第12話

 唯一の扉は開かれた。

 しかし、ラウル王子が入ってこない。

 やがていつも従えている付き人だけが入室し、それから5秒ほど経ってから覗くようにラウル王子が姿を現わした。

 ワインような深い赤色の髪に紫色の瞳。これまでに何回も見た容姿なのに胸の奥がもやもやする。

 10周目までの堂々とした入場ではなく、足元を確認しながら歩くような、たどたどしさがあった。

 大勢の参加者からの拍手と歓声に困惑しているような気がしなくもない。


「うわぁ。ラウル殿下だ。本物だぁ」


 幼い少女のように瞳を輝かせているセレナの隣で、私は眉間にしわを寄せながら唸っている。


「おかしいわね」


「なにが? キョロキョロしてる姿が可愛いね。もっと大きな規模のパーティーにも参加しているはずなのにね」


「可愛くはないと思うけど」


「えー、そうかな? 小動物みたいで親近感が湧くなぁ。殿下ってもっと遠くて、私たちとは全然違う世界の人だと思っていたから」


 私だってそう思っていた。

 そんな人と婚約するセレナも同様に遠い存在になってしまうことは黙っておこう。

 実は私が別の世界の人間だと言うことは口が裂けても言えない。


 それにしても今回のラウル王子は親近感が湧くというか、あまりにも私たちに近すぎる。

 なんというかオーラがない。

 少女漫画に登場するようなキラキラ感が足りていない。

 そうだ。後光が差しているような圧倒的な存在感が足りないのだ。


 10周目で人の胸を何度も突き刺した張本人だから、憎くてそう見えるだけなのかもしれない。

 ただ、セレナもクスクス笑っているから同じように見えているのだろう。


「ちょっと、そろそろやめなさい。不敬よ」


「そうだね。つい、ね」


 何をやっても映えるからこそ、許される行為だ。セレナでなかったら殺されているかもしれない。

 実際に5周目の私は不敬罪として拘束されて精神病院送りにされているし、6周目の私は殺人罪で殺されている。


 登場時よりもいくらか堂々と歩くようになったラウル王子が私とセレナの前まで来た。

 ここでセレナに一目惚れして、ダンスに誘って、婚約の流れになるはずだった。

 しかし、私の中だけの常識は覆ることとなる。


 あろうことかラウル王子はセレナと私を一瞥いちべつして素通りしたのだ。

 間違いなく目は合った。

 それなのに笑うこともなく、すぐに視線を逸らしたのだ。

 まるで中学二年生の男子が偶然女子と目が合って気まずくなったときのように。


 セレナはまだ目を伏せている。もしかすると笑いをこらえているのかもしれない。

 私はあごが外れそうだった。

 こんなことは初めてだ。


 なんだ、この無礼者は。

 この世界で一番の美女が目の前にいるのに惚れないだとっ!?

 私の妹だぞ!?

 こんなに可愛い子をスルーして許されるはずがない!


 10周目の私怨しえんも相まって、我慢できずに一歩踏み出してしまった。

 パステルブルーのカラードレスからヒールの靴が覗き、カツンっと威圧的な音を立てた。


「ちょっと待ちなさいよ。あんた、目ん玉ついてんの?」


「は? なんですか? じゃない……えっと、なにかね?」


 パーティーホールがざわつき、ラウル王子の従者が私と王子の間に割り込もうとする。

 ラウル王子は従者に手を出さないように合図してから、アイコンタクトで控えるように指示しているようだった。


「目の前にこんな美人がいるのに素通りはないでしょ? 惚れなさいよ」


「ほ、惚れ!? ゴホン……そんな簡単に人を好きにはなれない。きみだって見ず知らずの男に惚れられると困るだろ?」


「はぁ? なに草食系男子みたいなことを言ってるのよ。あんた、この国の王子なんでしょ? 女の一人や二人くらい、ちゃっちゃっと奪っていきなさいよ」


「草食系って……。俺はその日に出会った女子をどうこうするつもりはない! 権力を振りかざして、貴族の娘をナンパできるわけないだろ!」


 私は最初からフルスロットルだったが、徐々にハートアップしてくるラウル王子を見かねた従者がたまらず間に割り込もうとする。

 しかし、私もラウル王子も一歩も引かなかった。


「いきなり何なんだ。きみは一体何者なんだ?」


「世界一の美女、セレナ・アッシュスタインの姉ですけど、なにか!?」


 つい癖で腕を組み、王族相手に喧嘩を売ってしまった。


 問答無用でラウル王子の腹をナイフで刺したことはあるが、喧嘩を売ったのは初めてだ。

 あのときは即刻打ち首だったけれど今回は大丈夫らしい。

 今にも腰の剣を抜こうとしている従者を精一杯なだめているラウル王子の姿が何よりの証拠だった。


 視界の片隅では「あちゃー」といった表情のセレナが頬を赤く染めながら頭を抱えていた。

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