第22話
セレナと一緒にパーティーホールへ入場するとクラスメイトたちから驚きの声が上がった。
それらを一切気にせずに定位置である壁際へと向かう。
途中、いつもの意地悪な令嬢に声をかけられそうになったが無視した。
セレナはいつものメンバーが待つテーブルへ行き「ドレス、可愛いね」などと、はしゃいでいた。
好きな人が居ると語っていたセレナだが、やっぱり誘われると強く断れず、接待ダンスに興じていた。
同じ学園の男子生徒たちは、これが最後のチャンスだと思うと勇気が出るのだろうか。玉砕覚悟で挑んでいる者も少なくない気がする。
途中からセレナの友人たちが男たちを選別して、お許しが出た者だけがセレナとダンスできる権利を得ていたのは見ていて面白かった。
「さて、そろそろね」
アンティークな柱時計を見上げて呟く。
私にとって緊張の瞬間だった。
もしも、ラウル王子に転生している彼が目覚めていなかったらどうしよう。
彼は一度限りのお助けキャラで、この世界でまた独りぼっちになってしまったらどうしよう。
そんな不安がずっと脳裏にちらついていた。
壁から背中を離して静かにセレナの隣に移動すると、ほぼ同時に会場の扉が開き、誰よりも先に入場したのがラウル王子だった。
パーティー出席者たちに手を振りながらゆっくりと歩き、セレナの前で足を止めた。
「美しいお嬢さん、わたしと一緒に踊ってはくれませんか?」
「は、はい! よろこんで!」
特に違和感はない。
ラウル王子なのか、それともラウル王子の顔をした彼なのか判断がつかなかった。
セレナがラウル王子の手を取ったことで会場のあちこちから拍手が起こる。
ラウル王子はそのままセレナの手を優しく握り、ダンスホールへと足を進めた。
そうか。やっぱり、私はこの世界で独りぼっちなんだ。
まるで小さな針で刺されたような気がした。
ひとたびマイナス思考になると絶望感に
やめろ。そんな目で私を見るな。
何も知らないくせに。
ただ同じ言動を取っているだけのモブキャラのくせに。私に憐れみの目を向けるな。
この場で絶叫したくなる。
唇が開いてしまわないように必死に抑えつけていると、通り過ぎたはずの手が私の手首を掴んだ。
「え?」
無意識的にうつむいていた顔を上げると馬車を降りた時と同じように笑顔を浮かべたセレナが「一緒に踊ろう」と口を動かしていた。
ラウル王子に手を引かれるセレナに手を引かれる私。
バランスを崩して一歩を踏み出すと、その勢いのままに歩き出せた。
「セレナ、こんなことしていいの!? 選ばれたのはあなただけなのに」
「ラウル殿下がね、リリーナを誘うの忘れたって呟いてたからきっと大丈夫だよ」
なんとか体勢を整え、セレナの手を握り返して並んで歩く。
ラウル王子の背中を眺めていると、彼はばつが悪そうに振り向いた。片手を顔の前に置いて申し訳なさそうにウインクする。
それで、ごめんなさいのつもりか。
心配して損した。この男はポンコツ王子で間違いない。
「へぇ。両手に花なんて羨ましい限りですね。こんな大勢の前で
「グハッ。今回も容赦ないな、リリーナ嬢」
「あれ? 殿下はリリーナをご存知なのでしょうか」
セレナからの鋭い質問をあえて無視する。
私を不安がらせた罰を受けるがいいわ。
「そりゃあね。世界に名を轟かせる美人双子姉妹の名前くらい知っているさ。きみはセレナ・アッシュスタインだ」
「まぁ! 光栄です」
歯の浮くセリフは普段から言われ慣れているのだろう。
セレナの営業スマイルはラウル王子相手にも完璧だった。
10周目は緊張した面持ちだったが、今日は私と一緒だからか普通に王子と接しているような気がする。
「いやらしい」
「聞こえてるよ、リリーナ嬢」
「失礼いたしました」
私、かなり浮かれているな。
ダンス中に足を踏まないように気をつけないと。
最初にラウル王子とダンスホールを占拠したのはセレナだった。
