19 伸びしろしかない



 前回の事があって、僕は思った。


 僕、弱すぎない……?


 今さら? 今さらだよそうだよ。でもさ、いくら天国のひとたちが強くて頑丈でも、ちょっと腕が当たっただけでコロンてひっくり返る僕っていったい何だって思ったわけだよ。


 トイプーか。トイプーなのか。


「正直ゼオガスの幼獣のほうがまだ強い」

「そんなに」


 なんてこった。

 でもゼオガスって魔獣(トイプードルのすがた)でしょう? そりゃ魔獣だったら幼獣だったとしても強いのでは。


「ほぼ愛玩用だぞ。室内飼いの」

「ただのトイプーだった」


 そっか、そっかぁ……。

 僕ってばトイプー以下かぁ……。


 そんな弱すぎる僕は、一念発起して身体を鍛えることにした。

 ランスくんに相談して、彼のいつも行っている鍛練場に連れていってもらう約束をした今日。


「さ、着いたぜ」

「おお、ここが……」


 正直ちょっとワクワクして前日寝られなかったよね。

 だって元勇者さま御用達の鍛練場だよ?

 どんな猛者たちが集っているんだって思うじゃん。そんなの見学するだけで楽しいに決まってる。きっと剣とか魔法とかが飛び交って、目の前で大スペクタクルが巻き起こることだろう。


 そんなことを思っていた頃もありました。


「ジムじゃん……」


 駅前とかにあるやつじゃん……。


「すごいだろ? 天国にきて初めて知ったんだ。こんな便利な所があるんだな」


 うん、地球産だね……。


「風呂もついてるんだぜ」


 知ってる。




 入ったところのカウンターでまず会員登録をして、入会金はランスくんの紹介でタダ。ありがとう助かる。そんでロッカーでTシャツとハーフパンツに着替えて、貴重品は専用ロッカーに入れて飲み物とタオルを持って。


 うん、ジムだわ駅前とかにあるやつ。


「初回だからガイダンスなんだね」

「ああ、健康チェックからだな。それから基本的な器具の使い方説明と一緒にどれだけできるかのデータをとるんだ」

「悪いねランスくん、付き合わせちゃって」

「心配だからな」


 どんだけできない子だと思われてるんだ。


「それに、トレーナーは知り合いだしな」

「そうなんだ。友達?」

「ああ、ここで会って」


 それならちょっと安心かも。正直不安だったんだよね、僕体力もなにもないから。ランスくんもついててくれるし、これなら……。


「よぉランス! よく来たな!」

「ああ、ガルム。今日は頼んだぜ」

「任せろ! そんでご新規さんは……」

「ここだ。コータ」

「……こ、コンニチハ……」

「おお? ……お、お……?」


 なんとか挨拶したものの、僕はランスくんの背中にへばりついて震えた。


 だって、虎!!! でかい虎!!!


 体長二メートルを越しているであろうガチモンの虎。お洒落なジムのロゴが入ったTシャツとハーフパンツを身に付けた二足歩行の虎。なんでか知らないけど僕のまわりを「お……?」って言いながらぐるぐる回ってる。

 まわりながら、上から下まで舐めるように見られてる。


「おお……」

「ヒッ」 


 そ……、と虎の腕? 前足? が当てられた。そのまま肩や背中に押し当てられる肉球。ランスくんは「ほらだから心配だって言ったろ」みたいな顔してる。


「……ケテ……タスケテ……」

「食われる訳じゃねえよ。ガルム」

「お、おお! スマン! 今まで会った人間のなかで一番貧相だったからつい」


 ひ、貧相っていわれたーー!!

 お前なんか食う所ねぇよってコト!?


「坊主、飯はどうした? ちゃんと食ってるか?」

「あーガルム、こいつはこれで子供じゃねえんだ」

「えっ。あっ、小人族……にしちゃでかいし、人間って聞いてたが」

「地球人の成体だ」

「うっ……そだろ……」


 嘘っていわれた。

 こうなったら大人の意地をみせてやるんだ。さっき受付で登録したプロフィール用紙だって大人だからちゃんと渡せるもんね。

 怖くなんてない。この震えは武者震い。いいね?


「三十二歳……まじか……じゃあとりあえず身体測定から……」


 身体測定かぁ。体重はともかく、身長測るのなんていつぶりだろ? 高校生くらいかな、ちょっとくらい伸びてないかな。


「えー……百五十三……」

「縮んだ……!」

「ちなみに元は?」

「十八歳のとき百五十四だった……」

「誤差じゃねえか」


 ランスくんはちっともわかってない!! 僕みたいなのにとって一センチは死活問題なの!!


「次、体重は……お、ぉ……四十五……」

「あ、ちょっと増えた」

「どうりで軽いと思った……」

「こっちに来てたくさん食べてるからかなぁ」


 マリーちゃんからお菓子もらったりするし、そもそもこっちに来てからご飯を食べるようになった。生きてる頃じゃなくて、死んで食べる必要がなくなってからの方がきちんと食べてるんだから皮肉だよね。あっ、だから死んだのかあっはっは。


「いや笑えねえよ」


 データが出るたびにガルムさんの元気がなくなっていくんだけど。「骨と皮……内臓は……あるのか……?」ってぼそぼそ聞こえるんだけど食べられる訳じゃないよね?

 

「なんでこんな事に……」

「マ、簡単に言うと元奴隷だな」

「ちが」

「誰だそんな事する奴は俺がブッ殺してやる!!!」

「ひゃわーーー!」

「コータ!」


 ごろごろごろ、ごん。

 ガルムさんが思いっきり大音量で吼えた。至近距離でそれを浴びた僕はひっくり返って転がって壁にぶつかった。

 虎の本気の咆哮、圧がすごい。


「す、スマン!!大丈夫か!?」

「気を付けろガルム。コータはゼオガスの幼獣よりも弱いんだ。綿毛だと思った方がいい」

「なんてこった……」


 僕ランスくんに綿毛だと思われてたの?

