4 熱帯魚を水槽に入れる時は水温を慣らしてからにして


 あれから数日間、準備の時間をもらった僕は契約した自室で心置きなく寝た。とにかく寝た。ここ最近はずっと会社のデスクで仮眠か、よくてネカフェで仮眠だったからふかふかのベッドで寝るなんて贅沢を久しぶりに味わった。それから浴槽にお湯を張ってお風呂。

 幸せ。とにかく幸せ。

 僕お風呂好きなんだよね。じんわり温まるあの感じ。疲れとかストレスとかお湯に溶けていくよね。買ってきた入浴剤を入れたけど、いいにおいだったなぁ。

 そうそう、天界には温泉もあるんだって。いつか行ってみたいなぁ。


 もちろん、寝てお風呂に浸かっていただけじゃない。ちゃんと生活用品諸々揃えに買い物だってしたよ。

 だってほら、着の身着のままここに来たから何も持ってない。一からぜんぶ揃えなくちゃいけなかったから大変だ。

 着替えとか生活雑貨とか消耗品。一度に買うとすんごい量になるよね。でもないと困るしなぁ。

 お金は「移住初期費」が補助出ました。返さなくていいらしい。天国か?天国だったわ。

 

 あ、家は社宅にしました。

 エヴァさんに聞いたら、部署の人たちみんな社宅なんだって。社宅だとお金がかかるけど、すごく安かったし会社から近い。レンタル家具も貸してもらえたから助かるマジで。自分の気に入った家具を見つけたらレンタル返却すればいいし。

 ショッピングセンターも近かったんだよ。すっごくデカイやつ。こんどもっと探検しよ。


 いろんなお店もあるけど、公園とかもたくさんあって緑が多い。市街地でこれだもの、ちょっと外れれば森みたいなところもあって綺麗な川が流れていたりするみたい。ガイドブックに書いてあった。

 さすが天国、ウン百年前から人類の住みたい街ランキング堂々一位も納得だ。


 ただ、慣れない事もやっぱりある。

 ……人が、ね……。うん、本当にいろんな世界があるんだろうなぁって思う。

 耳と尻尾の生えた人、まんま動物で二足歩行してる人、四足歩行のしゃべる動物、羽の生えた人、角の生えた人、すっごいデカイ人、すっごいちっちゃい人、肌の緑色の人。紫色の人。まだまだたくさん、いろんな人がいるんだねぇ。

 その人たちはまだ、まぁ、分かるしきっとすぐ慣れる。こういうときエンタメ発展しまくった日本人で本当によかったって思う。ぜんぶアニメとかで予習してる完璧。

 そうじゃなくて、その……明らかに人じゃないやつ、あれは……うん。慣れるしかないんだろうなぁ。なんかグネグネしたスライムみたいなナニカとか、目が沢山ついたナニカとか、小学生の考えた宇宙人みたいなナニカとか……。なんかもうナニカとしか言いようがない。

 

 ショッピングセンターで初遭遇した馬鹿デカイ裂けた口の黒い塊のナニカさんは、腰が抜けて震えて固まる僕に「お、新入りだな!はっはっは!」と笑って飴をくれたし、助け起こしてくれた触手の集合体みたいなナニカさんは頭をやさしく撫でてくれた。

 いい人たちだったな……。さすが天国……。


 

 とまぁここまで千文字以上使ってダラダラ喋っていた訳なんだけど。僕の今の状況を説明するね。


 初 出 勤 です。


 緊張して吐きそう。

 嫌ではないし、行っちゃえば平気なんだけど。思わず現実逃避してたけど、もうすでに受付でエヴァさん呼んでもらってるこの間が一番緊張するから嫌なんだよね。逃げられない。マァ働くって言った時点で後戻りなんてできないんだけど。ここで逃げたら僕の未来はパセリ。


「コータくん、おはよう」

「おはようございます!」


 わ~~~改めて見ても美人~~~。

 今日も細身のスーツ、メリハリボディが素晴らしい。見るだけでここに来てよかったって気持ちになる。さっきまで不安で吐きそうだったのにね。


「少しはゆっくりできた?」

「はい!久しぶりに三時間以上寝ました!」


 なんか無言で頭撫でられた。

 なんで? でもうれしい!!





「山本光汰です。よろしくおねがいします!」


 エヴァさんにくっついてお洒落なエントランスから小綺麗なエレベーターホールを通って八階へ。廊下の癖に素敵空間すぎて僕の場違い感がすごかった。オフィスも所々に観葉植物が置いてあるし、デスクも椅子もデザイナーズですか?という気合いの入りよう。僕の知ってるオフィスと違う。

 そんなフロアの一角で、僕は元気な愛想笑いを顔いっぱいに張り付けて自己紹介。


「死にたてほやほやです!分からないことだらけですが頑張ります」

「マリーよ。よろしく」


 マリーちゃん。透き通る木漏れ日のようなプラチナブロンドに春の空みたいなパステルブルーの瞳。優しげな柔らかい表情は人を安心させる笑み。


「シャルロッテですわ、よろしくお願いします」


 シャルロッテちゃん。くるりと巻いた銀髪に、宝石のように輝く綺麗な紫の瞳。つり上がった目尻が印象的で気が強そうだ。


「ランスだ。よろしくな」


 ランスくん。ダークチェリーみたいな赤い髪、深い森の緑の瞳。服の上からでも分かる気耐え抜かれた筋肉そして高身長。


 いや全員顔良すぎぃ!!!

 キラキラのエフェクトがかかってる。まぶしっ! 僕この人たちとこれから毎日仕事するの? 目がやられるんだが?

 ていうかこんな顔面偏差値の高いところに一般人を放り込むな。悲しくなるだろ。


「課長のダンだよぉ。良く来てくれたねぇ、嬉しいよ」

「はい!」


 あ~~~課長が安心する~~~。

 バーコードハゲのにこにこしたおじちゃんに心と視界が癒される。それにしても課長小さいな、百センチもないのでは。これが世に言うちっちゃいおっさんっていうやつ?


「コータくんの席はそこよ。分からないことがあったら積極的に質問してね。みんなも気に掛けてあげてください。……じゃあコータくん、いろいろ説明するからこっちにおいで」


 席はエヴァさんとランスくんの間みたい。

 すごく妥当に気を遣ってくれてるのがわかる。もしかしてもしかすると、とってもいい職場だったりするのかもしれない。いい職場なんて知らないからわからないけど。



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