リラックスしたセレナは時折、口を動かしながらにこやかに一曲を終えようとしている。
それにしても周りの視線が痛い。
こういった公の場で二人の女性を同時にダンスに誘うのはあまりないことなのだろう。
隣にいる妹だけをかっさらわれて、取り残されるのも精神的に堪えるが、ダンスの交代待ちをしているのも耐えがたい時間だった。
「はい、リリーナ。交代っ」
疲労を感じさせないセレナが片手を挙げる。
軽くハイタッチして入れ替わるとラウル王子は格好つけて、「しゃるうぃーだんす?」と片言の英語を発した。
「お手柔らかに」
浮ついた気持ちを悟られないように平常心を心がけてはいるが、今日の私は上手くリリーナを演じられているだろうか。
ダンスホールへと誘われ、体を自在に操って一曲を踊りきった。
その間まさかの会話なし。
セレナとは踊りながらも話していたようだけど、私とではつまらなかったのかな。
ちょっぴりジェラシーを感じつつ、セレナの元に戻ると飛び跳ねながら拍手で迎えてくれた。
「リリーナはほんっとうにダンスが上手ね! まるで白鳥みたい」
「それって褒めてるの?」
「もちろんっ。みんな見入っちゃってたよ。ラウル殿下もずっと真剣なお顔だったから楽しかったんじゃないかな」
楽しかった?
セレナと踊っていたときの方が笑顔だったけど。
「そんなことないわ。私よりもセレナの方がラウル王子とお似合いよ」
振り向くと従者から受け取ったタオルで汗を拭く姿も様になっているラウル王子が微笑んでいた。
さっきまであんなに汗をかいていなかったはずだから、私とのダンスの方がカロリーを消費するらしい。
「二人とゆっくり話ができる場所を用意してくれ」
ラウル王子が短く指示をするとすぐにバルコニーに案内されて、小さなテーブルを囲うように三つの椅子が用意された。
テーブルの上には例によってスコーンやマカロンといった焼菓子が置かれていた。
「早速本題に入るが、わたしは父である国王から婚約者を探すように命じられてこのパーティーに参加している。この意味が分かるかな?」
緊張の面持ちでセレナが頷く。
私はそうきたか、と思いながら同じように頷いた。
「結構。だが、わたし自身あまり気にしていない。その日会った人と婚約するのは気が引ける。そこで、お二人に声をかけたというわけだ」
嬉々として語るラウル王子に対して、私たちは顔を見合わせて首を傾げた。
「俺と友達になってくれない? あ、間違えた。わたしの友人になってほしい」
またしても顔を見合わせて、ぽかんと口を開ける。
至極真っ当なことを言っているのだが、立場と文化を考えると理解しがたい発言だった。
「は、はい。喜んで」
未だに呆然としているセレナがぼんやりと呟き、ラウル王子は満足そうに頷いた。
そして、期待のこもった目で私を見る。
「お、お願いします」
二度頷いた彼は「よし!」と気合を入れて立ち上がり、白いを歯を見せて言った。
「疲れたから帰ろう! また後日、城で待っている。きみたちの好きなタイミングで来てくれて構わないぞ。使いの者は出せないが、帰りの安全は保証しよう」
颯爽とバルコニーから出て行くラウル王子の背中を見つめ、私とセレナは真顔になって吹き出した。
「変な人」
「失礼だよ。でも面白いね。お友達か、いいな〜」
彼を追うようにバルコニーからパーティーホールへ戻ると、ラウル王子は付き人を従えて「さらばだ、諸君!」とマントを翻して扉の向こう側に消えた。
「ぷっ。やっぱり変な人」
「だから失礼だってば! くふふ」
「セレナだって笑ってるじゃない」
私たちはクラスメイトや貴族たちに囲まれたが、彼らの期待した関係になったわけではないから何も面白い話を提供できなかった。
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