31 魔王。それは世界を(デスクワークで)統べる者
でもでもだってと渋る魔王(仮)は暖かい飲み物を飲ませてそこにあった毛布でくるんだら即寝た。というか落ちた。
魔王(仮)を……倒してしまった…………。
生前ブラック企業に勤めてた頃に覚えた、ヤバくなった同僚を強制的に寝かせる技が、まさかこんなところで役に立つとは。人生何が起こるか分からんもんだね。
「さて……」
次に僕が倒すべき相手。この書類の山。
成り行きだけど、さすがに放っておけないし。なにより僕は現状行くあてがないから、ここに置いてもらうのが一番安全なわけで。あんまり役に立てなさそうとはいえ、できることはやらなきゃね。
そうしたらきっといつか、僕がいなくなった事に気づいた皆が探し出して助けてくれる、はず。たぶん、きっと…………。
「……やるかぁ」
それは考えても仕方ない。
そんなことより、目の前の仕事をしましょう。
「――――……ぅ……」
「あ、起きました? 気分はどうですか?」
ソファに寝ていた魔王(仮)が目を覚ました。うんうん、寝たらちょっとは顔色が回復したみたい。よかった。
「俺は……どのくらい寝てしまったんでしょう……」
「五時間くらいですかね」
「ご、っ……!?」
そんなに!? という顔で飛び起きた魔王(仮)だけど、もっと寝てても大丈夫だったのに。ああほら、寝起きでそんな動いたらふらふらするよ。
「魔王様が寝てる間に勝手にやらせてもらいましたよ。といっても僕にもできるようなものをちょっとやっただけですけど……」
それでも、さっきよりはデスクの上が片付いた。本当に山になってたからね。何回か雪崩を起こしたけど、それも含めて整頓しましたとも。
そんなデスクを見た魔王(仮)はパチパチと目を瞬かせて、そして、
土下座した。
「ヤマモト様……!!!」
「あっまたこのパターンやめて!」
そんな泣きながら拝まないで!!
ねぇってば!!
「そっ、そんなことより魔王様! この子なんですけど!」
長くなりそうだから露骨に話題を変えるね。僕は魔王(仮)の目の前に、デスクの下にいた子を突きつけた。
「魔王様のペットですか?」
「ああ……いや、ペットではないんですけど……」
茶色いもこもこもふもふ。マリーちゃんの元いた世界でいうところのカフィー、ランスくんの所ではゼオガス、シャルロッテちゃんの所だとチャスム。そして地球でいうところのトイプードル。
僕が書類を片付けようとしたら飛び出してきた。
「以前、仕事中にこの部屋に突っ込んできた
「はぁ」
「せっかく終わった書類を駄目にされたのでムカついたのと、徹夜続きでイライラしていたので思わずこの姿に変えてしまったんですよね……」
「えっ怖」
「無意識で癒しが欲しかったのかも……」
「それはわかる」
仕事中、猛烈に動物をモフりたくなる時ってあるよね。僕は生きてた頃、そういう時は会社に常備してある毛布を丸めてモフってたよ。
「名前はあるんですか?」
「パセリ」
「まさかの」
「その魔物というのがパレンダル=セリドロンという種族だったので……」
「やだかっこいい」
パレンダル=セリドロン、略してパセリ。うーん、略したら一気に弱そうになったな。元の魔物がどんなやつか知らないけど。
とりあえず今はとっても可愛いトイプーの姿になったパセリを床に放して、魔王(仮)に書類をみてもらうことにしよう。
その結果、
「ヤマモト様…………!!!!」
「何回やるのこのくだり」
*****
「ねぇ、コータは?」
「見てねぇな」
「鞄は……ありませんわね」
始業五分前。いつもこの時間にはついているはずのパソコンは画面が暗く、席には誰もいない。
「連絡は来てないわよ」
「僕にも来てないよぉ」
コータが無断欠勤するなんて、誰も考えもしない。だってアイツ、仕事しないと死ぬし。死因も仕事だけど。
「この前の呪いがぶり返したか?」
「風邪じゃないんだから……」
「あれは生まれつきの奴隷根性が無くなってただけで、真面目な性格は変わってないから」
先日かけられた呪いの可能性もあったけれど、凄腕の聖女が違うと言うなら違うんだろう。となればあと考えられるのは。
「……携帯、出ませんわ。電源が入ってないみたい」
「怪我して動けないとかだと困るわね」
昇天して天界に移住してきた人間は病気をしない。怪我はする。もし自宅で転んで頭でも打っていたら。普通の人間でも当たりどころが悪ければ危ないのに、なにせあのちっちゃいのは驚くほど脆弱なので。その可能性を考えて、課長とチーフが立ち上がる。
「ちょっと社宅まで行ってくるわ」
「私も行った方がいい?」
「必要なら呼ぶよぉ」
*****
「え、じゃあ魔王って強い人がなるんじゃないんだ」
「うん。デスクワークが一番できる人」
もう面倒臭すぎたから、お互いタメ口で話すことにした。平和だね。ていうかそれは魔王って言うの?
「だからコータくんがこの世界の人だったら魔王になってたよ」
「それは流石に……」
「いやマジで」
この世界のことを聞きながら、二人とも手を動かし続ける。そうしないと終わんないからね。
「でもランバートくん、さっき魔物を
「あれは俺の特殊能力だから、強さとはあんまり関係ないかな。二次成長もしてないし」
「えっそれは嘘だぁ」
いやその顔で二次性徴まだってことはないでしょ……。僕だっていちおうしてるのに。それとも世界が違うからそういうセンシティブ案件も違うってこと?
「本当だよ。二次成長すると、強さも姿もまるきり変わったりするから……いっそデスクワークできない姿に変われたらいいのに……」
「あっそういうやつね」
「他になにがあるの?」
進化的なやつのことだった! よかった余計なこと口走らなくて。
「でもまぁ、成長に耐えきれないと死んじゃう場合もあるから良し悪しかな」
「え、怖……そんなことあるの?」
「そこそこある」
進化しようと思ったら死んじゃうってことが結構な頻度であるってこと? それは嫌すぎない?
*****
「コータ、いないって」
社宅へと向かったチーフからの電話を受けて、マリーが二人へと声をかける。
「玄関は鍵がかかっていて、鞄はあったけど靴と財布はなし。あと洗濯物干しっぱなしだったって」
「出かけてそのままということでしょうか」
「強盗の線も捨てきれねぇけどな」
天界といえど、悪いことを考える者はいる。犯罪に巻き込まれているのなら厄介だ。
なにせ、あの小さくて真面目で優しいアイツは、びっくりするくらい弱っちいので。
「確か、運営部に仲が良い方がいらっしゃいましたわね」
「俺行ってみるわ」
「うん、お願い」
大捜査線は着々と形成されつつある。
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