36 日常系作品の最終回はだいたい非日常になりがち



 前略、ガチギレしたランバートくんがとっても物騒な事を言い出したので、やっぱりなんだかんだ言って彼も魔王なんだなぁと思いました。まる。


「すまねぇ魔王(仮)。俺たちが下で暴れたからあんなの呼び寄せちまった」

「いえ、元はといえばやるべき事もやらずにコータくんを誘拐したうちの神様のせいなので」


 ランバートくんの隣に、剣を構えたランスくんが立つ。わあ、勇者と魔王の共闘とかいう胸熱展開じゃん。


「あとさ、下にいた魔族けっこう倒しちゃったんだよね。ごめん」

「壊した城門も弁償するでの」

「彼らは俺の配下という訳でもないですから。門が壊れるのも割とあるので大丈夫ですよ」


 そこに並び立つ、聖女と戦国武将。

 ……これは、さ。

 


 間。



「…………弱くね?」


 それはね、相手が誰であれ過剰戦力だったんだよランスくん……。ここに来るまでに倒してきたらしい魔族のみなさんもこんな感じだったんだろうなぁ。あとランバートくん、やっぱり普通に強かったわ。ちょっと裏切られた気分。そしてイキり倒した割に一瞬で沈んだ魔物がいっそ憐れですらある。オーバーキルもいいとこ。


「……ごめんね、コータくん……」

「きれーに吹っ飛んじゃったね。いっそ笑っちゃうくらい」


 原因を排除したところで、紙吹雪になって散っていった努力の結晶たちが戻ってくるわけもなく。だからあの人の首はいらないです。全力拒否。


「そんなこともあるよ。ていうかよくあったよこんな事」

「え嘘……」

「マジです。だからさ、もう一回やれば大丈夫だよ」

「コータくんのいた世界、怖すぎ……」


 ね。慣れてる慣れてる。完成後にリテイクとかよくあるよくある。ははっ。


「いや、これはもう運営担当ラジルにやらせればよかろう」

「そうじゃの。一度戻って引っ捕らえてくるか」


 運営部の所属の二人が上にかけあってくれるらしい。

 うん、そうだね。今回は諸々の罪状もあるし、そうしてもらった方がいいかもね。さすがに。


「この際だから、いま君が持ってる仕事も全部押し付けちゃいなさい」

「そうですわ。貴方、少し休んだ方がよろしくてよ」

「い、いいんですかね……」

「いいんだよぉ」


 全員で働きすぎのランバートくんを休ませる方向へもっていく。こうでもしないと仕事から抜け出せないからね。ランバートくんは戸惑って、考えて、それからほっとしたような顔をした。はぁ、とひとつ息をついて俯いて……蹲ってしまった。


「――――ぅぐ、」

「え、」


 ランバートくん? と慌てて覗き込めばすごい汗。肩に手を置いたら服ごしでもわかるほどに身体が熱い。そのままぐしゃりと倒れてしまったランバートくんの、震える腕が伸びてきて僕を突き飛ばした。


「コータくん、……離れて……!」


 ぶわりと黒い魔力が膨らむ。それをモロに浴びる一瞬前に、ランスくんが僕の首根っこを引っ掴んで飛び退いた。マリーちゃんの防壁の中まで退避する。


「ランバートくん!?」

「ぐ、ぁああぁぁあ……!!」


 身体の形がぼこぼこと変形していく。頭についている二本の角が大きくなる。課長が擬態を解くところと似ているけれど、これはそうじゃなくて、


「に、二次成長……!?」


 今!?!?

 どんなタイミングで!? と思ったけど、自分でタイミングを選べるようなもんじゃないんだろう。


 そんなこと考えている間にも、ランバートくんの身体はどんどん膨らんでいく。真っ黒な魔力が身体を覆って、それが艶やかな鱗へと変化する。見上げるほど大きくなって、ついに頭が天井をぶち破った。

 がらがらと音を立てて城の屋根が崩れていく。外から魔族たちの怒号が響く。


「ドラゴン……」


 部屋の隅に積まれて僅かに無事だった書類さえも紙吹雪へと変えて、巨大なドラゴンが吼えた。


「ヒェ」


 遠くの山が、跡形もなく消し飛んだ。


 咆哮とともに吐き出された衝撃波。一瞬で更地になった山。遅れて届いた爆風で吹き飛ばされるかと思ったけれど、マリーちゃんとチーフがなんとか防いでくれた。


 ランバートくんだった竜が、その爆風をモロに受けて仰け反る。瓦礫の山になりかけの城に、がしゃんと大きな音をたてて巨体がぶつかった。


「ランバートくん!!」

「コータ! 駄目だ!」

「でもランバートくんが!!」


 だってランバートくんは言ってたんだ。二次成長で死んじゃう人がいるって。あんなに苦しそうだったし今だってあんな破壊光線を吐き出して、そんなのランバートくんが意図してやったことなんかじゃないでしょ。数日間しか一緒にいなかったけど、僕にだってそのくらい分かる。

