26 フラグ回収は義務です



 正直、もう回収されないフラグかと思ってた。


 いやだってさ、僕がそのフラグ立てたの四話だよ? もうすでにこれ二十六話なんだよ。いつもはすぐフラグ回収するくせに、まったくそんな素振りもなかったじゃん。


「お、アレだな」

「わぁ、マジの日本式旅館だぁ」


 温泉旅行です。




「私と一緒では不満か?」

「そういう訳じゃないですけど」


 本当にそういう訳じゃない。でもさ、正直ここまで僕の風呂好きだよってフラグが残ってたらそりゃあ部署の皆で温泉かなって思うじゃん。社員旅行とか行くのかなって思うじゃん。美女たちとの温泉わくわく肌色ラブコメ発生かなって思うじゃん。


 蓋あけたら菅原道真様と二人なの何……?


「光汰が有給をとらぬと聞いたのでな」

「ほらそういうフラグはすぐ回収するじゃん……」


 おじさん二人の温泉なんて誰得なんだ。


「諦めろ。そなたに肌色はまだ早い」

「僕これでも三十過ぎてるんですけど」

「三十年しか生きておらん小童が」

「立派な成人です~」


 僕は二十歳で成人したし、今なら十八で成人だし、なんなら道真様の時代はもっと早く元服してたでしょ。こんな中学生みたいな見た目してても立派に成人向けだって買えるんだい。確実に年齢確認されるから身分証必携だけどね!


 そんな不毛な会話をしながら歩くこと少し、お目当ての建物の目の前に到着した。


「おお~! 道真様、写真とりましょ写真!」

「不満を言う割に楽しんでおるではないか」

「だから別に不満じゃないんですって! 拗ねないでくださいよぉ」


 おっさんの拗ねモードなんて可愛くもなんともないもの、誰も望んじゃいないのですよ。

 それより見てよ、この立派な日本式温泉旅館を!

 一度は行ってみたかったんだよね、こういう純和風旅館。温泉大好きなんだけど、生きてる頃は仕事ばっかりで旅行も行けるはずなくそのまま死んじゃったからさ。


「日本だ~ただいま日本~!」

「お。いい感じに撮れたぞ」

「うわ道真様すごい!」


 道真様ってば写真技術がどんどん上がってく。SNSやりはじめてから携帯端末を画素数高いやつに変えたらしい。これぜったいそのうちお高いカメラ買うやつ。


「それにしてもこんな高そうなのに、結構安めのお値段でしたよね?」

「うむ。外から見た印象だと値段設定を間違っておるな」


 そう。純和風旅館でお風呂は源泉かけ流し露天風呂あり、夕朝の二食付き、各種アメニティも貸し出し浴衣もあり。にもかかわらずなんか安かったここの宿。できて間もないらしいから、オープニング価格だとしてもちょっと安いかな。

 まぁまだ泊まっても、というか中にも入ってないからなんとも判断つかないけどさ。


「これですごい酷いお宿だったらどうします?」

「笑いながら評価星一つにする」

「すっごい良かったら?」

「経営方針について説教」

「道真様そういうとこあるよね」


 玄関周りには他のお客さんはいない。流行っていないことは確か。ドキドキしながらお宿の引戸をガラリと開ける。出迎えてくれたのはこの宿のご主人かな? 一目で日本人だとわかるおじさんだった。


「ようこそいらっしゃいま――――……あ、あなたはあの時の……!」


 どの時の誰……!?





「えー!? あの時の!?」


 出迎えてくれた宿の主人は、なんと僕が死んだとき、そのすぐあとに天国の門から入ってきたあのおじいさんだった。

 えっ、そうだよ、おじいさんだったじゃん。でも今見た目四十代くらいなんだけど。なんで!?


「見た目は好きな時代に戻せると聞きましたよ」

「うそ……僕言われてない……」

「必要ないと思われたのであろうな」

「いやまぁ確かにそうなんですど……」

 

 言われたところで変更しないから、というか僕中学生くらいからあんま見た目変わってないから特に……あっ悲しくなってきた。この話題はやめよう。


 受付で記名をしながら話を聞く。どうやらおじいさんは生きていた頃も温泉宿をやっていて、天国にやってきてからもお金を貯めて温泉宿を建てたらしい。


 おじいさん、正真正銘の解脱だろうから僕みたいに働く必要はどこにもないのに。あ、何しても自由っていわれて何したらいいか分からなかった。なるほど日本人。


「ほう。先に亡くなっていた奥方が天国で待っていて、また二人で温泉宿をな」

「きゃ~ロマンチック~!」


 帳簿に書かれた菅原道真の名前にご主人がぎょっとする。うんうんそうだよね分かる分かる。本物? 本物。 ひぇえ…… を視線だけで会話して、顔色真っ青になっちゃったご主人の肩をぽんと叩いておいた。

 大丈夫、この人は最近SNSにはまってるただのおじさんだから。やたらと雷を落としたりはしないよ。たぶんね!



