17 内線電話の相手が偉い人だと一周回って冷静になれる(わけない)


「コータこれ食べる?」

「たべるー」

「美味しい?」

「おいし」


 あれから。

 マリーちゃんはよくお菓子を作ってきては僕にくれるようになった。時々あーんもしてくれる。


 ラブ? いいえ、餌付けです。


 おかしいな。こないだの雨の日のアレ、ゲームだったら好感度爆上げのスチル発生イベントだったじゃん。

 もしかしたらコメディにラブが付いてしまうかもなと思っていたのに、待てど暮らせどラブの気配がやってこない。


 泣いてなんかない。


 たぶん、今までは僕も”男”っていうジャンルに一応入っているもんだから警戒対象だったんだろう。他の人よりは薄~~~~い警戒だっただろうけど。それが、この前話した事で完全になくなった。完全に”無害”の判定。

 結果、マリーちゃんの言葉でカフィー、日本で言うところのトイプードルとしての僕が確立された。


 泣いてなんかないやい。


 いいんだ、僕の男としての価値なんてマリーちゃんが健やかに日々を過ごせるんなら紙屑同然、喜んでトイプーとして癒し枠に収まるよ。


 ごめん、やっぱ一回泣いていい?


「……あ、不備」

「またぁ?」

「最近多いな」


 そんなあれこれ考えながら仕事してたら、申請書の不備を見つけてしまった。


 明らかにミスってわかるスペルの間違いとかならまぁ黙って目を瞑るけれど、そうじゃないのは担当者さんに問い合わせないといけない。転生先の住所とか、間違えたら大変だもんね。

 日本でいうところの上野と下野、青梅と青海、日本橋にほんばし日本橋にっぽんばしみたいな。上と下、木へんとさんずい、読み方間違えただけでえらいこっちゃになっちゃうやつ。

 他にも申請書の大切なところ、たとえば魔力付与の有無にチェックがついてなかったり、酷いのだとどこの世界への転生なのかを書き漏れていたり。


 申請書をスキャナーで取り込んでメールに添付して指摘、返信を待たなくちゃならない。でも、待ってる間にも”申請後五営業日”の期日はどんどん迫ってくるワケで。


「上司の承認もらってるハズなのにね」

「いかに何もご覧になっていないかが分かりますわね」


 それなー。ほんとそれなー。

 ダブルチェックが意味をなしてなさすぎんのよ。いや、ほとんどのチームの人たちはちゃんとやってると思うよ。一部の人たちってことはわかってる。


「お、これはいけそう」


 どこぞの世界が聖女さまをご所望だ。

 ていうか「百年に一度の瘴気の大量放出期が迫り聖女が必要だが、当世界では聖女の素質を持つ者がいなかったため」とか、それこの前似た話を聞いたところなんだけど。


「どこの世界も聖女を欲しがる理由って似たようなもんだよね」

「ま、自国にいたらそりゃそっち採用するか」


 世界名「地球」

 国名「日本」

 生死「存命」→死亡時期「十四日後~一年以内」

 年齢「十五歳~二十五歳」

 性別「女性」


 転移だね。魔力はもらえる、しかも結構強大な魔力。転移先は教会の魔方陣の上。

 じゃあ瘴気を防ぐ結界とか張るのかなぁ、って、「聖女がいるだけで結界は保たれるので、できれば医療知識のある人が望ましい」かぁ。なるほどね~。


「いや分からん」


 医療知識て。どの分野のこと言ってんのよ。

 あんな専門知識しかないようなところ、ジャンル分けされてないとでも思ってんのか。


「そういう世界はよくあるぜ?」

「うっそでしょ……」

「俺のとこもそうだったし」

「ええぇ……」


 されてないんかーい。どういう事なのよ。まほうのちからって、すげー! ってやつか。そういう事か。


「わかんない……」


 こういう時は聞く。ちゃんと聞く。

 だってマジで分からんし、それに分からんままやって後から文句言われたらやだもんね。


「……あ、お疲れ様です。異世界課の山本と申します。転移申請の件でお聞きしたいんですが、今お時間よろしいですか?」


 幸い担当者さんは内線に出てくれた。すぐ済みそうだやったね。


「医療知識のある人をご希望という事でしたが、具体的にはどんな医療が必要なんです? ……あー、ええと、病気か、怪我か、それとも薬の知識か……え、全部? 全部……だと……もしかしたら日本の人間じゃない方が……」


 全部か~。うーん、なんか日本人ってなんでもできると思われてない? そんなことないよ?


「日本だと医療は専門分野ごとに分かれているので、病気は分かるけど怪我は専門外だったりするので……はい、えっと医療の知識の他に日本人を希望した理由はありますか? ……あー、ごはん……あ、なるほど、兵士たちの。じゃあ携行用とか保存食とか、炊き出しとかってことですかね」


 な~るほどね。瘴気の災害がくるからそれに備えたマジの人材確保だったわけだ。


「……ちなみに、女性じゃなきゃダメですか? あ、ダメ。聖女じゃなきゃ結界が保たれない。……うーん、ちょっと日本というか地球以外からも探してみて大丈夫ですか? はい、見てみますね。もしかしたらまたご相談させていただくかもしれませんが……。はい、よろしくお願いします。はい、失礼します」


 うーん、これもう二人転移させた方がよくない? 聖女さまと医療関係者。炊き出しとかの経験がある女性と、別の世界で総合医療知識のある人。本気で困ったらそういう相談してみよ……。


「難しいなぁ」

「聖女の魔力も万能なわけないのにね」


 ひとりで何でもできると思わないでよね、というのは元聖女さまの談。

 それはほんとにそう。

 

  


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