第10話

 落胆する私の背後でドアノブが回された音が鳴る。

 鏡に映る扉がわずかに開かれた。

 控えめに顔を覗かせるセレナに微笑み、制服のリボンを直してから部屋を出た。


「えへへ。お揃いだね」


「え? あぁ、髪型ね」


 食堂へと続く廊下での何気ない会話。今日は髪型の話題で持ちきりだった。

 そして最後にはいつも通り「リリーナは今日も綺麗だね」と褒めてくれた。


 席に着くといつもの順番で料理が運ばれてくる。

 起き抜けの紅茶。シリアル、フルーツ、ベーコンエッグ、トースト等々。 

 今回も食欲は湧かない。

 紅茶の熱を冷ましていると、セレナは今日も元気に一皿ずつ料理を平らげていた。


「なに?」


「美味しそうに食べるなぁ、と思っただけ」


「だって美味しいんだもん。って全然、食べてない! ダメだよ。今日はパーティーなのに」


「パーティーは夜だけどね」


「ダンスするに決まっているから蓄えておかないと!」


 嫌味とも取れる発言だが、これから嫌というほど貴族の坊ちゃんたちの相手をさせられるセレナを思うと気の毒だった。

 

「素敵なピンクのドレスが着られなくならないようにね」


「なんで知ってるの!? ってそんなに食べないよ!」


 相変わらず、可愛い子だ。


 いつも通りに馬車へと乗り込み、学園へ向かう。

 教室に入るとクラスメイトたちは何度も瞬きを繰り返していた。

 中には二度見してくる男子生徒もいる。


 そんなにリリーナが髪を結んでいるのが珍しいのか。

 それともセレナとお揃いの髪型に驚いているのか。どちらにしてもむず痒い。


「じゃあ、また後でね」


「えぇ」


 短く挨拶を交わして、それぞれの席に向かう。

 すぐにいつも一緒の女子生徒が近づいてきたが、気にせず鞄の中身を机に出した。


「ずいぶん仲良しじゃん。この前までは嫌ってたのに」


「心境の変化ってやつよ。べつに深い意味はないわ」


 物語開始前のリリーナがセレナに対してどのような態度を取っていたのかは記憶の片隅にある。

 別に大したことはない。

 私物を隠すなどの陰湿ないじめをしたことはないし、怒鳴りつけたり、痛めつけたりもしていない。

 ただ学園内で少し無視をしたり、友人に愚痴をぼやく程度だ。


 両親から二番目だと明言されていても、リリーナは自分を律していた。

 しかし、今夜の卒業記念パーティーでセレナがラウル王子に選ばれたことにより、公爵家の令嬢と次期王妃という圧倒的な格差を目の当たりにしたことで心が壊れてしまったのだろう。


 私も実際に心を病んで家族を皆殺しにしたこともあるし、八つ当たりのために世界の半分以上を破壊した。それが7周目と9周目だ。

 衝動のままに破壊しても何も満たされなかった。

 満足どころか虚しさだけが残ってしまい、自責の念に苛まれる日々を送ることになる。

 きっと絵本の中のリリーナもセレナに呪いをかけた後、処刑されるまでの期間は私と同じような気持ちだったに違いない。


 そんなことを考えながら帰宅して、母が準備したパステルブルーのカラードレスに身を包む。

 鏡に映る私は前回と全く同じはずなのに表情はとても柔らかく感じた。

 本人がそう思っているのだから他者から見れば一目瞭然だろう。


「あぁ。これでクラスメイトが驚いていたのかしら」


「髪型はいかがいたしましょう」


 三つ編みを解いたメイドさんが聞いてくる。

 いつもは適当にお願いしていたが、今回はリクエストしてみようかしら。


「ハーフアップスタイルってできる?」


「もちろんでございます」


 ニヤける二人のメイドさんはいつもより手早い動きで私の髪型を仕上げた。


「早いわね。いつも手を抜いていたの?」


「ご冗談を。リリーナ様が可愛らしいことを仰るので気合いが入ってしまっただけです」


 実に失礼な侍女だ。

 豪語するだけあって仕上がりは完璧だった。

 

 エントランスに向かう途中の廊下でセレナと出会った。

 同じ髪型であることに驚いた様子だったが、すぐに満面の笑顔となり「えへへ。お揃いだね」と朝と全く同じセリフを言った。


 エントランスで両親と出会い、ドレス姿を褒められるイベントを迎える。

 今回は無駄口を叩かず母にされるがままにして屋敷を出た。


 前回の失敗を経て、私は二度とセレナに呪いをかけないと決めた。

 呪いを使用せずに彼女を幸せに導き、この世界から脱出する。


「さて、行きましょうか」


「うんっ。どうしたの? やけに気合いが入ってるけど」


「そう? たまには純粋に楽しもうかなって思っているだけよ」


 声高らかに一歩を踏み出し、卒業記念パーティーの会場である学園へと向かった。

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