28 アイデンティティが迷子になったら



「おはようございます……あら、コータさんはまだいらしていないのですか?」

「そうなのよ、いつも早いのに珍しいわよね」




 


「おはようございまーす」


 さぁて今日も今日とてお仕事しますよっと。昨日ジムで大乱闘天界ブラザーズに巻き込まれた身としては休みたいなと思わなかった訳ではないけど。叫びすぎてまだちょっと喉が痛いよね。

 

「おはようございます。貴方が始業五分前だなんて、寝坊でもしましたの?」

「えぇ? してないけど……会社来るのなんてこんなもんじゃない?」

「……?」


 ぱちり、シャルロッテちゃんがひとつ瞬きして動きをとめた。どうしたんだろ、なんか気になることでもあるのかな。

  

「あ、ランスくんおはよう」

「おはよう、コータ。今日は遅かったんだな」

「ランスくんもそんなこと言って~。普通でしょ」

「ん? まぁそれはそうだな」

「それよりさ、今日みんなで飲みに行かない?」

「ああ、いいぜ」

「よろしくてよ。急ぎの案件が駆け込みで来ないといいですわね」

「よっぽど急いでなければ明日に回しちゃって平気でしょ。定時であがろうよ」

「……は?」

「……え?」


 ランスくんとシャルロッテちゃんがちらりと顔を見合わせた。え、なに?


 

「…………そういえばコータさん、聞きまして? 今週末は休日出勤になりそうなんですって」

 

「ええー!? ほんと!? なにそれ最悪じゃない? 休みの日はちゃんと休ませて欲しいよね~。あっ、休日手当てと代休はちゃんと出るんだよね?」


 

「うわーーーーーーッ!?!?」

「きゃーーーーーーッ!?!?」

「なにーーーーーーッ!?!?」


 なになになになに!?!?

 なんでそんな二人して僕の方見て叫ぶの後ろになにかいる!? いない。じゃあなに!?


「どうかしたの!?」

「何かあったのかなぁ~?」

「いや、なんか二人が急に叫びだして……」


 ちょうど戻ってきたチーフと課長も驚いて駆け寄ってきた。わぁ課長がてとてと走ってるのかわいい~。それはそれとして二人の絶叫がフロアに響いて、みんなこっち見てる。

 そんな他部署の様子なんて気にしないのか、二人はまた大きな声で叫ぶ。


「ち、チーフ! 課長!」

「コータが……」



  

  

「コータがまともなこと言ってるんだ!!!」

「病気かもしれませんわ!!!」



 

 

「なんて?」


 えぇ……???(大困惑)

 ほら課長もチーフも困っちゃったじゃん。ついでに他部署のみなさんも頭上に?をとばしてる。それはそう。

 あ、そういえば。


「チーフ、再来週の三連休とあわせて有給とりますね。ちょっと長めに休みとってリフレッシュしたくて」


 ヒュッとシャルロッテちゃんの喉が鳴った。ランスくんは絶望したみたいな顔をして、課長が口をあけたまま固まる。チーフが青ざめながら震える手を僕の額に当てた。

  

「熱は…………ないわね…………」

「頭打ったのかなぁ? 医務室行くぅ?」

「そんなに???」


 僕そんなおかしいこと言ってる? 普通の事しか言ってないよね?


「お前の場合、普通だからおかしいんだよ」

「普通がおかしいとは一体……」

「これ無自覚ですの? 何か変なものでも食べまして?」


 僕は、いったい何を疑われているんだろうか……。

 体調は普通だしどこも怪我してないし、変なものなんて食べてないけど。

 困惑気味の僕を放って、僕よりもっと困惑しているらしい(なんで?)四人がこそこそ丸くなって相談しだす。

 

「原因が何にしろ、聖女マリーがいれば一発で済むんだがな」

「午前休よ。午後には来るけれど……」

「早めに来てもらってはいかがかしら」

「えぇ……午前休申請したならちゃんととらなきゃ駄目でしょ」


 ちらり、四人が一斉に僕をみる。

 

「今のは……セーフか?」

「うんうん、いつものコータくんでも言いそうだねぇ」

「自分以外の福利厚生に関してはちゃんとしてるものね」

「そういうところは変化なしなのですわね」


 その後もこそこそ話し合って……あ、申請来た。なんか四人とも大変そうだから僕受け付けるけど……ねぇ仕事しなくていいの? そんなことより一大事ってなに???

