第18話

 10周目と同様に家族四人で食卓を囲み、談笑しながら食事を摂っていた。

 いつもならさっさと食べ終えて自室にこもるのだが、今日は予定があるからわざとゆっくりと食事を進めて彼を待つ。


 朝一番に屋敷のベルが鳴り、来訪者の到着を知らせてくれた。

 最近、我が家に仕えるようになった若い執事さんが玄関へ向かう。

 大変な役目を任せてしまったな、と密かに彼に同情した。

 案の定、血相を変えて食堂に飛び込んできた彼は震える声で父に告げた。


「あ、あ、あの! ラウル殿下がご当主様にお会いしたいと申しております! い、いかがなさいましょう!?」


「馬鹿者! そんなことはいちいち確認するまでもないだろ! 早く応接間にご案内しろ!」


 父の怒鳴り声が玄関まで響いていないことを願うばかりだ。

 丁寧に紅茶の入っていたカップを置いて、セレナを横目で見る。驚き半分、ワクワク半分といった表情をしていた。


 応接間では服装を正した父がラウル王子と会談していることだろう。

 話の内容はもちろんセレナの件だが、彼は一体どういう切り口で攻めるのだろうか。

 応接間へと続く廊下の影から覗いていると、反対側の廊下からひょこっとセレナが顔を出した。


「気になるね」


「そうね。なんとなくだけど、私ではなくセレナに会いに来たんじゃないかしら」


「なんでよ。正式にリリーナと婚約を結びに来たんじゃない?」


 楽しそうに微笑むセレナと眉間にしわを寄せる私。二人を引き合わせる上手い口実が見つからない。

 これが普通の高校生だったなら、「あんたのことが気になってる男子がいるんだけど、紹介していいー?」といったノリでなんとかなるが、相手が王子様で身分の差があれば簡単な仕事ではなかった。


