20 悪役は悪人ではない
「よいせっと」
「お疲れさまです」
「うん、シャルロッテちゃんもありがと~」
書類を倉庫に積んで、任務完了。
ふふん、最近の僕はちょっと力もついてきた気がするんだ。なにせジムに通っちゃってるんだからね! まぁいまだに最弱なのは変わらないけど、これからこれから!
「さ、帰ろ」
台車を押してくれているシャルロッテちゃんを通すため、ドアを開けて……
「あれ?」
開かない。いやいやいや。
「どうしたんですの?」
「開かない……」
がちゃがちゃ。いくらドアノブを捻ったところで前にも後ろにも横にも動いてくれないドア。シャルロッテちゃんも同じようにドアノブに手を掛けたけれど。
「開きませんわね」
「僕ちゃんと札を作業中にしたよね?」
「ええ、してましたわ」
「ドア閉まらないようにロックかけたよね?」
「ええ、かけてましたわ」
倉庫に入るときは、ドアの前にかかっている札を作業中にくるんして、ドアが閉まらないようにロックしてから。なぜならこのドア、内側からは開かない仕組みになっているから。
そんな基本を忠実に守っていたというのにこの仕打ち。
「コータさん、携帯端末は?」
「デスクに置いてきちゃった……」
「私もです」
二人揃って携帯を不携帯。こんな時に限って。だって書類を倉庫に置いたらすぐ戻るつもりだったもん。五分くらいの予定だったもん。
「マジかぁ……」
これはつまりアレだ。
オフィスものでよく見る倉庫に閉じ込められる展開のやつだ。
「騒いだってどうにもなりませんわね」
一応、ドアをこっちからコンコンコンコン叩いてみたけど無駄な作業だった。倉庫の前なんか用事がない限り誰も通りかからないからそれはそう。
そのうち、帰ってこないのを心配したマリーちゃんかランスくんが探しに来てくれるはずだと信じてる。
「うーん、暇になっちゃったや」
「貴方は少し休憩なさったら?」
なにかおもしろいもの置いてないかな~と倉庫を探検しようとしたら、シャルロッテちゃんからじとりとした視線をいただいてしまった。
「働きすぎで身体を壊したらどうするの」
「この程度なら何の問題もないよ」
むしろどうやって体調を崩すっていうのさ。毎日八時半にゆっくり出社して、お昼ごはんだって食べれて、定時かほんの少しの残業で帰っているというのに。しかも週に二回もお休みの日があるんだよ。生きてた頃と比べたら信じられないくらい仕事してない。
「貴方の生きていた頃と比べたらそりゃあそうかもしれませんけれど。今だって私たちよりも沢山の申請を処理していらっしゃるでしょう。ついこの間入社したばかりなのに」
「うーん、慣れかな。仕事慣れだよ」
こう見えて社会人を十年やってたんだもの。そりゃあ「会社で働く」事には皆よりも慣れている。備品だってパソコンだって、どういう訳だか地球で使ってたものと一緒だし。
「僕からしたらシャルロッテちゃんの方がよっぽどすごいと思うけどなぁ」
「私ですか?」
元々は公爵家生まれのゴリゴリのお嬢様だ。そんなお嬢様が会社で事務仕事なんて世界がまるで違いすぎる。
「あら、そんな事もなくってよ。机仕事はしてましたもの」
「えっそうなの?」
「ええ……元婚約者の手伝いを少し」
シャルロッテちゃんの元婚約者って、たしか国の第一王子だったような。それが男爵令嬢と……
……あっ(察し)
「それにさ、生活だって……きっと前はぜんぶ誰かがやってくれてたでしょ?」
「それはそうでしたけれど」
「今はぜんぶ一人でやってるじゃん」
「けれど、はじめの頃はマリーやチーフに随分と手間をとらせてしまったんですのよ」
「そんなの当たり前だよ、やったことなかったんだから」
誰だってはじめからすべてできるわけじゃない。服すら一人で着たことがなかった子が、半年で立派に一人暮らしをしているって凄いことじゃない? 食べ物は買うことができるし、僕たちは食べなくったって平気な身体になったけれど、掃除や洗濯は必要だろう。
