうやってらんない!!」


「私たちの純情を返して!!」


「死のう」



時計の針が夜の9時を回るかという頃。

桜幡町は新町商店街の一角にある“居酒屋ふなはら”では耳を裂くような姦しい声が木霊していた。



「いい加減落ち着けよお前ら……」



梅酒を片手に肩を竦めている私、上総煬かずさようは仕事終わりに彼女たち“八塚FCやつかファンクラブ”に誘われ、こうして愚痴を聞くハメになっていた。



「落ち着いていられるもんか!

あの八塚くんが結婚……しかも子持ちだなんて……信じたくないぃぃぃ~~~!!」



大盛りの馬刺しをかっ喰らいながらピッチャーをジョッキ代わりにしビールを流し込んでいる身長180㎝近い大柄で黒髪ハネッ毛セミロングヘアの彼女は“大神沙織おおがみさおり”……29歳独身。彼氏募集中。


人狼じんろう”と呼ばれる種族であり、その名の通り狼人間ヴェアヴォルフへと姿を変えることができる超人。

鎮圧課に所属している一等官で、八塚FCの実質的リーダーだ。



「しかも相手は同い年の幼馴染で学生時代から交際&同棲してたうえ、正体は神話級怪異の八俣遠呂智ヤマタノオロチ!?

勝てるわけないじゃん!

ってかその奥さん、今超売り出し中の“くしなだファーム”の美人若手社長で超大金持ち!!

天は二物を与えずなんてほんっっっと嘘!!!」



お造りを一人で食い荒らしハイボールを10杯は空けているボブカットのブロンドヘアが特徴の彼女は“木村真琴きむらまこと”……28歳独身。彼氏欲しい。


彼女は死者の魂を呼び出し自らに憑依させ会話させることのできる、所謂“口寄くちよせ”の能力者。

世間一般的にいうところの“イタコ”であり、情報課に所属する一等官だ。



「ふふ……もう彼の笑顔は私の物じゃないのね……。

生きる意味を失った……もう死ぬしかないのよ、私は」


「元から八塚の笑顔はお前の物じゃねえよ」



私のツッコミを無視し、つまみに一切手をつけずひたすらカシスオレンジを煽っているこのメンヘラチックな地雷系ファッションとツインテール……そして特徴的な黒いスカーフで目を覆っている女は“柳目やなめひとみ”。怪異救護課所属の二等官。

26歳独身。彼氏はいらない、八塚くんが欲しかった。


彼女は所謂“魔眼まがん能力者”である。

その瞳で睨み付けるか、瞳を覗き込んでしまった相手は尽く精神崩壊を起こし行動不能に陥るという、通称“邪視じゃし”……evil eyeイヴィルアイと呼ばれる存在だ。


───“魔眼”には幾つか種類があり、睨み付けた相手を石化させるギリシャ神話の怪物・メドゥーサや透視とうしの第一人者である千里眼せんりがん御船千鶴子みふねちづこなどが有名であろう。



「つかお前らまだ八塚のこと諦めてねえのかよ。いい大人が未練がましいったらありゃしねえ」



いなり寿司を頬張りながら三人へ冷たい視線を送る私だったが、不服に思った彼女たちは返す言葉でとんでもない反撃をかましてきた。



「ふんっ、なにさ!煬ちゃんだって八塚くんのこと未練タラタラのくせに!!」


「八塚くんが結婚して一番ショック受けてたのは正味自分だろぉ!?

『自分、あいつのこと相棒としか見てないんで~恋愛とかどうでもいいんで~』みたいな失恋したショックを隠そうとする女子高生みたいなムーブかましてたじゃん!」


「去年ここ桜幡庁舎に飛ばされた当初は誰も近づくなオーラプンプン振り撒いて一匹狼……一匹狐?気取ってイキってたくせに、能力評価試験で八塚くんに敗けた後はまるで懐いた犬みたいに尻尾フリフリしてましたよね」



「よし、お前ら全員表出ろ!」



八塚FCの飲み会は毎回このように一波乱が巻き起こる。

こいつら私が特等官だってこと忘れてないか?一応上司だぞ私!

