33 温度差でグッピーもマンボウも死ぬし風邪どころかインフルエンザにかかるレベル
「ッだぁーーーーーー…………」
終わんねぇーーーーーーーー………………。
処理しても処理しても届けられる書類。なんなのこれどこから湧いてくるのこの書類。一匹みたら百匹いると思った方がいい虫かなんかなの。
休憩とらずにやり続けてるけど、終わりが見えない。やっと片付いてきたかと思えば扉がばぁんと開いて「○○区からのお届け物でーっす!」と元気な魔物が段ボールをいくつも抱えてやってくる。心が折れる。せめてもうちょっと静かに開けて紙が飛ぶでしょ。
「これ……今まで一人でやってたの……? ランバートくんすごすぎない……?」
「は……はは……」
僕もう手が腱鞘炎になりそうなんだけど。というかもうすでに痛くてランバートくんに魔法の手首サポーターを借りてしまった。手首のダメージが半減&自動回復する優れもの。他に首肩腰背中お尻用も取り揃えてある。
なんかもうそのラインナップが対事務作業用すぎて怖い。そんなもん作る前にまず休みなよ。
でもマ、そんな事も言ってられないので。
立ち上がって、腰を回して肩を回して首を回して背中を伸ばして。ぐっぐっとストレッチ。
「よし……」
「コータくん……?」
ランバートくんは肩どころか頭の天辺までどっぷり仕事に浸かっちゃってるから、僕までそうなったらストッパーいなくなるなと思ってセーブしてたんだけど。
久々に、
*****
「ここ?」
「ここって……天国の門?」
人類総合案内所、通称天国の門。地球チームで借りた犬がコータの家の前からにおいをたどって行き着いた先は、会社の横の建物。
ランス、マリー、シャルロッテ、チーフ、課長とそこに道真公と家康公が加わったコータ捜索隊は皆揃って天国の門入り口(天界側)に立っていた。
けっこう邪魔になっているし、腰を抜かしている通行人もいるし、昇天してはじめて天国に来た人が泡吹いて倒れたりしている。
「どういう事ですの?」
「マジでどっかの世界に行っちまったってことか?」
「とりあえず、受付で聞いてみようねぇ」
ここに来たのなら、とにかく受付を通るはず。一般向けの受付窓口に、金曜夜から今までの照会をしてもらう。
「来てはいないようじゃの」
「窓口を通らずにはどこにも行けぬはずだが……」
においを辿ったはずだから、ここに来たことは間違いない。つまり通りかかっただけという事か、それとも……。
「あ、こんにちはー」
「あら。こんにちは、久しぶりね」
こちらに手を振っているのは、人類総合案内所で窓口業務をしている女性だった。業務上顔を会わせることが度々ある。一番の顔見知りはチーフ。
「皆さんお揃いで、どうかしました?」
「それがね、うちの子が一人いなくなっちゃって」
「あら」
女性はくるりとコータ捜索隊を見渡してそして、こてんと首を傾けた。
「あのちっちゃい子ですか?」
「知ってるの?」
「輪廻抜けずに企業採用なんて滅多にいないんで覚えてますよ~」
コータがはじめてここに来た時、窓口担当したのがこの女性だった。そんな彼女は一般受付とは違う方向を指さす。
「あの子なら、昨日あっちで見ましたよ。誰かと一緒だったから仕事かと思ってたんですけど」
あっち。企業用の扉。
「うっわ。面倒事確定じゃん」
「まぁでも、企業受付で照会すれば犯人は分かりますわね」
「ボコすか」
そこに用があるのは主に運営本部のやつ。
そして運営がコータを連れ去ったということは、書類不備返却に対する逆恨みかもしくは本気のイレギュラー案件か。
「どちらにしろ、早めに対処しないとだねぇ」
「心配だわ。泣いていなければいいけれど」
どんな世界に行ったのか、それ次第でヤバさは変わる。なにせあの真面目で優しくて人畜無害で気弱なちっちゃいあの子は、とんでもなく弱いので。
