第六話~生殺与奪の権を嫁に握られる~



田名部たなぶでの違法営業店……キャバクラわんにゃんへの潜入捜査から一夜明け、俺は普段と変わらぬ朝を迎えていた。


今日も変わらず荒脛あらはばき神社(跡地)での剣術鍛練で汗を流し、いつものようにスポーツドリンクとタオルを持ってきてくれたナガメと口づけを交わし……少しだけ乱れる。


朝食の前にナガメとシャワーを浴び……また少しだけ乱れる。


事を終えた俺は子供部屋へと向かい、寝ているダシィの頬にキスをして目覚めさせた後、抱きかかえ洗面所へと足を運ぶ。


俺たちは洗面所で顔を洗い、歯磨きを済ませそのままリビングへ。

そこにはナガメが腕によりをかけた朝食の数々がお出迎えだ。


香ばしいバターで焼いたトースト。

ナガメの畑で今朝採れたばかりの新鮮な野菜を使ったサラダとスープ。


そして極めつけはナガメがオーナーである養鶏場から取り寄せた膨大な数の卵を使い、山のように盛られたスクランブルエッグだ。



「「「いただきます!」」」



親父とかっちゃも揃い、家族全員で卓を囲んで今日も一日がスタートする。 


ダシィはモリモリとサラダやスクランブルエッグを美味しそうに頬張り、それを飲み込むと焼きたてのパンを一口で平らげスープと牛乳を一気に流し込んだ。



「ごちそうさま!ママ、今日もとっても美味しかった!」


「ありがとうダシィちゃん。急いで食べちゃったけど、今日はどこかに行くの?」


「うん、近所の子たちと海釣りに行くの!」



最近、ダシィに人間の友だちができた。

どうやら近所の小学校高学年から中学生の子たちで、ダシィの釣りの腕前を聞きつけ知り合ったらしかった。

彼らは釣り好きの子どものグループで、以前の大ナマズ様騒動の子どもたちも参加しているのだとか。



「そうか、気をつけてなダシィ。何かあったらすぐスマホで知らせてくれよ」


「わかった!それじゃ、行ってきまーす」



ダシィを見送るため俺とナガメは共に玄関へと足を運ぶ。


昨日の内から準備していたのであろう釣竿や水筒、お昼のお弁当を入れたバッグとクーラーボックスを持ったダシィが玄関を出ると、待っていたのであろう近所の子どもたちが出迎えた。


ダシィは子どもたちと挨拶を交わすと直ぐさま巨大化し彼らを手に乗せ、漁港の方向へと跳躍したのだった。



「ダシィ、楽しそうで何よりだな」


「ええ、同年代のお友だちがいるとやっぱり違いますね」


「……なあナガメ。ダシィを学校に行かせてやろうと思うんだが」



普段家でナガメやかっちゃと過ごしているダシィだが、あの子の学習意欲や行動力を見るにただ家に置いておくことはナンセンスだと感じていた。


やはり同年代……といってもダシィは神様なので年齢についてはアレなのだが、情緒が子どもと変わらないあの子にとって学校という環境はきっと良い方向へと導いてくれるのではと考えている。