 

……まあ、家も肩書きも関係なく同年代の女同士で気兼ねなしに駄弁り合えるこの場は嫌いじゃあない。


東京にいた頃はこうした気の置ける仲間なんていなかったからな。まあ、元から友人と呼べるような存在はいなかったのだが。


どいつもこいつも私に対する僻みや妬みを隠しきれないくせに、上辺だけ仲良くしようとしてくるあの連中には心底ウンザリしたものだ。



「……冗談は置いといてさぁ、ほんとショックだよ。

入庁即日で一等官昇進、鎮圧課ではエースの活躍。おまけに総本部京都の企みを看破して恋人を救う漢気!

長身で体格良くて顔も良いし器量も良い、それでいて老若男女関係なく優しいし!

その正体は大妖怪“土蜘蛛つちぐも”だとか、もうエリートの中のエリート!

超々優良物件だったのに~~~!!」



沙織がくだを巻くのもまあわかるっちゃあわかる。

あいつ八塚は誰彼構わず人を虜にしすぎなのだ。


八塚が入庁して一週間程経った頃、沙織のチームが町で銀行強盗を働いた怪異に対処していた時のことだ。

住民を避難させることに手こずり、犯人から攻撃されそうになった沙織を寸でのところで偶然パトロールしていた八塚が救い出した。

……何やらお姫様抱っこをされたとかなんとか。


犯人は八塚の能力により攻撃手段である大きな爪を切断され行動不能に陥りまもなく投降。事件は無事解決した。


この日以来、沙織は八塚にのぼせてしまったようだ。



うちの職場怪異対策局、おっさんばっかだからねぇ……しかも既婚者多いし。

出会いがないのなんの。

そんな中で現れた八塚くんは正に救世主だったのに……!」



真琴の場合は捜査でよく仕事を頼まれるところから知り合い、いつしか想いを寄せるようになったのだとか。


最初の内は今時の若者にしてはやる気があるルーキーとしか思っていなかったということだが、ある日徹夜明けのせいかふらつき、階段から転落しそうになったところを八塚に抱きかかえられ助けられたらしい。


そして気づけば沙織と共に八塚FCを結成していたのだという。


……どいつもこいつも、高校生みたいな一目惚れしてやがるな。まともな青春を送って来られなかったツケか?



「……そういやひとみ、お前はどういう経緯で八塚に惚れたんだ?

そんなに絡んでるとこ見たことねえけど」



私の質問にすぐには答えず、ひとみはカシスオレンジを更に煽る。

そして一呼吸置くと、神妙な面持ちで静かに口を開いた。



「あの日、私は報告書をまとめるために遅くまで庁舎に残っていたの───」



────────────────────



“邪視”である私は生まれついての疫病神。

分娩室で私を取り上げた助産師は私の能力をモロに食らって精神を病んでしまった。


そしてそれは母も父も例外ではない。

母は邪視に産んでしまった自分を呪い、父はそんな母を支えることに疲れ出て行ってしまった。


物心ついた時には既にこの特製スカーフで目を覆っていた。そうしなければ周りの人々を不幸にしてしまうから。


幼稚園や学校ではいつもひとりぼっち。

いくら目を隠していても他人に嫌悪感を抱かせる力は完全には抑えきれなかったのだろう。


何度自殺を図ったか数えきれない。

けれど、少しずつ元気になった母を哀しませるわけにもいかず、就職を機に死のうとすることはやめた。


孤独な青春時代を過ぎ、天職とも呼べる怪異対策局に勤めてからは初めての友人とも呼べる仲間が出来、少しずつだけれど人生に満足感を得ていた。


そんなある日、報告書をまとめていた私に八塚が声をかけてきた。



「夜遅くまでお疲れ様です、柳目先輩。

もしよろしければ手伝いましょうか」


「……いらない。私、怪異救護課だから……課が違う人に手伝ってもらうことはできない。

……というか、あなた一等官でしょ?私の方が官等級下だし……先輩とか言わなくていいよ」



人見知りで男慣れしていない私は彼を冷たくあしらってしまう。

けれど、彼は食い下がった。



「いえ!柳目先輩の方が年上ですから先輩です。

それにその報告書、俺も関わった事件のものなので手伝う義務があります」


「……っ!

