第7話
男性のため息は、飽きた時や構って欲しい時に出すらしい。
では女性はどうだろう。
私の経験では、思い通りにならない時と
「何かあった?」
「本当に結婚しちゃうんだなって」
「嫌なの?」
「嫌ではないけど。お父様やお母様、リリーナと一緒に暮らせなくなるって思うと寂しくなっちゃう」
なんだ、この可愛い生き物は。
この見た目でそんなことを言われたら男でなくても落ちてしまう。
こんないい子を呪うなんて今の私には無理だ。リリーナの嫉妬心強すぎでしょ。
「でも、そんなこと言っちゃダメだよね。ラウル殿下と結婚できるなんて名誉なことだし、願ってできることでもないし」
「……セレナ」
自嘲するような薄笑いを浮かべる彼女の頭に手を乗せて、ひと撫でする。
こんなことをするのも初めてだけど嫌がられなくて良かった。
猫のように目を細めてされるがままになっているセレナの姿に自然と笑みがこぼれる。
この子が幸せになれるのなら処刑されても構わない。そんな風に思ってしまった。
処刑されるだけでセレナが幸せになって、私が元の世界に戻れるなら最高なんだけどな。
「幸せになってね」
この日を境にセレナは笑わなくなった。
家に引きこもりがちになり、お城の使いが心配して訪ねてくるほどだった。
やっとセレナが話し合いに応じたのは、ラウル王子が直接我が家を訪問したときだ。
しかし、一方的にラウル王子が結婚式の日取りを話してセレナは頷くだけ。
このまま二人は結婚するのだろうが、絵本通りに物語が成立しているとは思えなかった。
「やっぱり、私がキーか」
二人の関係が進展しないのは危機的状況が訪れないからだ、と結論づけた私は自室の本棚の奥に隠された分厚い本を取り出した。
何度繰り返しても最初から自室に保管されている『闇の魔術書』を開いて文字を指でなぞる。
日本語でもなければ、この世界の文字でもない謎の暗号を
これを読み上げれば私は魔力を有することになり、美貌と引き換えに魔法を使用することができる。
ブツブツと『闇の魔術書』に書かれた文章を読み上げて目を閉じると、心臓が跳ねる感覚と同時に万能感に包まれた。
「結局、絵本通りになってしまったってわけね」
過程はどうあれ私は闇の魔女になり、これから妹に呪いをかける。
そうすれば王子様のキスでしか彼女を救うことができず、セレナは確実に恋に落ちるだろう。
そして、私は確実に殺される。
「まぁ、既に九回も死んでるわけだし、桁が一つ増えるだけだわ。どうせ、セレナは私だって気づかないだろうし」
セレナの部屋は固く閉ざされ、扉が開く気配はない。
問答無用に指先を扉の鍵穴に向けるとカチャと小さな音が鳴った。
「リリーナ!? どうして? 鍵をかけたはずなのに」
「久しぶりね、セレナ。引きこもりなんてあなたらしくもない」
「もう少しでお屋敷を出るんだから堪能してもいいじゃない」
「それなら、両親や私と一緒の時間を増やした方が建設的だと思うけど?」
「リリーナ、嫌い」
ベッドの上で膝を抱えるセレナは枕元のぬいぐるみを手に取り、顔をうずくめた。
あぁ、可愛い。
そんなこと言っている場合じゃないけど、うちの妹が可愛いすぎる。
「セレナには幸せになって欲しいの。だから、ね」
ゆっくりと近づき、手のひらをセレナに向ける。
「私の幸せ? それなら、私をここから連れ出してよ」
「え――?」
そうか。実はセレナも婚礼の儀やラウル王子との結婚が面倒だったのか。
これから先、お妃様として生きていくには他人には分からない辛さがいくつもあるのだろう。
「ラウル殿下のことが好きじゃないの?」
「好きじゃない、こともないけど、好きとは言い切れない……かも」
「そっか。じゃあ、私が協力してあげるね」
手のひらに力を込めると真っ黒な光が放たれ、セレナの体を包み込んだ。
「な、なにこれ!?」
「セレナを呪わせてもらったわ。これで王子様のキスでしか目覚められなくなった」
「う、嘘。そんな。待ってよ、リリーナ! そんなのあんまりよ!」
「あなたの幸せを願っているわ。さようなら、セレナ」
「リ……リーナ」
脱力した彼女を抱き寄せ、そっとベッドに寝かせる。
前髪を整え、ぬいぐるみを枕元に戻してから窓を開け放ち、大きく息を吸う。
そして一息に吐き出した。
「きゃあぁぁあぁぁぁ」
渾身の絶叫を聞きつけた両親や執事やメイドが集まってきて、部屋の入り口でへたり込む私に駆け寄った。
「どうしたんだ、リリーナ!?」
「お、お父様。セレナが、セレナが息をしていないの! 変な女がセレナに何かして窓から出て行ったわ!」
父と執事たちは慌てて外に飛び出し、母とメイドたちはベッドに横たわるセレナの元へ駆け寄る。
そんな中、私は気持ちを落ち着かせるために何度も深呼吸を繰り返した。
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