第24話

 ラウル王子に扉を開けてもらい部屋の中に入ると、私の背後でカチャと鍵の掛かる音が聞こえた。


「相変わらず、広いお部屋ね」


「一人で過ごすには広すぎるよ。まるで草原の中をローリングしている気分だった」


「バカなの?」


「こんなに広かったら寝転びたくなるだろ。髪の毛一つ落ちてないカーペットなんて最高じゃないか」


「あら。それなら私の髪も落とさないようにしないとね」


 高級絨毯の敷かれた部屋は確かに魅力的だが、床に寝転ぶという発想は出てこない。

 やっぱり男の人はいつまで経っても子供なのだろう。


「卒業式は良かったのか?」


「もう3回も経験しているのよ? 今更、感動もへったくれもないわ」


 ご挨拶はこの辺にして本題を切り出す。

 今日、私がここに来た理由は貴族名簿の中からセレナと結婚するに相応しい男性を探し出すためだ。

 決して、卒業式をサボるためではない。


 ラウル王子が取り出した貴族名簿にはこの国で生まれた貴族の名前が全て記載されている。

 その中から公爵家の娘に相応しい身分であり、年齢や性格などを考慮してセレナの婿候補を選出しなければならない。

 セレナ自身の好みの問題もあるが、厄介なのはアッシュスタイン公爵を納得させることができるかどうかだ。


 向かい合ってソファに座った私たちはそれぞれ分厚い貴族名簿を広げて、無言でページをめくり続けた。

 途中、メイドさんが紅茶を持って来てくれた。私たちの悪巧みを知られるわけにはいかないからと、ラウル王子が早急に立ち去るように指示を出す。

 その結果、私が紅茶を注ぐ係となった。


「グズド・ワルデスは?」


「ダメ。控えめに言ってブサイク」


「メチヤ・ワイズは?」


「ダメ。両親がクソ領主」


「ブナン・アクダイは?」


「んー。悪くはないけど、セレナの隣に立つと見劣るかな」


 ラウル王子が挙げていく貴族男性たちを却下しつつ、良さそうな人をピックアップしていく。

 なかなか出会えない人たちでも王子様が居れば簡単に会えるはずだ。

 むしろ向こうからお目通りを希望してくるだろう。


「ねぇ、リスティって名前を見つけたら教えて」


「オッケー」


 お互いに目線は名簿に向けたままで会話する。

 決してお行儀はよくないが、彼はいちいち指摘しなかった。

 沈黙が続いてページをめくる音だけが聞こえても気まずさはなく、不思議と苦にならなかった。


「この人はどうだ? バレルナーゼ公爵家の長男、デッラ! かっこいい名前だぞ」


 名前負けという言葉があることを知らないのかしら。

 ただ、バレルナーゼ家であれば特に異論はなかった。私やセレナよりも年上で、学園の卒業生ではないから卒業記念パーティーには参加していなかった人物だ。

 8周目で得た情報では、バレルナーゼ家は父と同じ派閥にいるらしい。王都から少し離れた場所に屋敷を所有していたはずだ。デッラという男性を見たことはないが、ラウル王子と一緒であれば簡単に顔の確認もできるだろう。