それだって誰かにやってもらうことはできるけれど、シャルロッテちゃんはきちんと自分でやっている。それにはきっと、相当な努力が必要だっただろう。
「……私、それしかできませんもの」
「ん?」
「努力することくらいしか、私にできる事なんてないんですのよ」
シャルロッテちゃんが遠くをみる。
ここじゃない、どこか遠いところ。
「なんの取り柄も特技もないのだもの。けれど家格だけで第一王子の婚約者、次期王妃になってしまったの。他にもふさわしい方はいらっしゃったのに」
それは、シャルロッテちゃんがまだ十歳にも満たない頃の話。突然親から告げられた婚約。
「私、頑張ったんですの。第一王子の婚約者として、次期王妃としてふさわしくあるように。妃教育も勉強もダンスも馬術も他の事だって。なんだって、できる努力はすべてしたんですのよ」
そしてそこからはじまった怒涛の妃教育。当然のことながら、遊んだりする時間などなかった。年相応の事などしたことがない。友達すらいなかった。
でも。それでも。選ばれたのだから。選んでもらったのだから。努力して、だめで、努力して、挫折して、それでも頑張って頑張って。完璧であるように、完璧になれるように。
でも。
「けれど、だめだった。可愛げがないのですって、私。それであの方は愛らしいと評判のあの女と……」
努力して、隙をなくして、完璧を身につけた。
そうしたら、それを否定された。他でもない、己の婚約者に。自分とは正反対の女を引き合いに出されて。
別に、構わなかったのに。王子を愛しているわけではなかったから。妾など、王族であれば普通のこと。だから彼女の存在を否定したいわけではなかった。
「ただ、節度を守るべきだと。彼に対しても、あの女に対しても言っただけ。でも、それも私をよく思わない彼には酷い言葉に聞こえたのでしょう。そしてあの女には都合のいい事だった」
苦言は暴言にされた。注意は嫌がらせにされた。
声高に、涙ながらにやってもいないことをばらまかれ、気付けば味方はいなかった。
「結局私は、王子の想い人を害そうとした悪女として婚約破棄されてしまった。今でも夢に見るわ、あのとき、あの女が王子のうしろに隠れてしていた勝ち誇った顔」
「でもそんなのさ、周りの大人の人たちは分かってたんじゃないの。だってシャルロッテちゃん、そんな嫌がらせなんてする暇あった?」
「いいえ」
「なら」
「それでも」
シャルロッテちゃんは首をふる。
「だって、私は次期王妃だったのだもの。王妃になる者がそんな謀くらい対処できずにどうするの。……そうやって負けた時点で、結局王妃としては失格なのよ」
だからそれは自分にも落ち度があったのだと。
そう語るシャルロッテちゃんはいっそ清々しい。だけど、だけどさぁ。
以前、シャルロッテちゃんはその人のことを転生してきた女って言ってた。つまり、その人はもしかしたら所謂"悪役令嬢"を知っていて、わざとそうやってシャルロッテちゃんを陥れた可能性があるわけで。
……って、
「シャルロッテちゃん、なんでその人のこと転生だって知ってるの?」
「ここにはじめて来た時、面接なさったでしょう? その時にチーフが教えてくださったのよ。あれは転生者だったって」
マジかぁ。言うんだ、それ。
え、でもさぁ。
「それ聞いてよくここで働こうと思ったね……」
「ええ、もちろん断ろうと思ったわ。だって、私が死んでしまった要因の、その大元で働けだなんて」
転生にその女の人を選出した当時の担当者はもう辞めてしまっていた。いたらブン殴ってたでしょ。僕だったら……たぶんできないせいぜいちょびっと睨むくらい。
「チーフにね、権利を貰ったんですの」
「なんの?」
