第5話

 まだ卒業記念パーティーの開始時間まで余裕があるのにクラスメイトのほとんどが集まっていた。

 縦に並んだセレナと入場し、自然な流れでそれぞれのグループへと別れていく。


「妹と一緒なんて珍しいじゃない。どういう風の吹き回し?」


「べつに、ただの気まぐれよ」


 魅力的を通り越して下品な紅色のドレスで着飾る同じクラスの女子生徒が隣に来て意地悪そうに告げた。

 

「今日は学園外からも貴族の御子息様が来るから選びたい放題ね」


 派手な紫色のドレス姿の女子生徒もニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら隣に並ぶ。

 こんな連中と付き合っているからリリーナは2番なのよ。

 いっそのこと別にグループに移ろうかしら、とも思ったが卒業を目前にしては今更感が強すぎる。

 それに影で悪役令嬢と呼ばれているリリーナを他のグループが受け入れてくれるかも怪しい。 


「なんと言っても一番のお目当てはラウル王子でしょ。見初められたらお妃様よ。一生遊んで暮らせるわ」


 そんなわけあるか。婚礼の儀を受けてみろ、すぐに逃げ出したくなるぞ。

 心の中で愚痴をこぼしながらテーブルに置かれたビスケットを摘まむ。


 悪友二人の会話に適当な相づちを打っていると、遠くにいるセレナと目が合った。

 彼女に似たキュート系のクラスメイト数人と談笑している。

 みんな笑うときには口元を隠すんだよね。私のグループとは大違いだ。

 軽く微笑むと小動物のような仕草で小さく手を振り返してくれた。


 私が王子様でもリリーナではなく、セレナを選ぶ。

 そう断言できる。


 いよいよ卒業記念パーティーが始まり、来賓の方々がセレナの美しさに目を惹かれる中、私は壁際でじっと王子様の登場を待っていた。

 セレナは引っ切りなしにダンスに誘われている。断り切れない性格の彼女だが、嫌な顔をせずに殿方の手を取っていた。


「嫌なら断ればいいのに」


 それが無理なことは分かっている。だからこそ、セレナは身も心も美しいのだ。

 それに対して私はと言えば……。


「リリーナ嬢、僕と一曲踊ってくれませんか?」


「お断りいたします」


「どうしてですか? せっかくのドレス姿です。ぜひ皆様にお披露目を。その役目を僕に与えてはいただけませんか?」


「あまり気分が乗らなくて。それに女を装飾品のように扱う殿方は嫌いです」


 ピチャリと言い放つと成人しているであろう貴族の男性はトボトボと肩を落として去って行った。


 これではモテない。

 元々、ここまでキツい性格ではないつもりだが、リリーナになってから随分と強気になったものだ、と自分でも思う。


 ダンスホールに目を向けるとようやく解放されたセレナが私の方に向かって歩いて来ていた。

 疲れを感じさせない笑顔は何よりもまぶしい。


「リリーナは踊らないの?」


「えぇ。あなたは頑張りすぎよ。ちょっと臭うわ」


「えぇ!? うそぉ!?」


「う、そ」


 もーっと頬を膨らませながらポカポカと叩いてくるセレナの背中を押して、通路側の目立つ位置に立たせる。


「さて、そろそろね」


 アンティークな柱時計は定刻を指している。

 パーティーホールの扉に目を向けると古びた音を立てながらゆっくりと開いた。

 従者を伴いながら歩いてくるこの国の王子――ラウル殿下のご到着だ。


 この学園のパーティーホールに集まっているのは貴族かその子供たちばかりだ。

 さすがに国王陛下が登場すれば平伏するだろうが、相手が王子であれば軽く頭を下げる程度で盛大な拍手で迎え入れている。

 早速、ご挨拶に出向く者もいる中、ラウル王子の足が止まった。


「美しい」


「え――」


 ラウル王子の視線とセレナの視線がぶつかり合う。まるで時が止まったかのようにパーティーホールは静寂に包まれた。


 ここまでは順調だ。

 これからラウル王子とセレナはハッピーエンドに向かって歩み始める。

 問題は私がどう立ち回るか、ということ。それ次第でリリーナの結末が変わってしまう。

 そっと祝福するべきか、断罪されるべきか。


「……ん?」


 目の前で妹が口説かれている光景を見るのは初めてではない。

 1周目のときは誰よりも先に野次馬をした。セレナはラウル王子に見初められて喜んでいる、あるいは彼と同じ様に一目惚れしていると思い込んでいた。

 5周目以降は苛立ちが強くて二人の様子など直視していなかった。


 でも、今回は違う。私は妹の微かな変化に気づいた。


「セレナ、困ってる?」


 わずかに眉が斜めに下がっている気がする。

 パーティー開始直後に男性貴族が殺到していた時とは少し異なる表情をしていた。


 疲れちゃった?

 

 いや、違う。1周目のセレナは満面の笑顔でラウル王子の手を取っていた。

 あれは憧れや好意を抱いている人だけに向ける乙女の顔だった。


 まさか、さっきのダンスで誰か別の男に惚れた!?


 私の知らない物語を始めようとしているのか。それだけは何としても避けたい!   

 セレナを思いとどまらせるために手を伸ばす。

 

 しかし、私よりも先にラウル王子が片膝をついてしまった。

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