第16話

 勢いのままにお城の前まで出向くと、4周目と同じように体格のよい二人の門番が仁王立ちしていた。

 意を決して一歩を踏み出す。


「ご機嫌よう。アッシュスタイン公爵家の長女、リリーナ・アッシュスタインと申します。本日、ラウル殿下とお約束をさせていただいております。取り次いでいただけますでしょうか」


「そのような予定は聞いていません」


「あくまでも口約束ですので」


 顔を見合わせる門番だったが、厳しい顔つきに変わりはなかった。


「たとえ口約束だったとしても来客リストに名前を記載されていない方を通すわけにはいきません。お引き取り願います」


 やっぱり忘れていたか。あのポンコツめ。

 一悶着を起こせば、騒動に気づいて来てくれるかしら。


 少しでも存在感を大きくできるように胸を隠すように腕を組み、肩幅くらいに足を開く。

 大きく息を吸って、腹に力を込めた。


「きゃあぁぁぁあぁぁっぁぁぁ」


 肺の中にある空気を全て吐き出すために体を縮こませて絶叫する。

 途中、ムセそうになるのを必死に我慢して息を吐き終える頃には肩を弾ませていた。


 門の隣に設けられた関係者専用の出入り口が開き、わらわらと兵士が出てくる。

 うずくまって呼吸を整えた私は両手で体を隠しながら立ち上がり涙目で訴えた。


「この二人が私に乱暴を働いたのです!」


 我ながらひどい話だ。

 痴漢の冤罪をかけられた二人の門番は焦った表情で上官らしき人物に弁解を始めた。

 上官らしき人物がこちらをチラチラと見始める。少しでも同情を買えるように涙を流しながら両腕をきゅっと握り締める。

 伏せ目にして唇も震わせておこう。


「大変失礼いたしました。詳しい話を聞いて処罰しておきますのでご容赦ください」


 とりあえず謝っておこう、という意図がひしひしと伝わってくる。

 証拠もないし、多分門番への処罰は何もないだろう。いや、そうでないと困るのだけれど。


「私はただ、ラウル殿下とのお約束を果たすために来たのです。この門を開けていただかなければ、約束を反故にされたと思われてしまいます」


 これでダメだったら大人しく帰ろう。

 洋服の裾を汚してしまったから、メイドさんたちに怒られるかな。

 そんなことを考えていると、顔を真っ赤にした門番の一人が逆上して私の腕を力強く掴んだ。


「いたっ」


「我々を馬鹿にするのもいい加減にしろ! 公爵家の令嬢とはいえ、小娘の戯れ言に付き合っている暇はないのだ! 我らを侮辱した罪を償え」


 改めて、男は力の強い生き物だと気づく。

 ミシミシと二の腕にめり込んでいく門番の指が何よりの証拠だった。


「離しなさいっ!」


「まだ抵抗するのか! こんな細腕、簡単に折れるのだぞ」


 怖い。胸を突き上げられるような怖さだ。

 治安のよい日本では感じたことのない恐怖が心を鷲掴みにしたような感覚に襲われ、声も出せず、逃げ出すこともできない。


 誰か、助けて。


 自業自得なのは分かっているが、それでも声にならない声で助けを求めることしかできなかった。


「その手を放せ。彼女はわたしの客人だ」


 そのとき、よく通る声が聞こえ、集まっていた兵士や門番が一斉に声の方を向いた。

 私もつられるように見上げると凜々しい顔つきのラウル王子がこちらに歩いて来ていた。


「ラウル殿下! 大変、失礼いたしました!」


 片膝をつく兵士たちに続き、私の腕を離した門番も平伏する。


「しかし、この者は客人リストに名前がありませんでした!」


 門番が言い訳がましく述べるとラウル王子は、ハッとして罰が悪そうに視線を逸らしながら頭をかいた。


「あ、やべ。ゴホン……すまない。その人はわたしの客人で間違いない。通してやってくれ」


 へたりこむ私に差し伸べてくれたラウル王子の手を取ろうとした瞬間、右腕に鋭い痛みがはしった。

 とっさに右腕を下ろし、左腕で彼の手を取ると、腰が抜けていたのが嘘のようにヒョイと立ち上がらせてくれた。


「痛むか。医者に診せよう。おいで」


 さっきのポンコツ具合を帳消しにしてもお釣りがくるほどのキラキラとした笑顔で誘われると、門番に掴まれた時とは違った意味で怖くなった。


 万が一にもこの人のことを好きになってはいけない。


 そう強く誓って開け放たれた大きな門をくぐった。

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