第13話

 貴族はヒソヒソと話す。そんなにも聞かれたくない話なら他所よそですればいいのに。

 彼らの侮蔑するような視線が背中に突き刺さり、鬱陶しいことこの上ない。

 全面的に悪いのは私だから非難されても文句は言えないけど。

 彼らは余興でも楽しむかのようにラウル王子の次の言葉を待っているようだった。


「セレナ・アッシュスタインだって!? じゃあ、きみはリリーナ・アッシュスタインなのか?」


「そうですけど?」


「世界で2番目に美人の?」


「だから、そうですけど?」


 まさか本人を目の前にしてそれを言えるほどのメンタル強者だとは思わなかった。

 それとも頭がお花畑なのかしら。

 いずれにしても面と向かって言われるとさすがに傷つく。


「マジか。ここって本当に絵本の中なんだな。ん? じゃあ、なんでリリーナがラウルとセレナをくっつけようとしているんだ?」


 かつてないほど鼓動が激しくなるのが分かった。

 違和感なんて単純なものではなく、あからさまにおかしなことが目の前で起こっている。

 困惑する私を他所よそにラウル王子は独り言を続けた。


「あぁ、そうか! 俺がスルーしちゃったから、リリーナがセレナに呪いをかける口実を作るために物語が変わったのか」


 一人納得してポンと手を叩くラウル王子を見上げながら、組んでいた腕を解いて密かに呼吸を深くする。


 一体、なにが起こっているの?

 この王子様はなにを言っているの?


 これまでに何度も混乱する事態はあったが、このパターンは経験したことがない。

 こんなにもよくしゃべるラウル王子を見たことがなかった。


 未だに独り言をつぶやくラウル王子、剣に手を添えたままの従者、ざわめく貴族やクラスメイト、うろたえるセレナ。

 順番に彼らを見回し、自分の置かれている立場を再認識する。

 

「ここでは目立ちます。場所を変えましょう」


「あ、あぁ。そうか。じゃあ、バルコニーにでも」


「ここはパーティー会場で今日は卒業記念パーティーです。一国の王子とただの公爵令嬢が二人きりでバルコニーなんかに行ってしまったら怪しまれるでしょう」


「じゃあ、どうする?」


 私は人差し指を立てて、無言でとある場所を指し示した。

 ラウル王子はつられるように視線を動かし「あぁ」とつぶやく。

 この場で男女二人になっても違和感のない隠れみの。ダンスホールを見つめた。


「早く移動しよう。周りの目から逃げたい」


「ん」


「ん?」


 王子様はとっても鈍感らしい。

 こんな場所で、しかも注目された中で女にこれ以上の恥をかかせないで欲しいものだ。

 元の世界なら性別を気にせずに連れ出すが、ここは絵本の中とはいえ魔法と貴族の世界だ。

 私から男性の、しかも王子様の手を取ることはできない。


「ハァ……。これだから草食系は」


「あ、あぁ! そうか。そうだった」


 マントを両手で払い、片膝をついたラウル王子は白い歯を見せながら手を差し出した。


「わたしと最初のダンスを踊ってはいただけませんか」


 いつものセリフに息を呑む。

 このセリフはヒロインであるセレナ専用のもので、絶対にリリーナに言われることのないものだ。

 しかし、そのセリフを引き出してしまった。


 悔しいけど、完璧だ。

 今までキラキラの演出は一切なかったのに、この局面でしっかりと背景を煌めかせていた。

 これは惚れる。惚れない方がおかしい。

 何故、10周目のセレナがラウル王子を愛していなかったのか不思議なくらいだった。


「はい。喜んで」


 ついさっきまで口論を繰り広げていたはずなのに、私は素直にラウル王子の手を取っていた。


 あれ?

 私、セレナよりも軽く返事した?


 勘違いするな、リリーナ。あのセリフは私が彼に言わせたの。私に言ってくれたものじゃない。

 あれはセレナのものよ。あなたのじゃないわ。

 だから、勘違いするな。

 これは周りの貴族たちを欺くために仕方のないことなのよ。


 必死に自分自身に言い聞かせて触れる程度に手を重ねた。

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