 

「じゃあ……まぁ……体調が悪い訳じゃなさそうだし、マリーちゃんが来るまで様子見でいいかしら……?」

「なにかあったらいけないから、一人にしないようにねぇ」

「僕は幼児だった?」




 

 そして昼休み前。用事が早く済んだらしいマリーちゃんが出勤してきた。

 

「おはようございまーす」

救世主マリー!!」


 今なんかルビおかしくなかった? 気のせい?

 みんなに謎の大歓迎されたマリーちゃんはかくかくしかじかと説明を受けて、僕をみた。

 

「ばっちり呪われてるじゃん。何したのコレ」

「コータさん、何か変なところに行ったり変なもの触ったりしまして?」

「さっきから扱いが幼児」

「昨日は俺と一緒にジムにいたが……どんな呪いだ?」

「うーん……その人の特性を一つなくしちゃうみたいな? 生まれつき力持ちだったら、力がなくなる的な」

「それ使い方によっては結構ヤバくない?」


 そんなヤバい呪いなんて、…………。


「「………………あっ」」


「ふたりとも、心当たりあるのね……」

「そういえば昨日、呪い使って戦ってたヤツいたな」

「貴方たちの行っているジムは何をしてるんですの?」


 シャルロッテちゃんの的確なツッコミ。それは本当にそう。三ヶ月スパンで最強王者決定戦してるジムって何。


「でも試合終わったらちゃんと解呪してたぞ」

「呪いへの耐性がなさすぎて、効果が残っちゃったんだねぇ」

「じゃあ次からは防御アイテム着けて行かねぇとな」

「もう参加しないという選択肢は……」


 あ、ない。そうですか……。


「でもさ、コータまともになったんでしょ? 呪い解く必要ある?」

「それは……そうなのですけれど……」

 

「…………コータくん、明日残業ですごく遅くなりそうだから念のため会社に泊まる準備してきてくれるかしら」 

「えっ、会社に泊まるって帰れないってことですか!? いやいやありえないでしょ夜勤契約でもないんだし。もし本当にそうならホテルくらい用意するのが普通では?」


 

「うわ気持ち悪……」


 心底ドン引きしたみたいな顔された!!

 僕普通のことしか言ってないのに!!


「女子高生に気持ち悪いって言われた……」

「だって本当に気持ち悪いんですもの」

「シャルロッテちゃんまで……」


 若い子に気持ち悪いって言われるとおじさんはとても傷つくんだよ……! そんな目でこっち見ないでよぉ。ねぇ僕なんかした!?


「はいはい、さっさと浄化しちゃうね」


 雑にあしらわれた僕は椅子に座らされて、マリーちゃんのきれいな手のひらが目の前に翳される。ぽわ、と白い光が浮かんで散って、僕のなかに消えていく。

 からだの中の何かが消えたような気がした。

  

「はい終わり」

「治ったか?」

「僕に聞かれてもよく分かんないよ……」


 今までだって何がおかしいのか分からなかったのに、それが治ったのかなんて分かるはずないんだよなぁ。


「…………コータさん、今日夜飲みに行くって言っていたでしょう? でもこんなに申請が溜まってるんですのよ」

「えっ!? いつの間に!? うーん、昼休み潰したらなんとかなるかなぁ」


 シャルロッテちゃんが取り出したのは結構な分厚さの束だった。その束と僕を交互に見たみんなは、何故かほっとしたみたいで。


「治ったね」 

「いつものコータだな」

「まったく。どうなる事かと思いましたわ」

「これでひと安心ね」

「よかったよかったぁ」


 ほんとに何が良かったのかは分からないんだけど、僕の何かが治ったらしい。マジでよく分からないんだけど、こんどマリーちゃんが呪い避けのアミュレットをつくってくれるらしい。



 

「ていうかホントに何その束。みんな午前中なにしてたワケ?」

「スマン、コータがあんまりにも気持ち悪くて」

「仕事が手につかなかったんですの……」

「僕のせいなの???」





 

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