結果、数人の元同僚の寿命が伸びたことを僕は知らない



 定時の鐘まであと五分。

 そんな時、事件は起こった。


「お願いします!急ぎなんですぅぅ!!」


 走ってやってきた女の人。よっぽど急いで走ってきたのか、息をきらして髪はボサボサ、服もよれよれ……走ったことと服は関係ないな? てことはこの人、普段からよれよれの服ってことだね。


「転移ですね。期日は……今日?」


 この人の管理する世界で召喚があったらしい。申請書に書かれた日付を確認すれば、召喚術の行使は今月の一日。今日が十四日だから、転移の時間干渉に間に合わせるには今日中にすべてを終える必要があるってことで。


「チッ……」


 あ、マリーちゃんが舌打ちした。

 気持ちは分からんでもないけどね、僕たちはこの申請を拒否できないんです。なんてったって今日の業務はあと五分……三分だね。残ってるからです。


「運営課長のサイン、一昨日ですよね……」

「えへへぇ~忘れちゃってて」

「は?」


 シャルロッテちゃん、視線で人殺せそうだよ。

 気持ちは分からんでもないけどね。だって、早い人なら召喚術があった日に申請書出してくれるもの。そうでなくても大体の人が三日以内に出してくれるもの。

 それにしたってこの人は遅いけど、せめてサインもらった一昨日に持ってきてくれればまだ余裕があったのに。


 まぁ一件くらいならすぐだよね。そんなちょっとの時間、僕にとっては残業にも入らないから別にどうってことはない。


「すみませんチーフ、急ぎますね」

「ええ、悪いわね」


 人選はできても転移をさせることは僕にはできない。そこはチーフか課長の仕事。だから結局、チーフも残業になっちゃう。早くやろう。


「えーと……んー………………」


 申請書に目を通す。けど、あのー……


「これだけ……?」


 ほぼ白紙。まっさらもいいとこ。なんなら転移先の世界名と住所しか書いてない。いやいや、もうちょっと何かあるでしょうよ。


「あの、そちらの世界の皆さんはどのような理由でどんな方を必要とされていますか?」

「えー分かんないですぅ」

「…………」


 ランスくん、生ゴミ見るような目で人を見ないの。

 気持ちは分からんでもないけどね。自分の管理している世界の人がどんな事を思って異世界からヘルプを呼んでいるのかも理解してないで申請してきたのはちょっとどうかしてるよね。


「とりあえず、世界検索しますね……っと、…………あー…………はい、うん…………」



 エネルギー資源採掘量の著しい極端化に伴い、エネルギー戦争が勃発、激化。半数の国が消滅…………。

 資源採掘量のグラフ、これ、どうしたらこうなるの。採掘量ゼロの直後に一瞬激増、が何回も続いてる。しかもその時によって採掘されている国が違う。しかも、まったく採れていない時期がそれなりにあるからたぶん激増していたとしてもこれ全然足りてないんじゃ……。


「……エネルギー資源に関しては積極的介入が認められていたはずよ」

「はい!だから足りなくなる度にちゃんと入れてるんですよぉ。それも平等に、いろんな国に一回ずつ!」


 チーフから表情が抜け落ちた。

 気持ちは分からんでもないけどね。エネルギー資源がなくなった大混乱の中、もしも小さな国に突然資源が出てきたら。ああ、半数の国が消滅ってそういう……。


 ちらりとパソコンを操作する。検索条件はこの人の世界名と、今後五年以内に死亡する予定の人。

 検索終了。世界データベースと照らし合わせる。今の人口の三分の二以上。……そう、今の人口。エネルギー戦争が始まって、国が半分消え去る前の世界人口じゃない。


「申請の前に、世界の状況を一度上司に相談しておいで」

「えーー!なんでですかぁ!?あっ、転移させる人の詳細がないから?じゃあじゃあ、男の人でぇ、二十代でぇ、細マッチョのイケメンがいいですぅ!」


 課長の目が笑ってないよぉ……。

 気持ちは分からんでもないけどね。これ、こんなになるまでどうして放っておかれちゃったんだろう。世界って一人で管理する場合もあるのかな。


「ひとつの世界に一人の管理者は普通にあるし、複数の世界を掛け持ちしている人も沢山いるわ。世界はかなりの数があるから。地球の方が規模が大きすぎて特殊なのよ」

「そうなんですね」

「とにかくっ!今日中にやらないと転移に間に合わないんですよぉ。やってくれないと異世界課のみなさんのせいで私の世界がめちゃくちゃになって沢山の人が犠牲になっちゃうんですよ!それでいいんですかぁ!?じゃあよろしくお願いしまーす!」

「あ、」


 行っちゃった……。

 こっちの心象が悪くなるような事を一方的に大声で叫び倒して。うーん、これは。


「なにあれ。サイッテー」

「あれが神か?生きてる人間を何だと思ってやがる」

「チーフ、あの方の世界の人々はどうなるんですの」

「世界が続く限り、輪廻は続くわ。何に生まれ変わるか、いつ生まれるかは分からないけれど。……あの様子じゃ輪廻の待ち時間は長そうね」

「じゃあ、もし世界が滅んじゃったら?」

「みんな大元の魂に還るのよ」


 大元の魂、魂の集合体。それはいくつか存在するらしい。そこから小さく分離した魂が僕たち。世界が終わったり、輪廻から抜けて天界での余生を終えたり。そうして次の行き場がなくなった魂たちは、みんな大元の魂へと還ってそこに溶けていく。いくつもの生を経験した魂が融合することで、大元の魂は成長していく。


