24 言葉にするってだいじ
今日はおやすみ。
僕は移住者向け天界ガイドブックを片手にお出掛けをしています。駅から駅へ、あっちの駅の三番ゲートから、次の駅では五番ゲートへ、次は一番……てな具合に乗り継ぎ乗り継ぎ。これ絶対覚えられないし、なんなら帰りに迷う気がしないでもない。
そんな大冒険の末にたどり着いたところは。
「おお~すごい」
天界の、えらーい人たちの住むところ。
に、続く扉の前。
そう、観光です。
天界はいくつかの層に分かれていて、普段僕たちがいるのは第二層と第三層。二層が住宅街で、三層がお店とか会社があるところ。第四層はいろんな世界がひしめき合ってる……まぁいうなれば宇宙? みたいな?
そんで、第一層がとっても偉い神様たちの住むところなんだとか。
どのくらい偉いかっていうと、僕たち地球人にお馴染みの天照大御神様だとか仏様、キリスト様だとかよりももっと上。あの人たち会社員だしね……。
そんな神様たちでも滅多にお目にかかれない、むしろ見れたら奇跡レベルの神様たちが住んでるのが第一層なんだって。(ガイドブックより)
マ、つまり皇居とかバッキンガム宮殿に観光にきたと思ってもらえれば合ってる。
「あら~豪華な門」
そういえば天国に来たときに通った門も豪華だったなぁ。あれは白い空間に門扉だけが存在してたけど、ここはどこまでも塀が続いている。
ていうか、僕が死んだときのあの空間。今だから分かるけど最安値仕様ですね……。
「ヘイそこノ君、ここハはじめてカイ?」
「こんにちは~。はい、初めてきました」
観光客らしく、いかにエモい角度から門を撮影できるかチャレンジしていたらなんか知らんおっさんに声をかけられた。
どこの世界からきた人なんだろう、肌が緑色で筋骨粒々のおっさん……オーク? ビジュアル的にゴツいこん棒とかもっててほしいけど、おっさんの隣にあるのは三脚で固定されたごっついカメラだった。高そう~。
「ここハ天界ノ上層部、天上人たちガ住まうエリアへ続く門ノひとつサ!」
「あ、門ってここだけじゃないんですね」
「そノ通り!他にもいくつカあるけれど――――」
あー。おっさん、そういうオタクの人か。
うんうん、地球にもいるよね。皇室とかロイヤルファミリーの追っかけの人。好きなことがあるのは良いことです。
「――――いつかハなかニ住まう方々ニ会ってみたいものサ」
「会えるといいですね~」
なんとおっさん、かれこれ百年近く休みの日は各地の門を周回しているらしい。毎回門の写真を撮っては、中の方々と出会う日を心待ちにしているとか。
この門、そんなに開かないんだね。開いたとして、おっさんがいるタイミングとも限らないし。
うーん、その情熱はすごいなぁ。僕にはとても、
「あ、」
「えっ?」
ゴゴゴ、そんな地響きみたいな音がした。
それはあの豪華な門からで。
「エ、うそ、まっテ、」
分かりやすくテンパるおっさん、口元に両手をあててオロオロ。まるで女子高生が恋する先輩に偶然街中で出会ってしまったような反応。うーん、可愛くない。
僕はそっと、おっさんのカメラを録画モードにしておいた。なんてったって扉正面のベスポジだもの。これなら出てくる人も中も撮れるでしょ。
僕は……いくら偉い人の住まいで開くのがレアなんだと教えられても、初めて来たタイミングで開いちゃったもんだから別に感動もなにも……あと隣のおっさんが動揺しすぎてて冷静になってるのもある。
そんな事をしている間にもどんどん開いていく扉。
中からは神々しい光があふれ……あー逆光で全部とぶかな、撮れてるといいけど。
そうして誰か、中から出てくる。
あのひとが、この天国でも最上位の神様の一人
「――――チーフ……?」
「あら、コータくん。どうしたのこんな所で」
場所が変わって、駅前の喫茶店。
僕とチーフはお茶とおやつを注文して一息ついています。
……いや、あのおっさんの視線が気まずくて……。
憧れの人を初めて見た感動と、お前みたいなちんちくりんが何で知り合いなんだよっていう色々混ざりあった複雑な感情を無言で向けられてさ……逃げたよね……。
「ごめんね、びっくりしたでしょう?」
「あー、まぁ……。チーフ、偉い人だったんですね」
あそこから出てくるってことはそういう事だよね。まさか自分の上司が天界の最上位の人だったとは驚きだけれど、なるほどだからこんな美人なんだなって納得。そのご尊顔とおっぱいからは神々しさすら感じるものね……。
「んー。でも私、ほぼ勘当されてるから」
「えっ、なんで」
「私の見た目がね、向こうからしたらダメなのよね」
「こんなに美人なのに???」
どの角度からいつ見ても完璧な配置の顔面に、全世界の色気を捏ねて作りましたみたいなプロポーションのお身体は奇跡の造形美なのに?? こんな、神が作りし……この人神様だったや。じゃあなに? 美と魅惑と色気の神なのか? この人が神様です。しってた。(大混乱)
「ふふ、ありがとう。……あっちの人たちはね、こっちの人たちとは違う見た目をしているのよね」
「そうなんですか」
「なんていうのかな……ほぼ思念体みたいな?」
ほう???
