16 ふわっと翻ったスカートの中が水溜まりに映っていて僕はそっと瞬きを止めた
僕とマリーちゃんで支社におつかいに行った帰り道。
支社までの届け物はたまにあるらしい。こっちも向こうもエキチカ物件だから、郵便やら宅配便やらの手配をするよりも直接行った方が早いし安い。そんなわけで、僕の顔見せも含めて二人で行ったんだけど。
「あ、ヤバ」
ぼつ、と頭に当たった水滴。ポツリ、とかじゃないの。ぼつ、ね。つまりマァ、
「うわぁぁぁああ」
「コータあそこ!あそこ入ろ!」
どばっしゃーーー! と行きなりの強雨。ゲリラ豪雨ってこういうこと、みたいなお手本大雨。目の前も霞むような大惨事に、僕たちは急いでそのへんの建物の庇の下に入り込んだ。
「あとちょっとで会社だったのにー」
「書類届けた後でよかったねぇ」
降り始めてすぐに屋根の下に避難したというのに、ここまでずぶ濡れになるとは。ゲリラ豪雨って天国にもあるんだね。書類をもってたらガチでダメにするところだったからセーフ。
だけどこれじゃ会社まで帰れない。
「これ止むまでここであmぇあでぇェ!?!?」
雨宿りするしかないね、って言おうとしたんだけどそんな台詞は吹っ飛んで雨に流されていった。
なぜって雨に濡れたマリーちゃんのワンピースが大変なことになっていたから。
あぁぁああ~~みてない、何も見てないよ~。
濡れて身体にぴったり貼り付いちゃった白いワンピースのせいでくっきりはっきりしちゃった身体のラインとかうっすら透けてる肌色とうっすらどころじゃないピンクの下着がたいへんエッッッッッチな仕上がりになっちゃって頬に貼り付いた髪も顎から滴り落ちる雫も全部がいい具合に大変ケシカラン状態になってるのとかをあの一瞬で本気だした視力と記憶力が全部目に焼き付けちゃったりなんて絶対にしてない。ないったらない。
「こ、ここここれ、コレ着ててね濡れてるけど!」
ぎゅむーー! 目を瞑ってジャケット脱いで。ばっと差し出すのも目を閉じたままだから見えてない。見えてないからお願い通報しないで。
ジャケット渡したら僕だけ先に会社に戻ろうか大雨だけど。いやでもこんなケシカラン状態の女の子を一人にして誰かが来ちゃったらそれはもう大変なアレソレになってしまうのではエロ同人みたいに、ってそれは犯罪。絶対ダメ。ダメったらダメだから変な妄想すんな僕の脳みそは落ち着いてください頼むから。
「――コータ」
ふわ、と暖かい風が吹き抜けた。
びっくりして思わず目を開けちゃったけど、そこにいたのは濡れてスケスケになってたさっきまでのマリーちゃんじゃなく、なにも濡れてないいつも通りのマリーちゃん。ついでに僕の服も髪も乾いてた。
「マ、このくらいはね」
「まほうのちからって、すげー……」
そうだった。そういやこの子、魔法世界の出身なんだった。しかも聖女さま。魔法なんてエキスパートじゃん。
えっじゃあ僕は一人で焦って大混乱した挙げ句、見ちゃったことを自己申告しただけでは……? えっうわやだ通報案件。
「コータってさ、ちょっと変わってるよね」
「えっ何が?」
「男の人ってフツーこういうのラッキーってじろじろ見たり触ったりしてくるじゃん?」
「主語がでっかい……」
そんな男ばっかりじゃないよぉ。
確かにさっきの姿は脳裏に焼き付けたし、できれば今日、今日と言わず毎日夢に出てこないかなって思うけど。そんな不躾に見たりましてや触るなんてそれこそ夢の中じゃなきゃしないし、チキンと名高い僕は夢の中でもそんなこときっとできやしない。
「そんな男ばっかだったよ。話してんのに胸しか見てない奴とか、すれ違う度にお尻触ってくる奴とかさ。酷いのだと寝てる所に忍び込んできたり」
「何その最低野郎たち」
「神官だよ? 信じられる?」
「うわ……」
それはドン引き。ていうかマリーちゃんそんな所で聖女やってたの? 僕なんかよりよっぽど職場環境最悪では?