「いつかまた、そこから新たな魂として分離してどこかの世界に生まれるのよ」

「そっか……よかった、世界がなくなったら魂までなくなっちゃう訳じゃないんですね」

「そうだ。だからそのような顔をするでない」

「え?」


 新たな声がした。そこにいたのは


「あ、あのときの」

「うむ。また会ったな」


 この前、ショッピングセンターで会ったちょびひげのおじさんがいた。


「……僕、どんな顔してました?」

「己の心を押さえつけて、怒ることも抵抗することも諦めた……一言で言うなれば腑抜けた社畜の顔だな」

「わぁ辛辣ぅ……」


 ちょっと笑ってしまった。

 でも、そう。あんな人はたくさんいた。まともに会話すると疲れちゃうし、余計な仕事が増えていく。だからあんなのはやり過ごすに限る。


「それを腑抜けだと言うのだ。以前のそなたはもう死んだ。ここは真っ当なホワイト企業で、そなたはもはや社畜ではない。頼れる仲間も、信頼できる上司もいる。恐れる事は何もない」

「…………」

「だから、ちょっとばかしやり返してもいいのだ」

 

 おじさんはニヤリと笑う。 


「なに、あれも異界の神だがバチなど当たらん。なにせ同じ会社に勤める者同士なのだからな。それに、やられたら倍返しが最近の日本の流行りだろう?」

「うーん、ちょっと古いんだよなぁ」


 僕もつられてニヤリと笑う。

 なんだかおかしくなってきちゃった。でも、そっか。そうだよね。あの頃の僕はもう死んだんだから。


「でもね、やり返すって言っても……僕にはさっきの会話の録音くらいしかなくて」

「ふはっ!うむ、それで?」

「世界データベースで確認したけど、人間による召喚術の行使がもう十回以上行われているのに一度も召喚申請が出されていなくて、明らかに管理不足って事と」

「うむうむ」

「あの人の上司のスケジュールを社内システムで確認したら、一ヶ月前から長期出張中で申請書のサインが偽造だって事くらいしか僕の力じゃ確認ができないんですけど」

「そうかそうか」 

 

 胸ポケットに入れた携帯端末を取り出す。いつでもどこでもすぐにボイスレコーダーを起動できるようにしておくのが、社畜の必須スキルですので。


「あはは!すごいねぇコータくん」

「それだけやれば十分よ」

「あなた、この短時間でそんな事してましたのね……」


 課長が笑って、チーフは苦笑い、シャルロッテちゃんはあきれ顔だ。マリーちゃんとランスくんがパソコンを覗き込んでいる。あ、課長がどこかに電話をかけ始めた。

 ……うん、マ、あとは知~らないっと。


 

「ありがとうございました」

「いいや。昔は私もそなたと似たようなものだったからな」

「社畜だったんですか?」

「いつの時代も、我が国はそう変わらんよ」


 おじさん、しょうわの生まれって言ってたっけ。絶対に昭和じゃない”しょうわ”。いつの事かは知らないけれど、日本には遥か昔から社畜文化が根付いてたってことか。

 ………………あれ。そういえばおじさん、ここにいるって事はこの会社の人なんだね……?


「あの、ちなみに今の所属部署は?」

「運営部だ」

「日本?」

「日本」

「えっじゃあ…………神……様…………?」


 一歩、二歩、後ずさる。

 昔の日本に生きていた、…………どの神様?

 おじさんは冷や汗をだらだらかく僕を見てまたニヤリと笑った。


 

「運営本部 科学世界課 地球チーム 日本班所属、菅原道真と申す。よろしくな、後輩よ」


 

 あっ僕終了のおしらせ。


「おいコータ!大丈夫か!?」

「タイヘンゴブレイヲイタシマシタ……」

「わっはははは!」


 ちょびひげのおじさん改め菅原道真様は白目をむいてひっくり返った僕を見て大爆笑していらっしゃる。

 ていうかね、ぜんっぜん分からんよ!普通の洋服にちょびひげのダンディーなおじさんじゃん!それならそうと烏帽子とか束帯とか笏とかでもっとちゃんとそれっぽくしてて!


「それこそちょっと古いであろう」

「それはそうですけど」


 ちょっとどころじゃないけど。

 それに、さっき倍返しとか言ってたけどこの人の仕返し、倍どころじゃなくない?


「苦痛というのはな、受けた人間側の基準であるのだ。その倍というのもまたその者の基準でよいのだぞ」

「わぁ屁理屈だぁ」 

「そうだ、先日の礼にちょいと雷を落としてやろうか」

「やめたげて……よ……ぉ……んんーー……」


 いいのかな。いいのかもしれない。

 だって僕は、死んじゃったんだから。その原因にちょっとくらい仕返ししたって、バチは当たらないのかもしれない。

 だって僕は、何をされても何を言われても平気なふりをしていた僕は、もう死んじゃったんだから。


「好きな場所に、一回だぞ」






 


『――――次のニュースです。東京都◯◯区で落雷が発生し、ビル一棟が全焼しました。建物内には従業員数人がいましたが、全員避難して無事、怪我人は出ておりません。なお、このビルを所有していた会社では先月従業員の過労死と思われる突然死があり、現在遺族との話し合いが持たれていたという事です。番組が入手した情報では、死亡した従業員の他にも複数の従業員へのパワハラやサービス残業、長時間労働が確認されており――――――』




 

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