22 次の日には忘れる居酒屋での会話


 きんこんかんこん、終業のチャイムが鳴った。

 ちょうど一段落ついたから、丸まった背中をぐぐっと伸ばす。うわ、すごい音した……。


「光汰」

「はぁい、……あ、道真さま!」


 ここじゃあんまり呼ばれない、日本語の発音の「光汰」が聞こえて、振り返ったらチョビひげダンディーなおじさま。菅原道真さま。

 …………と。


「何だどうした」

「いやだって絶対偉い人じゃないですか……」

「わっはっは! 噂に違わず面白いのう」


 振り返り、そのまま流れるような土下座平伏をキメた僕を道真さまのとなりにいた小太りのおじさんが笑った。


「安心せい。儂はここじゃまだまだ新入りでの」

「嘘だぁ……」

 

 ちらりと顔を上げて、おじさんを見たけど、どちらにしろ顔が日本人な時点で何の安心もできない。誰だか知らないけど少なくとも古事記か日本書紀か歴史の教科書のどれかには載ってるんでしょ。

  

「あ。イエヤスさん、こんちわっす。今日ジム行きます?」

「お、ランスか。今日は行かんなぁ」

「ほらぁぁぁああああああ!!!!」


 やっぱり偉い人じゃんすかーーーーー!!!

 小太りじゃなくて筋肉達磨じゃん!!!!





 

「とりあえず生三つと枝豆と唐揚げ……」

「儂、手羽唐の方が好き」

「手羽唐で……」


 菅原道真公&徳川家康公と居酒屋ってどういうシチュエーション? 乙女ゲームのトンデモ設定も吃驚だよ。


「光汰、最近大活躍ではないか」

「え?」

「他のチームの連中がな、異世界課の元奴隷に相談すれば間違いないと言っとったわ」

「えぇー……」


 確かに最近、転生転移の相談をされる事が多いけども。社内のスケジュール管理システムで知らんミーティングがいつの間にか入ってて、とりあえず行ったら相談だったってことがよくある。

 ていうか僕、元奴隷で認識固定されちゃったの? 遺憾の意なんだが……


「そなたは色々な世界から人材を選ぶであろう? やたらと日本人が引き抜きされなくなったと班長殿も喜んでおられた」

「…………班長……?」

「天照大御神様」

「ヒュゴ」


 まっっっっって待って僕ってば日本の最高神に存在を認知されてんの!?!?

 道真さまそんなふっつーに最高神を話題に出してこないで。あ、上司。そう……


「光汰は日本人であることだし、功労者として次の忘年会に呼ぼうかと言われておるぞ」

「まっっっって」


 いやいやいやいやいやいやいやいや。

 自分、部署違うんで! 勘弁してくださいマジで。ていうか忘年会とかやるんですね。参加者の人数凄そう。


「一人増えたところで問題ないじゃろ。場所は毎年バカデカい会場を大国主様が押さえてくれとるわ」

「それ出雲で十月にやるやつじゃないです!? あれ忘年会なの!?」

「そりゃ年末年始は繁忙期じゃからの」


 まぁ確かに年末年始に神様が「飲み会あるから不在にするね!」っつったら大問題だけれども。


「僕神様じゃないんで……」

「神社作らせるか?」

「やめてもろて……」


 休日のお父さんのDIYじゃないんだぞ。そんな簡単に一般人を神様にしようとするんじゃない。


「いけると思うがの。お主、ちょっとした有名人じゃし」

「はい!? なんで!?」

「お主、道真殿に雷落としてもらったじゃろ?」

「はい、会社に……結局火事になっちゃったけど」

「あのあと、東京に落雷が続いての」


 家康さまが手元の携帯端末をついついといじる。ほれ、と見せてもらったのは某鳥……じゃなかった、アルファベットのアプリの画面。




 

○○○ @…………

 東京、今日も雷やべー


△△△ @…………

 毎日どっかしらに雷落ちてるんだが

 これも異常気象になるのか?


□□□ @…………

 やっぱ祟りなのかな

 神田のブラック企業の落雷が最初だっけ?


◇◇◇ @…………

 返信先:□□□さん

 そうですよ。社員が過労死して、そこに雷が落ちてビル全焼。そこから東京中で落雷被害が大量発生っていう……


□□□ @…………

 返信先:◇◇◇さん

 菅原道真かよ怖……




 

「ほらな?」

「冤罪です!!! 道真さま!?」

「私ではないぞ。一回だけと言ったであろう」

「えっじゃあ何の雷……?」

「単なる普通の雷であろうな」

「風評被害だぁ!!!」


 ひどい。知らない間に僕への風評被害が過去イチの最大風速で吹き荒れていたなんて。しかも僕は道真さまにお願いしただけで、実際にやったのは道真さまなのに。僕は何の力も持っていない一般市民です!


「神社はどこに建てる? やはり死んだ場所、会社の跡地か」

「江戸なら儂も多少は口がきくでな。それとも日光東照宮うちに末社でも建てようかの」

「いや、ならば太宰府天満宮うちに建てるが良い。なにせそなたは”現代の菅原道真”であるからな」

「やだ助けて祀られちゃう……」


 もーーー。おじさんたち、にやにやしてるじゃん。幼気な一般人をからかって遊んでるんだ。ひどい。

 ていうか神社の人もびっくりでしょ。突然ご神託で「山本光汰を……祀るのです……」って言われんの。誰よそいつってなるやつ。

 雷が頻発してるらしい東京ならまだしも、日光と太宰府じゃ縁もゆかりもなさすぎる。


「酷いのう。縁もゆかりもあるじゃろて」

「そうだぞ。同じ会社に勤めて、居酒屋で共にビールを飲む仲ではないか。休日にふたりでカフェにも行くし」

「儂はジムが同じじゃな」

「生きてる人には関係ないんだよなぁ……」


 確かに道真さまとはたまにカフェ巡ったりする。女子高生か。家康さまとはまだジムで会ったことないけど。

 それでも神社の人からしたら、「誰それ!?」「カフェ巡り友達!」「なんで!?!?」の展開なんですよ。菅原道真が天国で会社員やってて会社帰りに居酒屋でビール飲んで休日はカフェ巡りって、神社の人からしたら解釈違いなのでは?


「私が公式だが?」

「それはそうなんですけど」


 でも地球の人たちからしたらその公式、千年前から更新ストップしてるんだよなぁ。

 家康さまも、ジムはまぁ分からんでもないけど、SNSやってるのはどうなんだろう。ていうかこの携帯、地球のアプリ入るんかい。


「情報は戦の基本じゃぞ」

「なるほど。じゃあナシよりのアリですね」

「私も何かやってみるかな」

「道真殿は呟くよりも映え写真の方が合いそうですな」

「確かに。こないだ撮ったコーヒーの写真アップしましょ」

「アカウントできたら儂、フォローするでの」

「光汰もやるんだぞ」

「ええー僕もー?」


 僕なんの写真アップしよ。どうしよっかな。ノリで撮った道真さまとのツーショくらいしか手持ちがない。テイクアウトのコーヒー持ってるやつ。女子高生か。

 それより家康さま、SNSのアカウントいくつ持ってるの?








「……そういえば先日、イエス・キリスト殿が肩に青い鳥を乗せておったな」

「「マジ?」」




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