 きっと教育も行き届いているはずだ。あとは将来を誓い合っている特定の女性がいないことを願うばかりだった。


「よし! じゃあ、行くか」


「え? もっと候補者を選んでから、はしごした方が楽じゃない?」


「いや、この人に決めた。絶対にかっこいいって。もしもダメだったら次だ」


 世界一の美女の婿探しをしている自覚はあるのかしら。

 ため息をこぼしたくなったが、私の12周目は彼の好きなようにさせると決めたのは私自身だ。

 それに自分で言って気づいたが、移動手段が馬車であれば一日に複数の家を回ることはなかなかに難しい。

 長時間、屋敷を抜け出すわけにもいかないし、ここは素直に従おう。

 私たちはラウル王子が用意した王族御用達の豪華な馬車でバレルナーゼ公爵家のお屋敷を目指した。



◇◆◇◆◇◆



 馬車に揺られながら外を眺めていた私が、ふとラウル王子の方を見ると彼の目線はあからさまに下を向いていた。

 どこを見ているのかはすぐに察しがついた。

 男の人って本当に気づいていないと思っているのかしら。


「なに?」


「いや、見事だなと思って」


 なにジロジロ見てんだよ、を「なに?」の一言に集約したつもりなんだけど。

 彼は下げた目線を上げるどころか神妙な面持ちで答えた。

 舗装されていない道を行く馬車は現代の車とは比較できないくらい揺れる。

 時には「飛んだ?」と思うくらいガタンと揺れるのだ。

 だから連動して揺れるのだろう。


「変態」


「男はみんな好きだろ」


「好きだったとしても口には出さないわ。せいぜい、隠れ見るだけで留めておくものよ。それに指摘されれば視線を逸らすわ。そんな食い入るように見るのはナンセンスね」


 私は姿勢を正し、体を窓側に向けた。


「普段ならそうするさ。でも、ここは異世界だからな」


「目の前にいるのは異世界のキャラクターじゃなくて、ただの女子高生よ」


 途端、ラウル王子の目線が上がり、私と目が合った。

 その瞬間に後悔したが、時すでに遅しだ。

 私は本当の自分の年齢をさらけ出してしまった。過去一番の失態だ。


「高校生なのか。それに中身も女なんだな」


 意味深に呟いた彼は反対側の窓を向き、視線を逸らした。


「なによ? あなたも何歳なのか教えなさいよ。ってか男じゃないの?」


 強がっているが、内心では刃物を突きつけられている気分だった。

 自意識過剰かもしれないけど、もしもここで彼が襲ってきたらどうする。

 可能性は低くても、あり得ない話ではないはずだ。

 力では絶対に勝てない。

 11周目のように腕のあざでは済まされないかもしれない。


「嫌だね。個人情報の漏洩を警戒しているのはきみだけじゃないからな。俺は軽はずみな発言はしない」


 ぐぬぬぬ。

 いちいち腹の立つ言い方をする奴だ。

 正論だから言い返せないのが更に悔しい。


 険悪な雰囲気になるかと思っていた。

 しかし、頬杖をついた彼は不敵に笑って、私の目を見て言った。


「一回だけ揉んでいい? それなら教えてやってもいい」


「ダメに決まってるでしょ。そこまでして聞きたくない」


 真顔かつイケボで、なんてことを言うんだ。

 自分は何も間違ったことは言っていない、とでも言いたげな瞳はいつまで経っても逸らされることはなかった。


「もしかして、減るもんじゃないし、とか思っているんじゃないでしょうね」


「誰にも言ったことはないが、実は思っている」


「減るわよ。あなたへの信頼度が」


 自分が発揮できる最も冷酷な声で言い放つ。

 彼はアメリカのコメディアンよろしく、やれやれとジェスチャーして再び流れていく景色をぼんやりと眺めていた。


「……いつもこんなことを言っているの?」


「それはお城で? それとも日本で?」


「両方」


「それも秘密。信頼度を下げたくないからな」


 なんでこんな奴が王子様に転生しているのよ。

 人選を見誤っているとしか思えないわ


 憤慨とまではいかないが、怒っているのは事実だ。

 ただ本物の嫌悪感を抱くほどではない。本気だったら、今すぐに馬車を降りている。

 なんというか、これが噂で聞いた大学生の男女のノリというやつだろうか。


 私がもう少し大人になれば理解できるようになるのかしら。

 ということは、ラウル王子の中の人は大学生か社会人か。どちらにしても男に変わりないなら、これからも警戒はしておこう。


 そんなことを思いながら私は腕を組み、馬車に揺られ続けた。

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