*****
「こ、コータくんすごい……!」
本気を出したコータはすごかった。今までもかなりのスピードで書類をさばいていたのに、その早さが段違いになった。代わりに目が死んだけど。表情も無。光のない目で書類だけを見て仕事してる。あと時々なんか独り言いってる。正直ちょっと怖い。でも。
「俺だって……!」
見ず知らずの人へ、こんなに一生懸命になって手を差しのべてくれる人なんて他に知らない。その彼が、こんなにも頑張ってくれている。本当ならやらなくていいはずのことなのに。
「負けないよ!」
この魔王城の主はランバートなのだから。
*****
「魔王城、ですって……?」
ふらり、シャルロッテの足元がふらついた。隣にいたチーフがそれを支えてやる。けれどこれは。
「一番最悪のパターンだな」
「救助要請……はダメだねぇ。今からじゃぁ時間がかかりすぎるよぉ」
「我らが行くのが一番であろうな」
足元に転がった運営部のラジルにはもう目もくれず、全員が頭をつき合わせて作戦をたてる。
ちなみにラジルは全員で囲んで圧をかけただけで犯行を自供したので無傷である。まぁ脅すために課長がちょいと溶解液を出したのと、道真公が雷を落とした(物理)ので壁と床は犠牲になったけど。その恐怖でラジルは気絶したがそんなことは些事である。
「こいつの世界検索したよ。フライオスタ。魔法世界で、魔族が世界を支配してるっぽい」
「魔族のほとんどは気性が荒く好戦的か。その中心に投げ込まれたとなると……ちと厄介じゃの」
マリーがノートパソコンの検索画面を開き、家康公がそれを覗き込む。必要と思われる項目をピックアップしていく。
「現魔王、ランバート。非常に優秀。対象者を別の姿に変えてしまう特殊能力がある……」
「幻視系ならあたしがなんとかできるけど、体そのものを作り替えられちゃうとどうしようもなくなっちゃう」
「とにかく行こうぜ。姿が変えられてるかなんか、見てみなきゃ分からねぇだろ。……それに……」
「もう殺されとる可能性の方が高いじゃろな」
「ッ、……!」
「そんな…………」
「心の準備はしておくのだぞ、お嬢さん方」
天界に住む者が何らかのダメージを負った場合。天界内での出来事であれば治療により再生可能だ。けれど、現世に行ってダメージを負い、肉体が耐えきれなかった場合は魂が消滅してしまう。死ではなく、転生も輪廻もない消滅。
もう二度と、会うことはできない。
…………たぶんここにコータがいたら「温度差ァ!!」と絶叫しているだろうが、残念ながらこの勘違いを正せる者が誰もいない。
原因は、詳細を話す前にラジルが気絶してしまったこと。あと焦ってるから別枠に小さく記載されている「魔王になる条件」を全員見落としていること。書類とか説明書きは隅々までちゃんと確認しようね。
「ロッテはここに……」
「わ、私も行きますわ!」
残った方がいい、そんなことはシャルロッテだって分かっている。けれど、それだけは絶対に嫌だった。
「私だって簡単な障壁くらいなら張れますわ。護身術も一通り習いました。自分の身くらいならば自分で守ります」
コータが危険な場所でひどい目にあっているかもしれない、それどころかもう死んでしまっているかもしれないというのに。自分だけ安全な場所で待っているなんてできない。
真面目で優しくて人畜無害で気弱でお人好しのちっちゃい彼は、信じられないくらい弱いけれど。
「きっと無事ですもの」
それを、この目で確かめに行く。
「ええ、一緒に行きましょう。けど、私から離れないようにね」
「チーフ……」
「では各自支度をして、一時間後に人類総合案内所に集合としよう」
勘違いシリアスは加速していく。
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