そ、そういうのいいから……!早く帰って───ッッ!?」



しつこく手伝おうとしてくる彼を追い払おうと顔を向けた私はあることに気づく。

そして、同時に大量の冷や汗が噴き出るのを感じた。


私は庁舎の中に自分以外もう誰もいないと思い、目を覆っていたスカーフを外してしまっていたのだ。


大変……どうしよう。鎮圧課のホープである彼を引退させてしまうかもしれない。


私は急いでスカーフを手に取ろうとした。

が、その時、彼の手が私の顎をそっと掴んだ。


彼の綺麗な瞳がジッと私の目を見つめる。


嫌……ダメ……私の目を見たら……あなたも不幸に……。


必死に瞼を閉じようとするも、どうしても彼の顔から目が離せなかった。

そして……彼は静かに口を開いた。

  


「……へぇ……柳目先輩の瞳、まるで赤い宝石みたいに綺麗ですね。いつもスカーフせずに見せてくれればいいのに」



……わかっている。

きっと彼は私の能力のことなど知らなかったのだろう。

だから自分がどれだけ恐ろしいことをしているのか理解していないのだ。


……でも……けれど……だからこそ。

私は流れ出る涙を止めることができなかった。


初めて私という存在を肯定してくれる人が現れたことに、私は感涙を抑えきれなかった……抑えることなどできるものか。


彼はいつまでも私の瞳を見つめてくれた。

常人なら自ら命を絶っていてもおかしくない時間なのに。


私は……この日すべてを奪われた。

初恋も……心も……そしてこの体も───。



────────────────────



「いや待て待て待てい!!

体は奪われてねえだろ!!妄想を混ぜ込むんじゃあねえ!!」


「いいんですぅ!私の中ではあの日純潔まで捧げたことになってるんですぅ!!」



私の妄想女柳目ひとみへのツッコミが炸裂すると同時に、自分たちより少し仲が進展していたと思われることに憤慨する沙織と真琴が突撃してくる。



「おいいいい!!柳目ぇ!!お前、八塚FCは抜け駆け御法度だぞコラァァッ!!?」


「どこまでが妄想でどこまでが真実なんだオラァァァ!!」


「全部ですぅ!!全部真実なんですぅ!!

八塚くんは私だけのスパダリなのぉぉぉ!!!」  



結局、店の大将から怒られるまで八塚FCの内部抗争(?)は続くのだった。


……八塚ぁ、お前ほんと責任取れよ。

こんな行き遅れのアラサー女子どもの脳を焼きまくりやがって。


明日は二日酔い確定だな、ちきしょー。



────────────────────



「「「んなっ……!?」」」



翌日、二日酔いの頭痛を抱えながら出勤した私と八塚FCの面々はロビーに着くなりいきなり面食らうハメになった。

というのも……。



「皆様初めまして!今日から怪異対策局のお仕事をお手伝いさせていただくことになりました、民間怪異みんかんかいい対策員たいさくいんの“ナガメ”と申します。

“夫”がいつもお世話になっております~、これからもどうぞよしなに~」



突然訪問してきたのは八塚FCの最大の天敵(?)である櫛田くしなだナガメ……もとい八塚ナガメであった。


……平和だったはずの怪異対策局桜幡庁舎に暗雲が立ち込めるのを肌でビンビンに感じる私なのだった。










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大神沙織おおがみさおり


・性別……女

・年齢……29歳

・身長……178㎝。

・体重……普通!

・3サイズ……B100、W75、H105。

・仕事……青森県怪異対策局下北支部桜幡庁舎鎮圧課の一等官。非正規ファンクラブ“八塚FC”の発足人。

・出身……青森県大間町

・能力……人狼。狼人間に変身することができる。丸いものや月を見れば変身するわけではない

・好物……肉全般。酒(甘い酒は苦手)

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