 竜に進化しちゃった今のランバートくんに言葉が通じるか、意思の疎通が図れるかどうかなんて分からないけれど、何もしないでいるのなんて


「……コータくん……」

「ァ言葉通じるタイプねよかった!」

「巻き込んじゃって本当にごめんね……」

「そんなの気にしてないよ! そんなことより大丈夫なの!?」


 僕の言葉に、ランバートくんは「だめかも」と力なく言った。そんな。


「俺って本当に運がないんだよね……人型に生まれてちょっと適正があるからってこんな仕事をずっとさせられてさぁ。やりたいことなんてひとつもできやしないで……」

「でもさ、そんな姿になっちゃったんだからもうデスク座れないよね! だからこれから、」

「仕事しなくてよくなったと思ったら死んじゃうんだもん。嫌になっちゃうよね」

「まだ死ぬって決まった訳じゃ……」

「そこの女の子とお姉さんは分かってるんじゃないかな」


 振り返る。マリーちゃんが俯いて、チーフが悲しそうな顔で首を横に振った。

 そんな、なんで、


「いいんだよ、コータくん。もういいんだ。こんなダメな人生、もう……」

「ランバートくんはダメなんかじゃないよっ!!」


 人から押し付けられた事でも、やりたくもない事でも。それを投げたしたり逃げ出したりせずに責任もってやれる人は、絶対に駄目な人なんかじゃない。


「ランバートくんは今までいっぱい頑張ったよ! だからこれからはやりたいことやろうよ!」

「これからって言ったって……」

「僕が叶えるよ!」


 そう。僕なら。異世界課で働いている僕なら。


「言ったでしょ、僕の仕事。転生の斡旋だよ」

「コータくん……」

「自然いっぱいのところでのんびりしたいって言ってたじゃん。野菜とか育ててさ。そういう転生の申請がきたらランバートくんに回すよ。絶対。だからさ、ちょっとだけ待っててよ」

「……なんで、俺なんかにそんな、」

「だって僕たち友達でしょ!」


 だから。お願いだから。

 そんな悲しそうな顔で死んでいかないで。


「僕が、ランバートくんの夢を叶えるよ」

  

 死んじゃった先にも未来はあるから。

 今生でできなかった楽しいことをいっぱいしよう。


 僕も、そうだったから。


「…………うん。コータくん……ありがとう」

「絶対いいの見つけてくるから。約束」

「ふふ、楽しみにしてる」

「任せてよ」


 ランバートくんの身体が傾いた。








「あーーー戻ってきた! ただいま!」


 天国の門(天界側)のエントランスを出て、真っ青な空の下。ぴかぴかのお日様が久しぶりすぎて眩しい。いやホント眩しいな。目が痛い。寝不足だね知ってた。


「コータくん、今日と明日はお休みしなさいな」

「代休にしとくからねぇ」

「え、有給じゃなく……?」


 僕ずいぶんあっちにいたから、残りの有給休暇なんてきれいさっぱりなくなっちゃうなぁと思ってたのに。そういえば無断欠勤いっぱいしちゃったよね……。


「今日、月曜日だぞ」

「貴方昨日拐われたのではなくて?」

「うそ、こっち一日しか経ってないの」

「逆にコータは何日あっちにいたの?」

「体感十日くらいあったけど」


 徹夜してたし正確に覚えてる訳じゃないけどたぶんそのくらい。これ時間の流れが違うとかいうアレですか。なるほどいっぱいお仕事ができてお得ってワケ。は??


「時間設定は世界によるのだ」

「そういう事だからぁ、しっかり休むんだよぉ」

「わん!」

「はい。――――わん?」


 課長の言葉に元気にお返事した鳴き声。どこから? 足元から。わぁとっても見覚えのあるちっちゃいふわもこ!


「えーー!? パセリついてきちゃったの!?」

「待ってその子パセリっていうの?」


 どうりで似てると思ったとかみんな言ってるけど、何も道理は通ってないんだよなぁ。僕はパセリに転生していないと何度言ったら。


「どうしよ。戻せる?」

「コータくんが大丈夫なら、飼ったらいいわ」

「え、でも……」 

「分かってなさそうじゃから言うがな、天界には死んどらんと来れんのじゃぞ」

「あっハイ責任もって飼います」

「うむ。それが良い」


 パセリお前、いつの間に……どのタイミングで……。あっ怖い考えるのやめよ。ペット飼うの初めてだな~タノシミダナ~!


「ペット用品買いに行く!? あたしも行きたい!」

「私も。いつ行きますの?」

「えーじゃあ今日の夜かな。早い方がいいだろうし」

「そこまではちゃんと休んどけよ」



 そうして僕は、天界での日常にもどっていく。


 正直いうとさ、悲しくない訳ないじゃん。悔しくない訳ないじゃん。たった十日間だったけど、仲良くなった友達が死んじゃって寂しくない訳ないじゃん。

 今だって実は気を抜いたら泣きそうなんだけど。


 でもさ、ランバートくんは最期に笑ってくれたから。

 だから僕だって泣くわけにはいかないんだ。


「…………毎日賑やかで楽しいよ」

「何か言ったか?」

「ううん、なんでもない!」


 

 君にも、笑って過ごす日々が訪れるように。




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