世界で2番目に美しい女性に転生しました。~妹が世界1の美女で私は悪役の姉~

桜枕

第1幕

10周目

第1話

「悪魔の手先め! 神の名の下に正義の鉄槌を下してやる!」


 燃えさかる真っ赤な炎が視界を埋め尽くしている。

 もう下半身の感覚はなく、骨まで溶けてしまったのではないかと錯覚してしまうほどだ。

 勢いを増す炎は私の体を包み込む。

 史上最悪の魔女として世界中に名を轟かせた私は民衆の怒声と罵声を浴びながら火あぶりの刑に処された。



◇◆◇◆◇◆



 目が覚めると見知らぬ天井だった。

 なんてことはなかった。


 私はこの天井を何度も何度も目にしている。


「あつっ! くはないか。またダメだったのね」


 独り言を呟き、豪華なベッドから体を起こす。

 さっきまで燃やされていた身としてはまだ体が熱く、気分も良いものではない。

 額の汗を拭い、ネグリジェから伸びる腕と足を眺める。


「火傷痕なし。感覚あり。ちゃんと動く!」


 どんよりした気分を振り払うように声を出し、ベッドから飛び降りた。

 勢いよくカーテンを開けると、私の気持ちとは裏腹に快晴の空が広がっていた。


 部屋の壁側に置かれた派手な装飾の全身鏡に映る自分の顔をぼんやりと眺める。


 金髪に碧眼というファンタジー感満載の容姿だ。

 最初は感動のあまり広い部屋の中心でクルクルと回ってドレスを翻したり、小指を立ててティーカップを傾けたものだが、もう見飽きてしまった。


 高級シルクで作られた肌触りの良いネグリジェの前をはだけると肩を滑り、ストンと床に落ちた。

 鏡に映る絹のような素肌と豊満なバストにももう見飽きた。


「あー、今日も羨ましい体してんな、姉ちゃん」


 鏡の中の自分に向かって指をさし、中年のおじさんが言いそうな言葉を吐き捨てる。

 しかし、誰も反応はしてくれない。


「はぁ……。えっと、これで何回目だっけ。あー、ダメ。全っ然思い出せない。学園に行きたくないー。早く一日終われー。いや、終わらないでー」


 今日はこんなことを呟いてみた。ちなみに全部本音。

 あまり大声を出すと屋敷の者が来てしまうから控えめに愚痴る。


 そろそろ侍女が着替えを手伝いにくる時間だ。

 私はネグリジェを着直して、ベッドに腰掛けて足を組む。


 コンコン、と控えめなノックが鳴り、一礼したメイド服姿の女性が二人入ってきた。


「おはようございます、リリーナ様」


「おはよー」


「今日の朝食は――」


「今日の朝食はフル・ブレックファスト。あと、卒業式前夜のパーティーにラウル王子がいらっしゃる、でしょ?」


「さ、左様でございます。なぜお分かりに?」


「知っているから。ただそれだけよ」


 得意げに鼻を鳴らしているが、そんなに大それたことではない。

 私は何度もこの朝を経験している。だから、今日これから起こるであろうことを全て知っているのだ。


 自分一人でもできる着替えを手伝ってもらい、学園の制服の袖に腕を通す。

 胸のリボンを結んでもらい、丁寧に金髪までといでもらう。


「髪は結わないで」


 歩くたびに腰まで伸びる金髪が揺れる。この感覚が好きなのだ。

 鏡の前には完成したばかりのフランス人形のような女が立っていた。


「今日も綺麗だなー」


「はい。リリーナ様はお美しいです。肌もきめ細かで羨ましい限りです」


「だよねー」


 嫌味に聞こえるかもしれないが、私だって羨ましい。

 こんな金髪の美女に生まれてみたかったものだ。と言ってもこの体は私のものなんだけどね。


「ごめんね」


 二人のメイドさんに向き直り、小さく謝罪する。

 このような美貌で生まれてきたことに対するものではない。そんな嫌味なことはしたくない。

 しかし、この先私は口をつぐむことができない。何度やってもこのセリフだけは忠実に再現されてしまうのだ。


「この世で一番美しいのはだれ?」


 言いたくもないセリフを言わされて、聞きたくもない答えを聞かされる。


「恐れながら、双子の妹君であるセレナ様でございます」


 悪びれる様子も、疑う様子もなくメイドさんは声を揃えて即答する。

 そして、タイミングを見計らったように扉が開くのだ。

 ノック音はない。

 それが当たり前だというように彼女は入ってくる。


「おはよう、リリーナ! 今日はパーティーだから早く行こうっ」


 私と同じ、金髪碧眼の少女。

 私と違って長い髪を三つ編みにしている彼女は人懐っこい笑顔を浮かべながらトテトテと駆けてくる。


「おはよう、セレナ。部屋の中で走らないで。お行儀が悪いわ」


 彼女の三つ編みを持ち上げて、肩に乗せてあげる。

 大人の色気を漂わせるサイド寄せの三つ編みと、年齢に相当しないクリクリの目で世界中の男を魅了する私の妹。


「これでいいわ。今日のパーティーでは王子様に見初められるでしょうね」


「そんなことないよ。リリーナの方が綺麗だもん」


「……ありがとう」


 これはアドリブ。

 私のセリフと行動によってセレナの言動も異なる。しかし、最後には必ず私の容姿を褒めてくれる。

 本心からの言葉であると理解しているが、素直に喜べなかった。


 ここまでが起床後のルーティン。

 私は一定の期間を無限ループしている。

 妹を中心に回っているこの世界からどうすれば抜け出せるのか分からない。


 私の名前はリリーナ・アッシュスタイン。

 世界で1番の美女である妹を持つ悪役ヴィランである。


 妹に背中を押される私はため息を一つこぼしながら、今に至るまでの経緯を思い起こした。

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