第25話

 ラウル王子と私のお忍び訪問は大満足の結果だった。

 バレルナーゼ公爵家の屋敷の大きさといい、調度品、使用人のレベル、全てが申し分ない。

 なによりもデッラ・バレルナーゼの第一印象が良かった。

 狼のような銀髪を一つ結びにした青年は礼儀作法は完璧で会話の中でも地頭の良さを感じられた。身につけている服も一流のものだったがいやらしさがない。

 現在はバレルナーゼ公爵から領地の管理を任されているというし、仕事もできる男なのだろう。

 特定の女性がいないと言っていたのもこちらにとっては好都合だった。


 当初は私を連れたラウル王子の来訪に戸惑っていたが、時間の経過とともに柔らかい雰囲気となり自然な流れでセレナの話題を出せた。

 流石は世界一の美女と評されるだけあって、デッラはセレナのことを知っていた。

 実際に会ったことはないらしいが、アッシュスタイン公爵とバレルナーゼ公爵が社交界のときにそれぞれの子供のことを話したらしい。

 そのときの話をバレルナーゼ公爵から聞いてセレナに興味を持ったとのことだ。


「これで決まりだな。早速、セレナとデッラを引き合わせよう」


 先に馬車に乗り込んだ私の前にドカッと座ったラウル王子は満足そうに頷いた。

 思い通りに計画が進んでいるようで何よりだが、何かが引っかかって素直に同意できない。


「なんで、あんなに有能な人に婚約者の一人もいないのかしら」


「たまたまさ。王子の嫁探しにも難航しているんだから、貴族男子の嫁だって簡単には見つからないんだろ」


「それならいいんだけど」


 何が気になっているのか、はっきりとは分からない。

 女の勘としか言いようがないが、なんとなく嫌な予感がずっと消えなかった。


「関係ない話なんだけどさ」


「それなら、わざわざ話さないでよいのではなくて?」 


 無言で思案顔を続ける私に投げかけられた言葉に対して久々にリリーナ節が炸裂してしまった。

 こういうことを言うから場の空気が白けてしまうのだ。

 しかし、ラウル王子は気にする素振りもなく、勝手に話し始めた。


「俺、実は弟がいるらしい。たぶん腹違いだ」


 それは簡単に聞き流せる内容ではなかった。

 この絵本に登場する王子は彼一人だ。兄弟がいるなんて聞いたことがない。


「名前は誰も教えてくれなかった。当然、顔も分からない。どこにいるのかも分からない」


 素晴らしい情報をありがとう、という嫌味な言葉をぐっと飲み込む。

 絵本に登場していないのであれば、またしても裏設定か。

 その弟の名前が出てきたところで物語に関与しないのであれば、私たちに関係はないだろう。

 ただ一つだけ気になることがあった。


「その人って王位継承の資格は持っているのかしら?」


「国王陛下が認知しているなら持っているだろうな。一位は俺だけど」


 ここでも順位が出てくるとは。

 現実世界でも絵本の世界でも順位に翻弄される人生なんて面倒くさいことこの上ない。


 ラウル王子に屋敷まで送り届けてもらった頃にはすっかり日が落ちていた。

 本来であれば嫁入り前の令嬢を夜まで連れ回したことに対する謝罪が必要な場面だが、どうせ物語に影響しないのだから不要だ、と断った。


「おかえり。遅かったね」


「ただいま。少し野暮用があってね」


 エントランスの脇に置かれた小さな椅子に腰掛けながらリンゴをかじっていたセレナが出迎えてくれた。

 どうやら私の帰りをずっと待っていたらしい。


「どこに行ってたの?」


「ちょっとね」


 しつこいセレナの追及をはぐらかし、手に持っていた封筒を差し出す。

 中身はラウル王子から預かったお茶会への招待状だ。

 セレナ宛の招待状をどうやって本人に渡すか迷っていたが、面倒になって直接手渡しにした。


「なにこれ?」


「さぁ。玄関の前で庭師から預かったの。宛名がセレナだから渡しておくわね」


 不審そうに何度も表裏を確認する姿に鼓動が早くなる。

 そんなに変だったかしら?


「ラウル殿下からだ。リリーナも貰ったの?」


「え、えぇ。ほら、同じでしょ」


 動揺する手でポシェットから取り出した封筒を見せる。

 私の分の招待状は要らない、とラウル王子に言ったのだが「何かあった時のために持ってろ」と強引に持たされたものだ。

 意外にも律儀な彼のおかげで助かった。


 これでセレナの疑問は解消できたはずなのに彼女の表情は更に硬くなっていた。

 嫌な汗が背中を伝う。何かミスを犯したのか、それとも動揺を悟られたのか。

 唾を飲み込む音が聞こえてきそうな緊張感の中、リリーナの記憶を辿ると私たちに手紙が回ってくるまでには時間がかかることが判明した。

 現代のように配達員から直接受け取るようなことはなく、必ず専属の侍女から渡される。

 更に驚くことに家に届いたものは全て一度は父の手に渡るようだ。開封され、中身を確認されたものだけが私たちの手元に届く。


 やってしまった――。


 肝心なことを見落としていることに気づき、不甲斐なさから無理矢理に笑顔を作ることすらもできない。

 今になってようやくセレナが怪しんでいた理由が分かってももう遅い。

 言い訳も作り笑いもできない私には逃げるという選択肢しか思い浮かばなかった。


「今日はもう寝るわ」


 今回のセレナにはこれまでになかった鋭さがある。

 それとも私が油断しているだけなのか。

 どちらにしても、これ以上の追求をされるとボロが出ることは間違いないので足早に自室へと逃げ入った。

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