 それから綺麗な部屋に案内され、大浴場と露天風呂を堪能し、部屋で豪華な夕飯を頂き。


「主人よ、ちとそこに座れ」

「ひえ、は、はい……」


 雷を落とさないと言ったな。あれは嘘だ。


「部屋も風呂も清潔に保たれ、食事も大変美味であった。サービス面も申し分ない。このような純日本式の旅館ははじめて利用したが、とても良いものだな」

「え、道真様そうだったんです? ああ、でもそっか。道真様そういえば平安時代の人だもんね……」

「うむ。たまに仕事で現世に行くことがあっても、宿に泊まるようなことはないのでな」


 現世行くことあるんだ……。ていうか行けるんだ……はじめて知った……。

 現代日本がどうなっているかはちゃんと見てるし知ってるから、いろんな知識はあるらしい。けどそれが天国に輸入されないと体験できない。うーん、神様にもいろいろあるね。


「とても満足しているからこそ言わせてもらうが、この値段設定はだいぶ問題であるぞ」

「え、……」

「僕もそう思いますよ。ちょっと安すぎかなぁ。値段とサービス内容が見合ってないですよ」

「あ、ああ。そういう……」


 高いって言われると思ったのかな。逆に安すぎって言われて安心したみたい。

 まぁ、道真様顔怖いから仕方ないね……。

 そんなわけで僕はこの威圧感とネームバリューのせいで誤解されがちなお節介おじさんの通訳のお仕事をしますよ。


「これでは利益など出ておらぬだろう。なぜここまで安くしたのか理由を申してみよ」

「いや、単純にお客様が来ませんで……とりあえず値段を下げてみたのですが……」

「宣伝とかはしたんです?」

「やってみたんですが、どうも苦手で……」

「だからといって値段を下げれば良いというものではなかろう。天国の住民は日本の様式など知らぬのだから、まずは周知から始めねば人は来ぬ」

「この時代、SNSでバズればかなりの集客ができますよ。ね、やってみません?」

「一応、カメラは買ってあるんです」

「ほう?」


 ご主人なりに頑張ろうとした形跡があった。日本で生きていた頃はかなりの高齢だったろうに、SNSなんかを触ろうとしたのは偉い。旅館でやってたんだろうな。いや、この感じだと誰かがやっていたのを見てただけだろうけど。


 ご主人が持ってきたのはデジタルの一眼レフカメラだった。あー。店員に聞いたらこれをおすすめされた。なるほど。なかに保存されていた写真を見ても、うーんこれは。

 あと、さっきから道真様の目がカメラみてキラキラ輝いてる。やっぱそういうフラグはすぐ回収しに来るじゃん。


「よし、特別に私が写真を撮ってやろう」

「ひぇ!? い、いやそんな……!」

「道真様は最近写真にはまっていて、かなり上手なのでまかせて大丈夫ですよ~」


 カメラ触ってみたいだけなんですよ、撮らせてあげてください。と張り切って部屋を出ていく道真様の後ろでこそっとご主人に耳打ちする。そいういうことなら、と納得したご主人と共に、道真様を追いかけた。




 結果から言うね。バズりました。


 道真様の撮影した写真を、もともとご主人が頑張って作っていたSNSアカウントへ投下。同時に僕がちゃちゃっとブログを作成。ここに宿の情報を載せとけば、これがホームページにもなるし、ご主人にも管理が簡単。お知らせや季節情報なんかを記事にして書けばいいだけだしね。

 あ、値段はちゃんと適正に戻したよ。

 他の宿よりも高めだけど、それでも今じゃお客さんが絶えないって言うんだから、元々ポテンシャルが凄かったんだよね。天国屈指の人気宿になりましたとさ。



「八百万の神様たちが疲れを癒しに来るお湯屋を……作ってしまったな…………」

「では人間が迷い来んでいたら最上階に行く手助けをしてやらねばな」

「道真様その枠でいいの??」


 

 ていうか何で知ってんの?? あ、現世行ったときに。ちょうど金ローで。その辺のご家庭にこっそりお邪魔して一緒に観た。なるほどね???





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