第14話

 気づけば、私とラウル王子のペアがダンスホールを占拠していた。


 ダンスなんて習ったこともやったこともないのに舞うように踊れている。

 ラウル王子も同様の感想だったようで、盛り上がっている観客を他所よそに二人して顔を見合わせて苦笑した。


「話の続きですが、あなたはラウル王子ではありませんね? 日本人ですか?」


「そうだけど、ってきみも日本人!?」


 頷くとラウル王子の姿をした何者かは安心したように吐息をはいた。


「気づいたらこの姿になっていて、今夜パーティーがあるから準備しろって言われました」


「そう、ですか」


 確信があったわけではなく、期待せずに質問しただけなのに的中してしまった。

 私もきっと鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているに違いない。


 こんなことは初めてだ。

 マイナーな絵本でも私以外に読んでいる人がいるだろう、とは思っていたが同じように転生しているなんて考えたことはなかった。

 毎日似たようなセリフを言い、行動を起こす登場人物ばかりを相手にしていた私にとって彼は救世主だった。


 しかし、素性が分からない間は不用意なことを言わない方が良いだろう。

 10回も失敗している私を見かねた絵本側の差し金かもしれないし、油断して殺されてはたまったものではない。


 警戒していることを悟られたのだろう。

 ラウル王子も私に合わせて敬語で話すようになった。


「この絵本は最後まで読みましたか?」


「読みました。セレナがラウルと結婚してリリーナは処刑されます。処刑を命じるのはラウルです」


「そうですか。あなたは今回が1周目ですか?」


「1周目? まぁ、ここに来たのは初めてですね」


 頭の上に疑問符を浮かべていたラウル王子が何かに気づいたように体を硬直させたことで二人のステップが乱れた。


「うわっ!」

「きゃっ」


 背中から倒れる私を片腕で抱き止めたラウル王子はゆっくりとした動きで片膝をつき、私を支えた。

 鼻先が触れる距離。彼のアメジストのような瞳には私の顔が映っていた。


「ごめんっ」


「いえ、大丈夫です」


 演奏が止まり、ラウル王子の従者が駆けつける。

 ラウル王子に支えられて体勢を立て直した私は気恥ずかしさから顔を背けた。

 心臓が止まるかと思った。


「殿下、お怪我はありませんか?」


「あぁ。わたしは大丈夫だ。すまないが、こちらのお嬢さんと二人きりになりたい。場所を用意してくれ」


 目を丸くした従者たちはすぐに一礼して主催者である学園長に話をつけに行った。


「もしかして、あなたは何回もこのパーティーに参加しているのですか?」


「はい。これが11回目です」


 ラウル王子が目を見開き、紫色の瞳に同情の色が浮かんだ。


「そうですか。とりあえず座って話しませんか?」


 私は勧められるままにラウル王子に続いてダンスホールをあとにする。

 今更恥ずかしくなってうつむきぎみだったが、ふと顔を上げるとセレナと目があった。

 いつも通りの微笑みを向けてくれていたことに安心したのは秘密だ。



◇◆◇◆◇◆



 バルコニーに案内された私たちは心地よい夜風を浴びながら一組の椅子に腰掛けた。

 テーブルの上にはマカロンやクッキーなどの焼き菓子と紅茶が次々に準備されていく。


「先ほどの話の続きですが――」


「あ、待って。敬語やめません? さっきみたいな砕けた感じのほうが話しやすいかなって」


「では、この話し方で。えっと、なんだっけ……あぁ、そんな訳で私はここに閉じ込められているの」


 私は切り替えの早さに定評がある女だ。

 向こうから提案したのだから、これくらいの変化で驚かないで欲しい。

 ラウル王子は「やっぱりそっちの方がいい」と言って、テーブルに肘をつき指を組んだ。


「閉じ込められている? 君も日本人でいいんだよな。これって異世界転生ってやつ? それなら、出られないんじゃないの?」


 そんな風に冷静でいられるのは1周目だけだ。

 2周目からが本番だぞ、王子様よ。


 この王子様の中身が何歳なのか知らない。ただ、やけに達観している様子が気に入らなかった。

 意地悪するつもりはなかったが、少し脅かしてやろう。


「私はもう10回もこの絵本の世界で同じ期間を繰り返しているわ。処刑された回数は4回だけど、処刑されなかったとしても絵本の最後のページがめくられると、また今日の朝に戻る」


「無限ループってやつか。アメリカのB級映画みたいだ」


「むぅ。登場人物は基本的に同じことしか言わないし、同じ行動しか取らない。きっと気が狂うわよ」


「へぇ、きみは気が狂ったんだね。きみが居てくれれば俺は大丈夫じゃないかな」


 こいつ、人をイラッとさせる天才かもしれない。

 無自覚なのが更に人を苛立たせる。


「ん? なんだい?」


「なんでもないわ。とにかく、私はこの世界から脱出したいの。だけど帰り方が分からない。何度もエンディングまでたどり着いたけど、また最初からに戻ってしまう」


「なるほど。帰れるなら俺も帰りたいから協力するよ。俺は貴族令息ではなく、王子だからきみが出来なかったことを出来るかもしれない。なんでも言ってくれ」


 はい、イラッとしました。

 私、今もイラッとしましたわよ。

 一言多いのよ、このポンコツ王子!


「色々あって疲れたから俺はもう帰って寝るよ」


「はぁ!? セレナはどうするのよ!?」


「1周目はこの世界を知るところから始めるよ。本番は2周目からだろうね」


 こいつ、私が居るからって余裕かましやがって。

 一度、痛い目を見ればいいんだわ。

 そのときは絶対に助けてやらないから。


「明日以降でお城を訪ねるから来客リストに私の名前を入れておいてちょうだい」


 生返事をして本当に帰宅してしまったラウル王子は私が知る中で初めてセレナと会話しなかった。

 妹と一緒の帰り道、セレナはこんなことを言い出した。


「ダンス、楽しそうだったね」


「そう? まぁまぁだったわね」


「きっとリリーナはラウル殿下に気に入られたんだね」


「さぁ、どうかしら。そんなことはないと思うわよ? セレナの方が美人なんだから、私が選ばれるはずがないわ」


「もう! 素直じゃないんだから!」


 セレナはケラケラと笑いながら辻馬車に乗り込み、自宅に着くまで会話が途切れることはなかった。

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