14 ミニスカートとハイヒールには脚立がよく似合う



「よし、これで全部ね」


 ランスくんがどさりと下ろした段ボールを確認して、チーフが頷く。ここは会社の倉庫。日々の業務でたまった書類を置きにやってきた。


 書類、つまり転生と転移の申請書なんだけど。

 マァすぐに溜まること。なにせ申請件数が多いんだもの。ペーパーレス化できればいいんだろうけれど、そういうのってなかなか進まないんだよね。お金と労力の問題で。


「ここに置いておけば、あとは業者さんが持っていってくれるわ」

「わかりました」


 うちの部署名と通し番号を書いたシールをぺたりと貼っておけば、ここから勝手に外部倉庫へと運ばれていく仕組みなんだそう。うん、なんともアナログでわかりやすい。


「ついでに売店でお菓子買ってこーよ」

「あら、いいわね」

「私もお茶を買いたいですわ」

「軽く食えるもんでも買うかな」

「じゃ僕も行くー」


 結局みんな仲良くちょっとだけ仕事をサボって売店へ。部署でお留守番してくれてる課長にもなんか買っていってあげよ。仲間はずれいくない。


 ガラガラと空の台車を押して、倉庫から売店へ向けて歩き出した時だった。


 

「あァら、異世界課の皆さん」



 なんか来た。


 なにあれ。なんかざっざって音がしてるんじゃないかって思っちゃうくらい足並み揃ってるんだけど。そんな五人のお姉さんたち、近づいてきたら全員すごく美人さんだった。

 でもなんていうか、その、


「うわ出た意識高い系地雷女軍団」


 ああ~~それだ~~。全員美人だしスタイルもいいんだけど関わっちゃいけないって第六感が叫んでる。

 ていうかマリーちゃん、聞こえたら面倒臭そうだよ。特にあの一番前にいる……えっと、


「相変わらず下品なお化粧ですこと」


 ああ~~シャルロッテちゃんもそんなはっきり……。僕くらいの年代の言葉だとケバいって言うんだけど、今時なんて言うんだろうなぁ。

 それにしても、高級デパートの一階のにおいっていうか、授業参観日のにおいっていうか……


「どんな言い方しても一緒だろ」


 マァそうなんだけど一応さ! ほら、配慮は必要でしょ。いろんな化粧品と香水の混じったにおい、別に臭い訳じゃないんだけど妙に鼻に残るよね。


「あら、秘書課のみなさん」


 チーフがお姉さんたちに向かってにっこり……あっ目が笑ってないや……。

 ていうかこの人たち秘書課なんだ。この一番前の、いかにも「できる女です!」って言わんばかりの人はわかるけど、後ろにいる黒髪ツインテールとかゆるふわピンク髪とかも秘書課なの? 偏見かもしれないけど大丈夫なのそれで?


「そんな所からお揃いで出てくるなんて、相変わらず地味な仕事をしているのね」

「書類の保管は大切なことよ」

「私たちはこれからミーティングが二件、そのあと接待もあるのよ。大変だけど仕事っていうのはこのくらい充実してなきゃダメよね」


「ねぇさっき売店でお菓子買うとか言ってなかった?」

「言ったけど?」

「きゃぁ!やっぱり~!いいなぁマリーさん痩せててぇ。わたしなんてこの前体重計乗ったら五百グラムも増えててぇ」

「あっわたしも~。この間専務からすっごい高いお菓子もらって食べちゃったでしょ?あれのせいだと思うんだよね~」

「うん、絶対それだよね~!」


「シャルロッテさん、ごきげんよう。あら、素敵なワンピースですこと」

「ごきげんよう。貴女の服も素敵ね」

「ええ、今日は夜に接待があるの。貴女のような薄くて動きやすそうな服が羨ましいわ」

「いつそんな予定が入るかも分からないから、私たちいつだってこのような格好を心がけておりますのよ」



 こっっっっっわ。


 なにこれ怖すぎん? 近寄らんとこ……って言いたいところだけどすぐそこでやってるんだよなぁ。


 こういうの、アニメとかドラマとかでたまに見るけど本当にあるんだなぁ。オフィスもののドラマでさ、主人公は弱小部署の所属でそこに突っかかってくるキラキラエリート部署のライバルキャラ。主人公はそれをさらりと躱して……。


 ……脚立……倉庫にあったな……。


 チーフが持ってみたらそれっぽくなるんじゃないかな、ミニスカートだし。昔あったよねそんなドラマ。


「コータ、動くんじゃねぇ。死ぬぞ」

「あ、うん?」


 チーフに脚立持ってみてほしすぎて身体が勝手に倉庫の方に動いてたみたい。

 ……えっ死ぬの?


「いいか、俺たち男はこういう争いに全くと言っていいほど無力だ。もし標的がこっちに向いてみろ。お前は太刀打ちできるか?」

「それは……」


 想像してみる。あの嫌味な口撃が僕に。

 ……あっ無理やめて! ちくちく言葉はいけないんですよ!


「そう、あれに当たれば即死だ。そんな俺たちにできるのは逃げること。わかるな?」

「う、うん……」

「逃げる事が生きる事に繋がる事もある。逃げる選択ができるやつが生き延びる。最後まで生きてるやつが勝ちなんだ。戦いってのはそういうもんだ」

 

 こくこく頷く。

 さすが、魔王を倒して世界を救った元勇者様の言葉は重みが違う。ここは魔王城でもダンジョンでもなく会社の廊下だし相手は魔属でもモンスターでもなく秘書課のおねえさんたちなんだけどそんな事は知ったこっちゃねぇと言わんばかりの緊迫感。

 僕たちは目配せして、そろりと壁際に寄る。


 空気だ、空気になるんだ……!



 


「何をしていらっしゃるのあなたたちは」

「はっ……!」


 いつのまにかシャルロッテちゃんが目の前にいて、あの秘書課集団はいなくなっていた。

 ランスくんを見上げる。頷かれる。


 やった……!危機は去ったんだ……!


「あーめんどくさかった!さ、売店行こ!」

「ええ、まったくですわね」


 さっさと歩きだすマリーちゃんとシャルロッテちゃんに続く。途中からあんまり聞いてなかったんだけど、どういう展開だったんだろ。


「ああいう自己顕示欲の塊みたいなのは軽くあしらっておけばいいのよ。こっちの話なんて聞かないし、何か言おうものなら拘束時間が長くなるだけだからね」

「そういうものですか」

「そういうものよ」

「女は大変だな」

「まったくよ」


 チーフもやれやれ、と苦笑している。

 あの人たち、きっとこの三人にライバル意識的なものをもってるんだろうなぁ。それでマウントとろうとしてるけど相手にされてないっていう……。


「ランスくんはこういうの慣れてるんだね」

「ああ……パーティには女もいたからな」

「……大変だったね」


 ランスくん、顔もいいし優しいし勇者の地位もあるからモテたんだろうなぁ。今まで聞いた話から正統派RPGみたいな生き様してたと思ってたけど、もしかしてハーレム系の世界線だったのかな……。あれは主人公の勇者がそういう性質だから成り立つものであって、性格が合わないととんでもなくツラいだろうなぁ。


「正直、魔王と戦う方が楽だったな」

「そんなに」


 


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