18 擬態ってレベルじゃなくない?
ある日のこと。
所用で席を外していた僕が戻ろうとしていたら、なんだかすごい怒鳴り声が聞こえてきた。
「うわ何こわ……」
「いま近付かない方がいいよ」
「え、でも……」
あの声、うちの部署の方から聞こえるんだけど。
遠巻きに眺めている人たちの間から顔を覗かせてみたら、やっぱり騒ぎの中心はうち。ていうか、
「シャルロッテちゃん!」
「わーバカ、行くな行くな」
なんか怒鳴ってる人の前にいるのはシャルロッテちゃんだった。え、他のみんなどこいった? なんでいないの?
「あの、離してください」
「お前みたいなのが行ってどうすんだよ」
「でもシャルロッテちゃんが。それに僕の部署なので」
「あ、もしかしてお前か異世界課の元奴隷ってのは。こんなにちっこいのに大変だったな」
違います。いやそれはまぁ僕の事だから違わないんだけど違います。
ってそうじゃなくて。
たぶん親切心だろう、騒ぎの中心に飛び込もうとしてる僕を羽交い締め……抱え……だっこ……しているお兄さん。なんでみんなこんなに大きいかな。足がつかないんですけど。
「あ、」
シャルロッテちゃんこっちみた。お兄さんに抱き上げられてじたばたしている僕をちらっとみて、小さく首を振った。
「ほらな」
「あう……」
戦力外通告されました。
そこで大人しくしてろ、と絶対零度の視線を寄越されちゃお兄さんの腕のなかでしょんもりするしかない。
僕ってそんなに頼りないかなぁ……。
「お手間をおかけしましたわね」
「いや、いいよ。君も大変だったな」
あのあとすぐ、怒鳴り散らしていた人は去っていって僕はお兄さんからシャルロッテちゃんに引き渡された。
僕は保護された犬か何かなんだろうか。
どうやらお兄さんは転移の申請書を出しに来たどこぞの世界の
「さっきのアイツな、俺も噂しか知らねぇが結構やらかしてるヤツみたいでな」
「あの人も管理部なんですか?」
「そうそう。どこの世界の管理なのかは知らんがさっきみたいに怒鳴り散らすわ手も足も出すわ、そのうえ担当してる世界の管理も杜撰らしい。関わるなって管理部じゃ言われてるんだ」
「ほぇ……」
天国にもそういう人っているんだなぁ。いい人たちばっかりかと思ってたや。
「君たちみたいな移住者はそうだけどねぇ。もともとこっちで生まれたのはそういう訳にはいかないんだぁ」
ぽやぽやと課長が席に戻りながら話す。
うん、課長いたんだ。小さすぎて見えなかっただけだった。ていうか実はさっきの人とシャルロッテちゃんの間にいて、対応してたのは課長だったらしい。だからみんな、女の子が一人でアレに対応してる訳じゃないって分かってたから遠くから見るだけだったんだね。そりゃそうか。
……えっ、課長のほうが僕より小さくて弱そうに見えるのに、僕より頼られてたの?
僕って……皆からいったいどんな風にみられて……?
「ところであの人は何であんなに怒ってたの?」
「転移申請の手配がされなかったとかで」
「え、漏れ?」
「いいえ、不備で送り返したのをご確認なさらなかっただけですわ」
「あぁ~……」
しかも、不備の問い合わせへの返信が来ないもんだから再メールもしたし内線だってかけていたらしい。不在だったけど伝言は頼んだとのこと。
うーん、それはもうあっちが悪いよね。
「――――ってことがあったんだ」
「そりゃお疲れさん。大変だったな」
「ロッテ大丈夫だった?」
「ええ、課長がいましたから」
本日の業務も終わり、定時でタイムカードを切った。僕とランス君、マリーちゃん、シャルロッテちゃんの四人で晩御飯でもいこうかと今日の事を話しながら廊下を歩く。
僕は結果みてただけだから、特に大変なことなんてない。けど、シャルロッテちゃんは真正面からあの怒声を浴びてたわけで。いくら課長が対応してくれてたからって、平気なわけないよねあんなの。
「そんなに酷かったのか」
「うん。フロア中に――――あ、」
「………………面倒ですこと……」
珍しく、シャルロッテちゃんが本気で嫌そうなため息をついた。ああ~~~~~面倒事がやってくる~~~~~。
「テメェよくも俺の前に顔出せたもんだな!!」
「……これ?」
「ええ」
マリーちゃんとシャルロッテちゃんがちらりと言葉を交わす。廊下を歩いていた関係ない人たちを突き飛ばしながら突進してきたその人はまっすぐシャルロッテちゃんに向かってくる。
とっさに僕とランス君が間に身体を滑り込ませた。
「俺はその女に用があるんだ!!どけ!!」
「ぼ、僕たちだってその子と同じ異世界課ですよ」
「そうだ。だから彼女に言うのも俺たちに言うのも変わらねぇよ。それともお前は自分より弱くて小さいヤツにしかイキれねぇようなクズなのか?」
「ああ!?」
わーーーランスくん煽りよる。でもまぁ、その人の後ろで突き飛ばされた人たちはどうみても女性かその人よりも年下っぽい人たちだけ。うーん、小せぇ男だな。
「聞いたぜ、転移の人材が用意されなくて怒鳴り来んできたんだってな」
「そうだ!お前らが仕事をサボったせいで俺の世界がなくなったらどう責任とるつもりだ!!」
「書類不備のメールをしましたよ。返信が頂けなかったので申請が通らなかったんです」
「そんなもんはお前らが直しゃ済む事だろうが!!そんな事もできねぇのか!!」
「はぁ?そんな適当な事できるわけないでしょ。人の人生がかかってんのよ」
「俺には関係ねぇだろうが!!」
「よくもそんな事が言えますわね」
「本当にねぇ」
のほほんとした声が後ろから聞こえた。
思わず振り返るとそこには誰もいない……いや、
「あ、課長」
「うん。お疲れさまだねぇ」
シャルロッテちゃんのすぐ後ろに、課長がいた。小さすぎて見えなかったし、いつの間に?