 そこまでじゃない……と、思いたいけど元勇者さまにしてみたら僕なんて吹いて飛ぶ綿毛と同じなんだろうか。


「本当にスマン。痛くないか?」

「あ、はい、大丈夫です」


 ガルムさんの耳がもっとぺしょーんと伏せられてしまった。僕に向かって手を出したりひっこめたりしてるのは、助け起こしたいけど触ったら潰れて死ぬと思われてるんだろうな……。

 うーん、いい人。


「ありがとうガルムさん」


 伸ばされた手を捕まえて、よいせっと立ち上がる。

 わぁ肉球むにむに。



 

 さぁ気を取り直して、さっそく運動器具の説明へ。

 まずはランニングマシン。


「ここで早さが調整できるんだ。少しずつ速度を上げていくから、ジョギングのペースになったら教えてくれ。記録するから」

「んー……あ、このくらいで」

「徒歩だな」

「君たちとは歩幅が違うんだよぉ!」


 次、エアロバイク。


「……足が……届かない……」

「あーあっち、あっちに小さいサイズのやつが……」

「なんたる屈辱……」


 次、チェストプレス。


「重さは……」

「一番軽いのだろ」

「だよな」

「失礼な!」


 次、ラットプルダウン。


「昔、ぶら下がり健康法ってのがあってね……」

「それが何かはわからねえが、絶対違う」

「ケツ浮いてる……」


 次、レッグエクステンション。


「ピクリともしない……だと……!?」

「その棒っきれみたいな足じゃな……」

「三ヶ月後くらいにはできるようになるもん!」



 と、まぁそんな感じで器具の使い方の説明と初期値の記録をしていったんだけど。

 ついに発見してしまったよね、アレを。


「ねぇ、あれ。僕あれやってみたい!」


 そう、ベンチプレス……!


「今まで何も持ち上げられなかった奴が何言ってんだ」


 いやいやいや。それはそれ、これはこれだよ。だってあれ、憧れるじゃん。ちょっとくらいやらせてくれたっていいじゃない。さきっちょだけ、さきっちょだけでいいから。


「あー……じゃあとりあえずここに寝て……」

「わぁい!」

「おいガルム。大丈夫なのか」

「とりあえず一番軽いの……いや……うーん……」


 ガルムさんの腕が、重りの前で行ったり来たり。そこにあるものの重さをちらりと確認して、女性や小さい人向けのコーナーへ行き、重さを確認して難しい顔をして……


「これで」

「棒」


 棒だけだった。重りなし。

 いやいやいやいや、流石にね? 流石にそれはちょっと僕の事舐めすぎでは??


「できる……か?」

「流石にこれは僕だってできるよ! 見ててよね! ほら…………ぅん……?」

「無理すんなって」

「無理じゃないってば! うぐぐ、」


 できる。いやいやできるってば。

 流石に棒だけも持ち上がらないなんてことはない。はず、だもん。

 

「がんばれコータ!」

「うぎぎぎぎ」

「おっ、お……!上がりそうだぞ!」


 うぉぉぉお!

 唸れ僕のなけなしの筋肉!!


「ふぬーーーーーー!!!!」


「上がったーーーーーー!!!」

「おおおおお!!!」


 かちゃん。

 ちょびっとだけ持ち上がった棒はガルムさんの補助で無事に置くことができた。


「や、やったーーー!!!」

「凄いぞコータ! よく持ち上げたな!」


 ランスくんが僕を抱き上げてくるくる回る。ガルムさんがさらにそのまわりをぐるぐる走る。

 そしていつの間にかできていたギャラリーから拍手喝采が巻き起こった……!


「いやナニコレ」


 棒を持ち上げただけで祝福されるってなに?

 

「じゃあ記録しておくな! ベンチプレス、棒のみっと……で、これをデータベースに……」

「記録……しないでほしい……」

「できたぜ。お……おお……これは……」

「どうした?」

「他の全支店の顧客の中で……最下位……」

「マジかよコータ」

 

 天国で一番弱い事が証明されてしまったな……。




 

「それにしてもチキュウ人にも色々いるんだなぁ」

「ガルムさん、地球人の知り合いいるの?」

「ああ、ここのジムに通ってるオッサンがチキュウの……ニホンって言ってたっけな」

「えっ僕も日本だよ!」

「お、そうなのか?」

 

 まさかの同郷! 僕もここに通ってたらいつか会えるかな。たまに日本の人とお話したくなるんだよね。まぁ時代が違ったりするから、さほど同郷の人と話してる感じは薄いんだけど。(例:道真さま)


「あのオッサンすげぇからさ、ニホン人ってのはみんな強いもんだと思ってたぜ」

「そんなにすごい人なんですか」

「おお、このジムでトップクラスだよ。イエヤスさんっていうんだけどな」


 イエヤスさんね。へぇー。そんなに凄い人が……


 

「戦国武将と一般人を一緒にしないで!!!」


 

 いるの!? このジムに!?

 徳川家康ジム通ってんの!?!?


「コータ知ってるのか? 俺もイエヤスさんとたまに剣の手合わせするけど、すげえ人だよな」

「ランスくんも知り合い!? 手合わせ!?」


 この子、とんでもないことしてる!!

 

 ていうかやっぱりこのジムとんでもない所だったんだ。歴戦の猛者たちが集う伝説の鍛練場だったんだ……!




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