「あ、出てくるよ。隠れよっ」


「なんでよ。ここに居なさいよ」


 飛び出して走り去ろうとするセレナの腕を掴み、廊下の真ん中で応接間の扉が開く瞬間を一緒に眺めて待つ。

 私たちに気づいたラウル王子は白い歯を見せながら爽やかに手を振った。

 今日も絶好調だ。この笑顔にコロッと落ちちゃう女の子が大勢いるんだろうな。


 私は今はリリーナだ、という強い気持ちをもっていなければ落とされていたかもしれない。

 さっきまで抵抗していたセレナは急に大人しくなり、口元を隠しながら硬直していた。


 落ちたな、と直感する。

 一瞬で乙女の顔になってしまったセレナの将来を心配しつつも、これが物語通りなのだ、と安心して彼女の肩を揺すった。


「え、あ、なにっ!?」


「放心しているけど大丈夫?」


「大丈夫じゃないよ。むしろ、リリーナの方がおかしいって。ラウル王子だよ!? あの笑顔に何も感じないの!?」


「うん、まぁ、べつに」


 そんなことを言われても私は彼が本物の王子様ではなく、ただの日本人であることを知っている上に、多少なりとも耐性がついているからそこまでの衝撃はない。

 どうしても信じられないといった風のセレナはチラチラとラウル王子を盗み見していた。


「…………」


 なんだ、この可愛い生き物。

 ラウル王子に代わって抱き締めたくなる可愛さだ。


「こら! 二人ともラウル殿下の御前だぞ。はしたない。大変、失礼いたしました」


「「失礼いたしました」」


 セレナと声を揃えて同時に顔を伏せる。


「構わないよ。今日はセレナ嬢に会いに来たんだ。少し屋敷の庭を案内してはもらえないだろうか」


「は、はい!」


 頬を染めながら小走りするセレナに隠れて、私にウインクするラウル王子。

 早速、もてあそんでやがる。

 これは針千本コースだな、と胸の中でつぶやきながら笑顔で慎ましく手を振っておいた。


「リリーナ、ちょっと来なさい」


「はい?」


 アッシュスタイン公爵が私だけを呼び出すなんて珍しい出来事だ。

 呼び出しに応じて応接間に入ると、大袈裟にため息をついた父が深くソファに腰掛けた。

 促されるまで立ち尽くし、父の了承を得てからお上品に腰掛ける。


「ラウル王子はあのように言っておられるが、お前を気に入っている様子だった」


「はぁ……」


「当初の予定では婚約者候補にセレナを選出するつもりだったが、お前に代わりを務めてもらいたい。王室に入り、男児を産め。そうすればアッシュスタイン家は安泰だ」


 父が何を言っているのか理解できなかった。

 あまりにも時代錯誤すぎる、と思ったがここは日本でもなければ現代でもない。

 これがこの世界にとっての一般的なのだ、と無理矢理に自分を納得させた。

 この言い方では卒業記念パーティーでセレナがラウル王子に一目惚れしなかったとしても王室に入れる心積もりだったということになる。


「待って下さい。セレナや私の気持ちはどうなるのでしょう」


「それは二の次だ。お前は長女なのだからこの家を発展させる責務がある。セレナの方が愛嬌があると思い、世界で一番の美女と噂を流したが、ラウル王子がお前を気に入るのであればそれに越したことはない」


 まるで喉元に剣を突きつけられたような気分だった。

 私たちの尊厳や意見が反映させることはない。

 家長の言うことが全てだ、とでも言いたげな瞳と空気感が重くまとわりついてくるようだった。


「私にどうしろと? ラウル王子はセレナと散歩されていますよ。心変わりをなされるかもしれません」


「それならセレナを婚約者にする。二人とも求められるなら正室と側室にするまでよ。姉妹揃って次期王の妻となれば、アッシュスタイン家にも箔がつく」


 フィクションの中だったとしても、なんておぞましく強欲なんだ。

 自分の父がこんな奴だと思っただけで全身の鳥肌が立った。


 あの絵本にはセレナとリリーナの両親は登場しないし、こんな話が出ることもない。

 これも絵本には描かれていない作者の裏設定なのだろうか。

 何年頃に発刊したのか知らないが、こんな展開になるのであれば、とても今の子供たちには見せられないと思ってしまった。

 少なくとも、自分に子供がいたら与えないかな。


「話は終わりだ。これからもラウル王子のご機嫌を取り続けろ。お前たちの幸せは保証してやるぞ」


 バタンと音を立てて扉を閉めた父を追う気力もなく、脱力して体重をソファに預ける。

 高級なはずのソファはお世辞にも座り心地が良いとは言えない代物だ。

 家具量販店で買った安物の方がお尻には優しいだろう。


「ゲーミングチェア、欲しいな」


 非現実的な呟くことでしか今のやるせない気持ちを吐き出せなかった。



◇◆◇◆◇◆



 あの後、庭の散策を終えたラウル王子は爽やかな笑顔のままで帰宅した。

 見送りに出た私たちが見えなくなるまで馬車から身を乗り出して手を振っている光景には肝を冷やしたものだ。


「どうだった?」


「ずっとキラキラしてた。私には眩し過ぎるかなって」


「そんなことないわ。セレナも負けないくらいキラキラしているもの。私よりもラウル王子とお似合いだと思う」


 これは本心だ。

 リリーナも美人だが、お妃様になれるのかと聞かれると答えはNoだ。

 たまに無意識的に出る邪悪な笑みを国民に見せるわけにはいかない。きっと悪女だの、女帝だのと言われるに決まっている。

 実際に7周目ではセレナの代わりに婚約者にのし上がっているが、教育係のおばさんに似たようなことを言われて一人枕を濡らした。今ではただの思い出だが、当時は精神的にキツかった。


「婚約の話はいいかな。卒業記念パーティーの前にお父様からは色々言われたけど、あんまりイメージ湧かないし」


「同感ね。お父様の考えは私には合わなかったわ。適当に受け流しましょう」


 あの話を聞いた直後に私はこの11周目を諦めた。

 8周目と同様に家に引きこもって時間が過ぎるのを待とうか、とも思ったが何も考えないでセレナと一緒に過ごしてみたいとも思った。

 そうすることで何かヒントを得られるような気がしたんだ。

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