「君にはさっき全部伝えたと思ったけど、まだ理解できていなかったのかなぁ」
「ああ!? そもそもお前らが仕事しねぇのが悪いんだろうが! ぐだぐだ言ってねぇで人間寄越せよ!!」
「そっかぁ。なんにも理解してないねぇ」
「んだと!?」
「いッ、」
「コータっ」
課長に向かって吠えたその人の腕がぶんと振られる。そのとばっちりを受けたのは、その目の前にいた僕。腕が方にぶつかった衝撃で真横によろけて尻餅をついてしまった。
「いたた……」
おしりが。
うーん、油断したぞ。課長の登場に気を取られてた。思いきりぶつけたお尻が痛すぎる。割れちゃう……。
「ちょっと!コータになにすんの!」
「品性の欠片もありませんわね」
「あ、いや、今のは……」
肩にぶつかった腕はぜんぜん痛くなかった。そもそもぶつけようと思ってやったことじゃないだろうし。僕が気を抜いてて思わずよろけちゃっただけで。
「弱いヤツにしか手も出せねぇのな、お前」
「こいつが勝手に吹っ飛んだんだろうが!!」
「あの……」
うん、そうです。本当にそう。
ていうか今ランスくん弱いヤツって言ったね? いや勇者やってた君からすればたいていの人は弱いだろうけどさ。
そんなことより無駄な争いを止めなきゃと、よいしょっと立ち上がる。
その時だった。
「本当に、何を言っても分からないみたいだねぇ」
ひやりと冷たい空気が流れた。
課長のいつものゆったりとした口調、でもその声は暗く沈んでいた。ぞわりと鳥肌がたつ。どうして。
「やべ、」
ランスくんの短く焦った声。はじめて聞くその声に顔を上げれば課長が視界に入る。
課長の小さい身体からにじみ出る黒い靄が。
ぼこん、と音がする。
ぼこん、ぼこん。課長から。
ぼこん、とひときわ大きい音がして、課長の腕が膨れ上がった。まるで沸騰するように膨れてはぜる。黒い靄を出しながら。
腕が、背中が、首が。ぼこんという音とともに膨れて爆ぜて、そのたびに黒く大きくなっていく。
僕の腰の高さもなかった課長が、座り込んでいるとはいえ見上げるほど、
べしゃっ
「ヒッ」
足元。課長から飛んできた真っ黒な泥のようなものが音を立てて落下した。
じゅう、と煙をだして床が溶ける。
「コータ!!」
「ぐえっ」
弾かれたようにランスくんが駆け寄ってきて、タックルするように僕を抱え上げた。肩が見事にみぞおちに入ってつぶれた蛙みたいな声がでた。
ランスくんはそのまま固まるシャルロッテちゃんも同様に担ぎ上げて走り出す。
「マリーは走れるな!?」
「うん!」
担がれて後方、課長が、課長だったものが見える。
黒く、どろりと溶けて動くたびにべしゃりと落ちる身体の一部。腕のようなものを動かした拍子にそれが勢いよく飛び散った。
こっちに、
「――ッ!」
しゃん、と軽い鈴みたいな音。
真っ白な光が僕の目の前に、まるでカーテンのようにふわりと降りて飛んできた泥を弾いた。
「ああもう!」
マリーちゃんが悪態をつきながら走る。走りながら祈る。そうしてできた光のカーテンは聖女の防壁。黒いものが飛んできては光に当たって弾かれる。
「あ、」
シャルロッテちゃんが声を上げた。
僕と同じく、ランスくんに担がれて後方をみているシャルロッテちゃんが。
光るカーテンの向こう。
課長だったものの腕が延びて、あの人を、さっきまで怒鳴り散らしていたあの人を捕まえてがぱりと口をあけてそれで、
悲鳴もろとも、飲み込んだ。
「二人とも大丈夫か」
「回復かけるね」
ぽわ、と光に包まれる。あったかい。
廊下を引き返してとりあえず異世界課のデスクまで戻ってきた。
僕とシャルロッテちゃんはもう身を寄せあって震えるしかない。ふたりともなんで平気なの。ああ、元いた世界で魔王とか魔物とかと戦ってたんだっけ。そっかぁ……すごいね……。
「あの人、食べられちゃった……」
「ああ、それなら大丈夫だ」
「そうなの?」
「課長だってさすがに殺しはしねぇよ。ちょっとしたら吐き出すさ」
それって大丈夫なの……?
いくらモグモグされてペッされるだけだったとしても僕だったら一生のトラウマになるんだけど。
でもまぁ食べられちゃったわけじゃなくて安心した。僕の弱さが人を殺してしまうところだった……。
「アイツもこれで懲りるでしょ。あ、課長のアレに触ったところでそんな怪我もしないと思うよ。アイツだってここの出身なんだし」
「床溶けたのに……? 天国の人頑丈すぎでは……?」
「マリーはよく知ってますのね」
「前にも一回あったからね。ね、ランス」
「ああ」
二人とも課長のあれをみるのは二回目らしい。なるほどね。だからそれほど驚かずに対処できたわけね。
僕も次は…………いや絶対無理。あんなん次も絶対腰抜かす。
次の日、課長は普通にいつものちっちゃいおじさんの姿で出社してた。
そして課長のアレは社内じゃわりと有名らしい。
なるほど、そりゃあ僕なんかよりよっぽど頼りになるよね……。
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