第15話
珍しく普段よりも早くに目が覚めてしまった。
部屋にある大きな窓のカーテンを開けると太陽が昇っている途中だった。
朝の風は少し肌寒いが、ナイトガウンを羽織ればなんてことはない。
「卒業式か。面倒くさいわね。サボって町にでも行こうかしら」
風になびく金髪を手で押さえつつ、そんなことをつぶやく。
「あの王子様は今頃、お城で贅沢三昧かしら」
王都の最奥にたたずむ立派なお城を見つめながら、窓からバルコニーに出て柵に肘をつく。
それにしても自由な人だった。
冷静になると私も1周目はこの世界を楽しんでいたから舞い上がる気持ちも分かる。10周も繰り返している私が焦っているだけなのだ。
昨日の会話で彼が本当に私と同じ地球、かつ日本から来たことは間違いない。
ラウル王子の中身がどこの誰なのか分からないが、話が通じる人で安心した。
絵本の『セレナと闇の魔女』はどこかの国の作家が原作者で、それを日本人が翻訳していたはずだ。こんなことになるなら、ちゃんと作者名も見ておけばよかったと絶賛後悔している。
我が家のバルコニーに羽休めにきた小鳥に微笑みかけていると、ノック音が鳴り、二人のメイドが一礼して入室した。
大抵この時間には起きているが、まさか私がバルコニーに出ているとは思わなかったのだろう。
血相を変えた二人は大慌てで駆けつけた。
「「リリーナ様、早まらないでください!」」
「べつに何もしないわよ。ちょっと風に当たっていただけ」
この二人は私を何だと思っているんだ。
メイドさんに手を引かれて鏡の前まで連れていかれる。そこには非常に血色の良い
「これが希望を見出した女の顔か」
「いいえ。恋する乙女の顔です」
「まさか。セレナでもあるまいし」
照れ隠しに笑うとメイドさんたちはとめどなく話し始めた。
「昨日はセレナ様も始終笑顔だったと専属メイドからお聞きしています。ここ数日はリリーナ様も表情が柔らかくなられ、我々としても嬉しい限りです」
「そう? それは何よりだわ」
私とラウル王子が接触したことで大きな変化が現れるかと思ったが、それは心配のしすぎだったようだ。
セレナとは帰りの馬車の中でラウル王子との会話について根掘り葉掘り聞かれたから、今日は特別なことは話さなかった。
いつも通りに専属メイドに否定され、セレナに褒められ、朝食を終え、通学し、卒業式を終えて帰宅するつもりだったのに、教室に入るとクラスメイトが押し寄せてきた。
「昨日はラウル殿下とどのようなお話をしたのですか?」
「婚約した? 未来のお妃様!?」
「ラウル王子はリリーナの魅力に気づいたんだ!」
「これからはリリーナ様の時代だ!」
質問と憶測が飛び交い、収拾がつかない状態だ。
いつもはセレナが渦中の人物で私はそれを離れた所から見ているだけだったのに今日は立場が真逆だった。
「ちょっと待って。私はラウル王子と話をしただけで婚約なんてしていないわ。勝手なことを言うのはやめてちょうだい」
私の言葉ではクラスメイトの興奮は収まらない。
これまではセレナとラウル王子のカップリングが当然のように扱われていたから、こんなにも大事になることはなかった。
だからこそ、私はどう対処すればいいのか分からずに固まることしかできない。
「やったね、リリーナ。これで大嫌いな妹を出し抜けたわけだ」
「そういう言い方はやめて。私はセレナを嫌ってなんかいないわ」
「またまた~。昨日のあんた、すっっごい性格の悪い顔してたわよ」
「は、はぁ!? なによ、それ。そんなはずがないわ」
いつも私と一緒に行動している令嬢二人が意地悪な笑みを浮かべながら話しかけてくる。
今の話がセレナに聞こえていることも分かっているのに、平気でそういうことを言うような連中だ。
相手にしないで妹のフォローに回ろうしたが、離れた所から私を見つめるセレナはやっぱり笑顔だった。
「セレナさん、気にしないで先に行きましょう」
「うん。そうしましょう」
軽く私に手を振って友人たちと先に講堂へ向かったセレナの後を追うこともできず、クラスメイトに揉みくちゃにされてしまった。
結局、学園では一度もセレナと会話を交わすことなく卒業式を終えて別々に帰宅した。
「朝からすごかったね。このまま本当にラウル殿下と婚約しちゃったりして」
遅めに帰宅した私を出迎えたセレナはすでに私服に着替えており、口をもぐもぐさせていた。
「セレナ様、お菓子は座って召し上がってください」
「だってリリーナが帰ってきたんだもん」
「全くもって意味が分からないわ。言われた通りに座って食べなさい」
「はぁーい」
いつも通りのセレナだ。
これでセレナが生きている状態で私がラウル王子と接触しても彼女自身は何も変わらないことを立証できた。
あとは二人をどうやって出会わせるかだ。
本来であれば卒業記念パーティーという絶好の機会をスルーしてしまったのだから、そう簡単に王子様と出会うことはできない。しかし、今回は違う。
「彼も私と同じ転生者なのだからなんとかなるでしょう」
ひとまずセレナとラウル王子の件は置いておいて、物語のハッピーエンドについて考えることにした。
自室に入り、ペンと紙を取り出して10周目を振り返る。
本当は1周目からメモを残せればよいのだが、1日目に巻き戻ると私の記憶以外の痕跡は全て抹消されてしまうので不可能なのだ。
「えっと、朝起きて、食事をして、登校して、ドレスに着替えて。そうだ、私は世界で一番クールで美人だって言われたんだ」
すっかり忘れていたが、私が自己肯定感を高めた大事な出来事だった。
「パーティーではセレナがラウル王子とダンスして、婚約したけど辛気臭いから呪って、そのまま目覚めなかった。なんでよ。私は何を失敗したの?」
何度唸っても答えが出ない。
このまま考えていては時間だけが過ぎて最後のページを
またも予定を変更して目先のことだけを考えることにした。
「お城に突撃してみるか」
これまでに一度だけお城に向かったことがある。そのときは門前払いを食らってしまい、入城できなかった。
でも今回は入れるはず。多分、きっと。
入れなかったときは、あの王子様もどきに文句を言ってやればいい。「門は常に開けておけ。それがダメなら、リリーナ・アッシュスタインは顔パスにしておけ」ってね。
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