えらーい神様ってのは実態がないものなのかな。うんうん、そういうのも漫画とかで読んだことあるよね。丸く光った玉が浮いてるやつみたいなさ。あんなかんじ?
「さすが、理解が早くて凄いわ。本来そんな感じの中に、肉体を持って生まれちゃったのよね、私」
「あー…………」
それはもう、何が起こるかは火を見るより明らかなのでは。しかも隔離された第一層の偉い神様たちって、偏見かもしれないけど、
「あっちの人たちって、選民意識みたいなのが強くて」
「ほらやっぱりー」
だと思った。
ここは天国だけど、いろんな人がいて、けっしていい人ばかりじゃない。差別や偏見だって、僕が今したみたいに少しはあるわけで。
第一層、第二層なんて分かれているのはきっとそういう事なんだろうな。
「それは……居心地悪そうですね」
「本当よ。だから飛び出してきちゃったの」
それを止めるような人もいなかったから。
そう言ってチーフはからからと笑っているけれど、それはたぶん凄く寂しいことなんじゃないのかな。なんだか関係ない僕のほうがしょんぼりしちゃう。
「あらあら。いいのよ、別に」
「でも……」
「本当よ。私、そういう考えって好きじゃないの。だからこっちにいるほうが楽だし、私にとって自然なことだわ。それに、貴方たちと仕事するのはとっても楽しいのよ」
そう言われてしまうと、もう何も返せない。これはたぶん、チーフのなかではもう結論が出て終わっている話なんだろうな。それをパッと出てきた僕がどうのこうの言うのはきっと違う。……でも。
「誰がなんと言おうと、チーフはとっても綺麗で素敵な人です! 僕が今まで出会ったどんな人よりも! 美人で優しくて仕事ができて、すごい人です! 僕だってチーフと一緒に仕事できるのすごく楽しいです!!」
僕のことを、あんなに膨大なデータベースの中から拾い上げてくれた人。チーフが見つけてくれたから、僕はいまここにいて、こんなにも楽しくて充実した毎日を過ごしている。
「ぜんぶぜんぶ、チーフのおかげで……!」
そこまで言って、は、と気づく。
チーフがびっくりした顔でこっちみてる。それどころか、周りのテーブルの人たちもこっちみてる。
「……すみません…………」
恥ずかしい……!!
勢いがつきすぎてテーブルに乗り出していた身体を椅子に戻す。どうりでチーフのご尊顔が近いと思った……。
「……ふふ、ありがとうコータくん。そんな事、面と向かって言われたことないからびっくりしちゃった」
「それは嘘だぁ」
「本当よ」
穴があったら入りたすぎて、穴なんてないからテーブルに突っ伏していた顔をあげる。チーフの綺麗な顔がほんのり赤くなっていて。
「ひょえ……綺麗で可愛い……」
「もう、またそんな事言って」
「事実なので……」
え、でもこの反応。まさか本当に誰も今まで言ってなかったとか? こんな美人を誰も褒めないとか、そんなことある???
「言われないわね。そもそも色々な世界の人がいるから、それぞれ基準が違うし」
「……あ、分かった。チーフがあんまりにも美人すぎてみんな言葉にできないんだ」
「コータくん話聞いてる?」
わかる、わかるよ。こんな絶世の美女、見つめあっても見つめあわなくても素直にお喋りなんてできないし、好きなところなら星の数と地球上の砂浜の砂粒ぜんぶを合わせた数ほどあるけど何故か言葉にできないんだ。ちなみに僕がこうやって喋っていられるのはこの人が上司だからです。そうじゃなかったらたぶん無理。喋る前に、この美しい人の視界に僕なんかが入ってもいいんだろうかって自問自答から始まる。
「もう、君が私の見た目が好きなのは分かったから」
「は?? 中身も大好きですけど?? チーフこそ僕の話聞いてた??」
え、外側だけだと思ってんのなんで???
と、思わず言ってしまった。真顔で。
それに気付いたのはチーフの顔が真っ赤に染まってしまったからで。
「あ、あわあああぁぁあ、あの、ちが、ち……がわない! 違わないんですけど!!」
「わかった、わかったからもう」
二人して真っ赤になっていたら周りのテーブルからあらあらまぁまぁ……みたいな生暖かい視線を頂いてしまったのでそそくさと店を逃げ出す羽目になった。
なんか今日は逃げてばっかだなぁ。
チーフが見た目と裏腹にウブで可愛いという大発見をしてしまったから、まぁ良しとしよう。
「……私も、コータくん好きよ。可愛くって」
「ヒョワ!?!? な、なななん……!?」
「ふふふ、仕返しよ」
「もーーー! もてあそばれた!!」
後日、部署のみんなに聞いたらやっぱりチーフが綺麗で優しくて素敵なのは大宇宙の常識すぎて言葉にしたことはあまりない、とのこと。反省だね。
そんなわけで、「第一回チーフを褒め称える会」を盛大に開催した。また真っ赤になってた。かわいい。
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