第11話

 今回もセレナと一緒にパーティーホールへ入場する。

 クラスメイトと目が合うと今朝と同じように目を見開いていた。

 全く同じ髪型で談笑している私たちはそんなに変なのだろうか。


 いつもの女子生徒に絡まれるのが面倒だから早々に壁際に逃げて、ダンスに誘ってくる数人の男性を一蹴してラウル王子を待てばいいだろう。

 そんな風に思っていたが、唐突に手を引かれた。


「ちょっと!?」


「リリーナもこっちにおいでよ。このお肉なんてすっごく美味しそうよ」


 パーティーホールにはいくつものテーブルが置かれ、多種多様な料理や飲み物が並んでいる。

 初めて妹のグループに誘われた。

 無邪気な笑顔を振りまき、場の空気を明るくしているセレナに感心しつつ、同じ場所で同じ時間を過ごした。


 いよいよ来賓たちも到着し、卒業記念パーティーが始まろうとしている。


「これがセレナが日常的に受けている視線」


 今回、初めてセレナと一緒に居たことで学園に通う生徒や学園の関係者以外から向けられる目を直接的に感じることになった。

 人の頭からつま先までを舐め回すような不快な視線だ。

 それも一人ではない、通り過ぎる人のほとんどがジロジロと見てくる。


 元の世界の私も今の私も人の視線には慣れている方だと思っている。

 普段からリリーナに向けられる人々の視線は遠慮がちに盗み見る、あるいは様子を窺うようなものだ。

 対してセレナに向けられるのは、値踏みするような粘ついた視線で、不愉快なことこの上なかった。


「笑って、リリーナ」


「え?」


「笑っていれば時間はあっという間に過ぎるよ。男の人の話は褒めて、女の人の話は共感してあげて。どっちも聞き流して別のことでも考えていればいいよ」


 私にはそんなことを言うくせにセレナは笑顔で応対し、二言三言の会話を終える。

 気づくとセレナの前には行列ができていた。さながらアイドルの握手会だ。

 嫌な顔をひとつせずに貴族たちの列をさばき続ける。誰もが満足げな顔で立ち去っていくのだから、彼女のトークスキルは並外れているのだろう。


「これが、世界一」


 セレナの前を通り過ぎた連中が隣で俯きぎみに立っている私に気づき、チラ見してくる。

 考えすぎかもしれないが、「なんだ、二番目も居たのか」とでも言いたげな瞳が一瞬だけ向けられて、視線を逸らされた。


 こんな惨めなことがあるか?


 少なくとも私は感じたことがない。

 もしかすると、リリーナはこの視線から逃げるためにセレナと距離を置いて、他者との関わりを必要最低限に留めていたのではないか。そんな風に思ってしまった。


「これはこれは、アッシュスタイン公爵家のご令嬢方。ご卒業おめでとうございます。お揃いだと実に華やかですな。お父上も鼻が高いでしょう」


「モブルス様。お久しぶりでございます」


 軽く膝を折って挨拶するセレナに続き、彼女の邪魔にならないように遠慮がちに会釈する。

 声をかけてきた太った中年の男は父とは異なる派閥にいる紳士だ。あまり良い噂は聞かず、彼の息子は見た目も才能もパッとしないと記憶している。


「実にお美しい。今日は学園の生徒ではない愚息もパーティーに参加させてもらっているので楽しみですな」


「はい。わたくし共も楽しみにしています」


 ねっとりとした話し方が気持ち悪い。

 そんな心の声がダイレクトに表情に表われていたのだろう。セレナはモブルス卿には見えないように私のお尻をつねった。


「ッ!? ゴホン……本当に楽しみです」


「どちらか一方を我が家の嫁にもらいたいくらいだ」


「まぁ、ありがとうございます。父のお許しが出れば、のお話ですね」


 きわどい話題もサラリと受け流すスキルはとても真似できるものではなかった。

 私なら間違いなくキレている。


「では、また後ほど」


「はい。失礼いたします」


 丁寧にお辞儀するセレナに続いて頭を下げる。

 疲れを吐き出しながら顔を上げるとセレナと目が合った。


「まだ一曲も踊っていないのに、ひどい顔だよ」


「気分が悪い。一刻も早く家に帰りたいわ」


「出発前と言ってることが反対になっちゃったね」


「う゛ぅ゛。いつも、こんななの?」


「まぁ、そうだね、うん。もう慣れちゃった」


 真っ直ぐにパーティーホールを見つめるセレナ。

 その瞳からはただ美人なだけではない、強かさが感じられた。


「これは勝てないな」


「ん? なに?」


「なんでもないわ。ハァ……。よし、そろそろね」


 気持ち的には頬を叩きたいが、グッと堪えて気を引き締め直す。

 アンティークな柱時計の針はいつの間にかラウル王子が登場する時間を過ぎていた。


 おかしい。今まで遅刻なんてしたことないのに――


 セレナと同じようにパーティーホールの入り口に目を向けて待っていると、やっと古びた音を立てながら扉が開いた。

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