「あの方たちのその後を見届ける権利。それから、次の転生先を決めて、転生前に呼び出す権利」
ここのビルの隣、通称天国の門で。王子とその女の人が死んだ時に話をすることを条件に、シャルロッテちゃんはここで働くことを決意した。
「…………あの女、私から立場を奪った癖に今では王妃教育から逃げ回っているのですって。勉強もしたがらないから、国の歴史を知らず未来も考えることができない。教養がないから馬鹿にされる。王子の婚約者の立場を利用して我儘と贅沢だけは立派にしていて、回りからずいぶんと嫌われているらしいわ」
シャルロッテちゃんが見る、彼らのその後。まぁ、なんというかお決まりのパターンだ。
「王子もね、もうすぐ嫡廃されるのですって。そんな女を諌めようともしないで我儘を聞くだけだから。仕事もなにもせず、その女と遊んでばかり。そんなのは次期国王にふさわしくはないでしょう?」
「そうだね。……けど、仕事をしないのはもともとでしょう? ぜんぶシャルロッテちゃんがやってたもんね」
「どうしてわかるの」
「わかるよ。そのくらいね」
ほんとにお決まりのパターンなんだよなぁ。シャルロッテちゃんに王子の仕事を押し付けて、自分は遊び回って。まぁこれはシャルロッテちゃんがとっても優秀だからできることではあるんだけど。
「私、あの方たちが亡くなったあとに呼びつけて、言ってやるんです。私を陥れてまで手に入れたかった地位は楽しかったかしら、って。私はいま、天国でとっても楽しく暮らしているわ、って」
「うんうん、それがいいよ」
その人たちの顛末を知っていてその言い方なら、とっても皮肉でいいとおもうよ。
「……性格悪いって思わない?」
「なんで? 普通じゃないの、そのくらい」
「普通……」
普通でしょ。むしろそれだけで済まそうとしてるシャルロッテちゃんが優しすぎるんだよ。次の転生先を指定できるんならちょっと苦労しそうなところを選んじゃおうよ。そのくらいしたっていいよ。
「意地悪じゃない?」
「そんなの、話を聞いた限りじゃその人たちの方がよっぽど意地悪だし性格悪いよ。あと、その王子さまは見る目ないなぁって思う」
こんなに可愛くて、健気で、頑張りやさんで、優しい女の子なんて他にいないでしょ。それに気付かないなんて、なんて残念な野郎なんだ。
「その人たちにとってはさ、たぶん、シャルロッテちゃんが楽しく笑顔で暮らしてるっていうのが一番堪えるんじゃないかなぁ。だからいまが楽しいのなら、きっとそれが一番の復讐だよ」
「そう、かしら……」
そういう、他人を蹴落として笑ったり、自分のために人が不幸になってもなんとも思わない人たちは、人の幸せが何よりも眩しくて妬ましく見えるはずだから。
「……そう、そうね。私、きっと幸せになって、あの人たちにざまあみなさいって言ってやるのよ。その時は……ねぇ、着いてきてくださる?」
「うん、いいよ。マリーちゃんとランスくんも誘ってさ、みんなで行こうよ。僕いっぱいヤジ飛ばすからさ」
「ふふ、あなたそんなことできるの?」
「う。が、頑張るよ……!」
ふんわりと笑ったシャルロッテちゃんは、文句無しに可愛くて。ほんと、この子を振った王子さまってどんな趣味してるんだろ。
「ロッテー? コーター?」
「マリー」
「お、いたいた。何してんだよ」
「ランスくん! いやぁ、ドア閉まっちゃってさ」
がちゃりとドアが開いて、ふたりが顔をのぞかせた。ふうやれやれと腰をあげれば、シャルロッテちゃんも座っていた段ボールから立ち上がって台車を押す。
その顔が、さっきよりも晴れやかな気がして。
「倉庫の内線はあそこにあるぞ」
「うっそ」
「気付きませんでしたわね」
「二人して何やってんの、もー」
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