「国に言ってもそのくらい我慢しろって言われるしさ、むしろそういうのをナグサメルのも聖女の務めとか言われるし」
「僕ちょっと今からそいつらシメてくるね」
「あ、それはもう全員女にしてから記憶持ちのまま
「よくやったねぇ」
「でしょ。もっと褒めて」
「えらい。天才。さすがマリーちゃん」
全員TSさせてるところがすごい。同じ気持ちを味わえっていう執念を感じるよね。そこに痺れる憧れるぅ。
でも、あれ?
「全員?」
「うん。もう終わったよ」
復讐はもうすでに完了しているらしい。
転生も転移も、死んだ人かすぐ死ぬ予定の人からしか選べない。だからランスくんだってまだまだ復讐の途中だって言ってた。でも、全員ってことは。
「だってあの国滅んじゃったもん」
「え、……あー、スタンピード」
「うん」
確かマリーちゃん、スタンピードで死んじゃったんだっけ。衝撃的な自己紹介すぎてはっきり覚えてる。結界の人柱にされたって。
「素材がよくても結界作るヤツがクソじゃねぇ」
「それはそう」
聖女ってのはそれなりに地位が高い。上手くやれば我儘もきくし、そのまま王子との結婚だって可能。マリーちゃんのいた国で、女の子のなりたい職業ナンバーワンだったらしい。ただちょっと、聖女になるには素質が一番肝心だ。
「聖女できる人がいなかったから私が他の世界から呼ばれたのにさ、それを分かってない悪知恵だけ一丁前のバカ女が私のこと偽物だって言い出して。周りもそれに乗って」
たぶん、セクハラをあしらっていたのも原因なんだろうな。当たり前の事なのに、それを逆恨みした神官たちが嫌がらせのごとくその女の子に乗ったんだ。
不服というのなら聖女として、男を慰める務めも果たせと言って。
「んな事する位なら死んだ方がマシじゃん? だから別に人柱はいーの。でも聖女になりたいならちゃんとやれっての。結局たくさんの人が死んじゃったんだよ。そいつらの我儘のせいでさ」
マリーちゃんが許してないのはその一点だけ。
やるっていうならちゃんとやれ。できるできないじゃない、人の命がかかってるんだ。だから人柱になることだって受け入れた。たくさんの人の命を守るために。その女の子の技量をみて、自分を贄にすれば十分できると判断して。でも。
「魔力の使いすぎで肌がしわしわになって。それが嫌で、それだけのことで止めやがったんだよ」
「……ちなみにその子はさ」
「容姿そのままにして
「やるぅ」
「ふふふん」
それにしても。マリーちゃんは、
「マリーちゃん、本当に聖女さまが天職なんだね」
「向いてなかったよ、私。こんな言葉遣いだし」
「うん」
「性格だってこんなんだしさ」
「うん。それでもさ」
暴言を吐いて、自分を不当に扱った人に復讐して。だけども、己の尊厳と見知らぬ大勢のために命を差し出す潔白は、間違うことなき聖女だ。
「……コータ、やっぱちょっと変わってるよね」
「そうかな」
「うん。――あ、」
空を見上げる。突然降りだした雨は、止むのもやっぱり突然だ。ごうごう降りしきる音はまだ背後でしているのに、もう雨粒はひとつも落ちてきやしない。
「よし、帰ろ!」
「うん、帰って仕事しよ」
ぱしゃりと水溜まりを蹴って屋根のしたから抜け出して、すでに日が差しはじめている雨上がりのオフィス街に踏み出した。
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