第31話

 11周目にセレナと二人で出かけた町へ向かう。

 あの時、何時にどの店でウィンドウショッピングをして、何時に男たちに絡まれたのか分からない。

 それに日付が合っているのかも判断する指標がなかった。

 私がセレナと話してから何日経過したのかが分からないし、11周目の何日に町に繰り出したのかも分からない。

 こんなことになるなら、きっちりと時間を確認していれば良かった。


 今の私たちに残された時間も不明。

 分からないことばかりで嫌になる。まさに暗中模索だわ。


 町に着き、過去の記憶を頼りにして店を見て回る。

 大通りを抜けて目に留まったのは、セレナと一緒に見つけたネックレスを販売している店。

 中に入ると11周目と同様にピンクサファイアとブルーサファイアのネックレスが並んで展示されていた。 

 もしかして、と思ったがやっぱりセレナはこの町には来ていないのだろう。

 そう思うと寂しさのような、虚しさのような、言い表せない感情が渦巻いた。


 今更だということは分かっている。だけど、ここで買わなければセレナとの繋がりが全て絶たれてしまうような気がして二つのネックレスを購入した。


「きみたちがナンパされたのはこの辺りなのか?」


「確か、ね」


 あの時は無我夢中だったから正確なことは何も覚えていない。

 ナンパしてきた人の顔はおろか、男二人組だったことしか思い出せなかった。


「それなら、男子二組のペアに片っ端から声をかければいい!」


「はぁ!? そんなの無理よ。今日だったかどうかも分からないのに、そんな非効率的なことをやっていられないわ」


 否定的な私の意見を無視して、ラウル王子は早速行動に移った。

 私はその姿を離れた所から見ているだけだ。

 手伝った方が早く終わることは分かっている。だけど、足が言うことを聞かなかった。


 もしも、ここであの青年の手がかりがなく、徒労に終わってしまったら?

 私は彼の言葉で再起したつもりだったけれど、空元気だったのかもしれない。ネガティブな考えしか思いつかなかった。


 彼は額の汗を拭いながら、どんどん男性に声をかけていく。二人組だろうが、カップルだろうが関係ない。ただ、人々に声をかけ続けた。

 その姿は私には眩しすぎた。

 彼は王子だ。やがて町中の人が彼の手伝いを始めた。

 小さかった声は大きくなり、いるかも分からない二人組を探し出そうと必死になっている。


 彼の圧倒的なカリスマ性と自分の無力さを痛感して足がよろけた。


 スカートが軽く舞い上がり、地面にへたり込んだと思ったが、両サイドから二の腕を掴まれて無理矢理に立たせられたのだと気づく。


「え?」


「おっと、失礼。大丈夫かな、お嬢さん。よかったら、手を貸しますよ」


「ほらな。やっぱり美人だったろ?」


 私を左右から囲う二人の男性。

 この声を聞き間違えるはずがなかった。


「あなたたち!?」


「あれ、どこかで会ったことあるっけ?」


「君みたいな可愛い子なら、忘れないんだけどな」


 手慣れた風にスルリと腰に手を回す男と正面から私の顔を覗く男。

 前後左右、どこにも逃げ場がない。

 こういう時、簡単に「大声を出せばいいんだ」と言うやからがいるが、それができれば世の中の女の子は苦労しない。

 現に私は恐怖で声が出せない。まるで声の出し方を忘れてしまったかのようだ。


 腰を抱く男は手に力を込めてそのまま直進し、正面にいる男は背後を確認せずに後ろ歩きを始めた。


 あの時のセレナは私に助けを求めた。

 相当な勇気が必要だったはずだ。少なくとも今の私には無理だ。

 いつも強がって、自分を大きく見せているリリーナと本当に強いセレナ。私が彼女に勝てるはずがなかった。


 誰か、助けて。


 11周目で門番に腕を掴まれた時も私は声を上げられなかった。

 今更、自分の弱さに気づくなんて。


 ここからの大逆転なんて期待していない。13周目に向けての悪あがきのつもりだ。

 もうどうなったっていい。

 リリーナの体を傷つけるのは心苦しいけど、抵抗する力も気力も湧いてこなかった。


「その人を放せ」


 諦めて脱力した時、後ろ向きに歩いていた男が長身の青年にぶつかった。


「あっ」


 振り向く隙を与えずに腕を捻り上げた青年は男を解放すると、私の腰から手を離した男の胸ぐらを掴み、いとも簡単に持ち上げた。


 目の前で男二人が投げ捨てられる光景を呆然と見つめることしかできない。

 震えて逃げ出すことも、感謝を述べることもできなかった。


「お怪我はありませんか?」


「あっ、ありがっ」


 上手く声が出せない。

 ありがとう、の一言も言えない自分が情けなくてスカートを握りしめる。

 しかし、青年はただ私を見下ろし、言葉を待ってくれているようだった。


「ありがとう、ございました」


「どういたしまして」


 顔を上げてお礼を述べた私に微笑む青年。

 その煌めく笑顔には間違いなく見覚えがあった。

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