「私も繋くんと同意見です。あの子にはもっと広い世界を見せてあげたい。

かつての私のように、狭いこの桜幡おうはたの地だけに縛られて欲しくないんです。

遠足や修学旅行。お友だちといろんな場所に行って、見て、体験してたくさんのことを経験して欲しい」



俯く彼女の肩を俺はそっと抱き寄せる。


───あめの叢雲剣むらくものつるぎにより桜幡の地縛神じばくしんとなっていたナガメ。


桜幡の地を一歩も離れられず、多感な学生時代に遠足にも修学旅行にも行けず、家族旅行すらできなかった。

どれほど悲しく、辛く、悔しかったことであろう。


娘のダシィにはそんな思いをしてほしくない。それは俺とて同じ思いだ。



「近々桜幡小学校に掛け合ってみようと思うんだ。“小学生の神様”なんて前代未聞だろうけど、きっと良いように取り計らってくれるよ」


「そうですね、きっとあの子も喜ぶと思います。

……そうなると、私もそろそろどこかへ勤める必要がありそうですね。色々とお金は必要ですし」


「え?」



以前話したことがあるかもしれないが、ナガメには元桜幡町長である祖母や両親が残してくれた莫大な遺産がある。

加えて櫛田家は桜幡一の土地持ちであり、既に宅地や商業施設への土地の借地料で働かずとも食べていける分の収入があるのだ。


そして最近、彼女はそれを元手に養鶏場や農場・キノコの栽培施設の経営にまで着手しており、今の段階で十分稼いでいる若手実業家となっている。



『実は昔から会社経営などに興味があったんです』



今まで我慢するしかなかった意欲が爆発したのだろう、呪縛から解き放たれたナガメの行動力は凄まじかった。


経営不振に陥っていた桜幡の養鶏場を買収し、SNSなどを駆使した販路拡大。

東北各地の祭やイベントへ積極的に参加し広報活動。


鳥インフルエンザの影響による卵の高騰が続いていた中、八俣遠呂智ヤマタノオロチの妖力をふんだんに使い、ウイルスの元となるカラスや渡り鳥を養鶏場に一切近付けさせず安全を確保し卵の流通をほぼ独占。

莫大な収入を得るに至るまで二ヶ月とかからなかった。



「女狐に燃やされた神社の再建にはまだ時間がかかりますし、養鶏場や栽培施設の運営は人に任せてるので然程忙しくありませんしね」


「然程て……。

ってか今の稼ぎがあったら別に働かなくてもよくない?」


「何を言ってるんですか!ダシィちゃんには最高の教育を受けさせなければいけません!

そのためにはお金はいくらあっても足りないくらいです!!」


「お、おう」


「繋くんにももっと稼いで貰わないと困ります!

あの女狐のいいように使われてばかりではいつまでも出世できませんよ!」


「うぐぐ」



俺も親父同様、収入という面では妻に大きく水をあけられており肩身が狭い。

……俺、結構優秀よ?史上初の新入即日一等官よ?給料だって一年目なのに10年選手と同じくらいよ?


そんな思いも虚しく、俺は親父と共にさっさと職場へと送り出されるのだった。


夏季休暇返上出勤キツい、マジキツい。さっさと終わらせて帰りたい……。

セミの声が一際うるさく耳に残るのだった。



────────────────────



八塚やつか一等、君も俺と同じ領域へと達したと見える」


「え、北条ほうじょう課長、何ですかいきなり」


「わかる、わかるぞ匂いで。君も嫁に全てを握られているのだろう」


「はぁ……まあその通り、ですかね」


「ははは、なに、その内慣れるものさ。

好き勝手に金を使えた頃の独身時代が懐かしいのはわかる。だが、これも人生。

少ない小遣いをやりくりして行くおっパブもこれまた味わい深いもので……」



「結婚してから妻から貰う小遣いが俺の月収二ヶ月分レベルなのがほんと精神に来るというか……生殺与奪の権を完全に握られてるみたいで変な笑いが出ちゃうんですよね……ははは」



「敵だね」


「え?」


「君は俺の敵だ!敵!全男の敵!!

うわぁぁぁん!!」



桜幡庁舎の鎮圧課ちんあつか課長が奇声を上げ部下を追いかけ回す事件が発生したが、怪異対策局では日常茶飯事なので特に問題とはならなかった。


ギャフン!





────────────────────







くしなだファーム



・彗星のごとく現れた美人若妻実業家によって買収されたとある養鶏場が農場やキノコ栽培施設を新設しリニューアル。


莫大な資金に物を言わせ大物バーチャルユーツーバーやタレントを起用しSNSなどで宣伝。東北各地の祭やイベントでの広報活動で一気に知名度を上げた。


昨今の鳥インフルエンザによる影響で深刻な卵不足、高騰の煽りを受けていた日本に救世主のごとく登場した安全、高品質、大量生産された“くしなだファームの卵”は瞬く間に日本の市場を席巻した。



オーナーである美人若妻社長のSNSでの宣伝に登場した彼女の夫と娘は共に美形で、広報に大きく貢献したという。



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