第2話
違和感に気づいたのは1周目の朝だった。
いつもと同じように起きて、鏡を見て愕然とした。
頭痛とともに目の前の美人さんの記憶が流れ込んでくる。
名前はリリーナ・アッシュスタイン。公爵家の長女で年齢は18歳。王立セラフィム学園の3年生で翌日には卒業式を控えている。
同時にこの世界とは別の世界の記憶があることにも気づいた。
日本では高校3年生でリリーナと同じように卒業式目前だったはずだ。
不思議と自分の名前は思い出せない。
至って普通の女子高生として卒業式の練習に参加。教員からの注意点を聞き流しながらダラダラと体育館に入場し、校歌を口パクした記憶が蘇った。
一人の人間の中に二人分の記憶があるなんてことはありえない。
でも、ありえるとするなら――『異世界転生』という文字が脳裏をよぎった。
そうなると私は死んだのかな。
いつ、どこで、なんで、だれに、どのように?
その辺りの記憶は曖昧だが、この世界がどこなのか思い当たる節はあった。
金髪碧眼の美女リリーナが登場するのは『セレナと闇の魔女』という絵本だ。
私は高校の図書室でその絵本を読んだことがある。
魔法が存在する世界でとても美しい双子の姉妹がいた。
姉は要領がよく外面は良いが、実は傲慢で影で妹に嫌味や意地悪するタイプ。
妹は明るく楽観的で、おおざっぱな性格の持ち主。姉の嫌味に気づかないタイプ。
姉が妹に意地悪をする理由は妹が世界で1番、姉が世界で2番目に美しいと言われているからだ。ちなみにそれを公言しているのは彼女たちの父親である。
物語は学園の卒業式前夜に行われるパーティーで王子様と出会い、妹が恋に落ちるというものだ。
嫉妬に狂った姉は闇の魔法を手に入れて、妹に呪いをかけてしまう。
妹は姉に呪われていることを知らず、両親に見守られながら命を落とす。
訃報を聞いた王子様が治癒師と共に駆けつけ、姉が呪いをかけたことが発覚。すぐに捕えられて牢屋に入れられてしまう。
妹は王子様のキスで息を吹き返して無事に結婚し王女となり、姉は処刑されてしまうのだ。
その際、姉は呪いの反動で世界で1番醜い姿になってしまっているから妹は姉だと気づかず、王子様と幸せな生活を送るというものだった。
絵本だから文体は柔らかく、残酷なシーンは描かれていなかったと記憶している。
ヒロインである妹がハッピーエンドを迎えたのだから、めでたしめでたしで幕を閉じて良いのだが、高校生になって物事をななめから見るようになっていた私にとっては姉が不憫でならなかった。
親からお前は2番目だ、と言われているのだからリリーナがひねくれるのも分かる。
容姿の問題だからどうすることもできないし、妹を素直に祝福もできない。
魔法に
私だったら魔法で世界一の美女にしてもらうかな、なんて考えて絵本を読んでいたことを思い出した。
「あー、なるほどね。私はあのお姉ちゃんってわけか」
状況を理解した私の元に現れた妹は同性から見ても美人だった。
「オッケー。要するに処刑されなければいいんでしょ」
このときの私はあまりにも楽観的すぎた。
◇◆◇◆◇◆
1周目。妹を溺愛し、王子様との出会いを
2周目。物語通りに進めて自分の理想通り、魔法で世界一の美女になろうとしたら妹が謎の死を遂げた。相対的に世界で1番になったが、すぐにバレて処刑されることになり、絶叫して目覚めると時間が巻き戻っていた。
3周目。卒業記念パーティーで妹よりも先に王子様に接触した。しかし、眼中に入れてもらえず、最後まで惨めな思いをしながらエンディングを迎えた。
4周目。思い切って王子様を寝とってみようと思った。お城に侵入できず、恥知らずと親に勘当された。即、やり直し。
5周目。自暴自棄になってパーティー会場で全裸になってみた。すぐに取り押さえられて病院にぶち込まれた。何も無い真っ白な部屋に閉じ込められ、検査三昧の日々に嫌気が差し、舌を噛み切ってやった。
6周目。私を辱めた王子を殺してみた。案の定、取り押さえられてパーティー会場で殺された。
7周目。起床直後に 一族郎党を根絶やしにしてみた。妹と偽って王子と接触したところまでは良かったが、婚礼の儀が面倒になってやり直した。
8周目。絵本の物語を忘れて、この世界の情報収集に全力を尽くしてみた。妹が幸せの階段を駆け登っていく隣で私は自室に引きこもり、イベントへの参加を全て断った。その結果、何も進展せずに一日目の朝に戻ってしまった。
9周目。イライラしたからとても絵本には描けないほど残虐なことをしてみた。最終的には史上最悪の魔女として名を轟かせることになり、火あぶりの刑に処された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます