9 交通費=燃料費=干し草


 翌日。

 まだ明るいうちからお酒を飲んで、さほど遅くない時間に解散して翌朝すっきり起きて普通に出勤する。そんな日がこの僕に訪れるだなんて、夢でもみてるみたい。

 しかも、こんなにのんびり歩いて駅に向かうなんて。


「あら、コータ君おはよう」

「チーフ!おはようございます!」


 わぁい!朝からツイてる!

 今日もチーフは黒のスーツ。といっても膝上二十センチ、いや二十五センチくらいなんじゃなかろうかというスーパーミニスカートにシャツのボタンを三つもあけて、それでも窮屈そうなおムネがたいへんけしからん。朝が似合わない暫定一位。

 そんなえっちなおねいさんに朝っぱらから頭を撫でられ……チーフも僕のことトイプーで固定されちゃったのね。ぜんぜんオッケー!三十代男性のプライドとセクシー美女に仔犬扱いされる事なんて天秤にかけた瞬間に勝敗が決まる。プライドなど宇宙の彼方まで飛んでいって二度と戻ることはないでしょう。僕トイプー!飼ってくれてもいいんですよわんわん!


 首輪とリードをつけられたい欲望と脳内大乱闘しながらチーフにくっついていればもう駅。さすが駅から徒歩五分の社宅。


 駅といっても日本みたいに電車が通っている訳じゃない。便宜状、駅って呼んでるだけで。

 建物の中にずらりと並ぶゲート。これを潜れば別の駅のゲートに出る。目的地固定の一方通行どこ◯もドアってわけ。僕たちが潜るのはセントラルラインの七区中央駅(出口)行きのゲート。商業地区に向かうゲートだけあって、平日の朝は混んでいる。


「日本では満員電車?っていうので会社にいくんでしょう?」

「そうですね。慣れちゃいましたけど、けっこうキツいですよ」


 あれはできれば二度とやりたくない。しかし。

 天界にも満員電車とかいう苦行が存在していたら、チーフのワガママボディと合法的に密着できていたわけで。その機会を永遠に逃している事実に残念な気持ちでいっぱいだよ。


「チーフって日本の事けっこう詳しいですよね」

「あんまりにも申請が多いから勉強したのよ。満員電車は駅員さんが乗客を押し込むんでしょう?」

「そうそう、押しまーす!って言って。そうしないと扉が閉まらないから」


 僕は背が低いから余計に圧迫されて大変だった。扉の上にも手が届かないから手をひっかけるところもなくて。小さいから人と人の間ににゅるんって入り込める事もあるんだけど。


「大変よね……真ん中の人はどこに行っちゃうのかしら」

「ん?」

「電車の中が高密度になりすぎて圧縮されて小さなブラックホールができて真ん中の人がいなくなっちゃうんでしょう?降りる人と乗る人の計算が合わないものね」

「えーと……ドウナンデショウネ……?」


 昨日からちょっと思ってたけど、この人の日本知識だいぶアヤシイね??



 そんな会話をしながらどこにでも行ける訳じゃないドアを潜り、会社の最寄り駅へ。ここから歩いて十分。ふと上をみれば翼の生えた馬が引く馬車が通っていった。


「わぁお、ふぁんたじー」

「ああ、アポロンくんの車ね。管理部の地球チームの子よ。知ってる?」


 アポロンさんという知り合いは僕にはいない。だって天界に来てまだ二週間も経っていない。知人といえる人なんて部署のみんなくらい。


「アポロンさんっていう知り合いは僕にはいないんですけど……地球だとアポロンっていえば有名な神様ですねぇ」

「そうそう、その人で合ってるわよ。あら、言ってなかったかしら」

「えっ」

「運営部の人たちって、その世界の人類からすると神様って呼ばれている人たちになるのよ。だからもしコータ君が何かの宗教を信仰していたなら、会いに行けるわよ」

「えーーー……!?」


 つまり、神様は会社員だった……!?

 えっ僕いま神様たちと同じ会社で働いてるってこと!?


「日本って宗教は?」

「日本人は大体の人が無宗教にみせかけた主に自然崇拝の超多神教だと思いますよ。神道と仏教を中心に、どの国の神様でも神様って言われればだいたい拝みます」


 個人の意見です!!

 これ大事。大事なことだからもう一回言うね。

 個人の意見です!!!!


「それは……なんというか」

「宗教っていうとあまりいいイメージがないので無宗教ってことにしてるんですよね。ただ、だいたい月イチのペースで季節の行事という名の宗教行事があるし、冠婚葬祭もだいたいの人が神様からめてやるんですけど、無宗教って言い張ってます」

「不思議な国ね」


 宗教っていう言葉がトラウマなんだよね。いろんな事件があったせいで。それがなければこんなに信心深い宗教国家もそうそうないと思うけど。国のトップも要するに神職だしね。

 

 まぁ、そんなふうに拝んでる神様たちが会社員だとは思わなかったけどね……。


「コータ君は?」

「無宗教です。……葬式は仏教で出ますけど。ってことはお釈迦様も働いてるんですか」

「オシャカサマ」

「あー……仏陀? シッダールタ?」

「ああ、シッダールタ君」


 ……いるんだ……。


「あれ、でも彼って日本班じゃないわね」

「外国から来た宗教なんで。日本の神様だと……天神様、ええと菅原道真公には受験の時にお世話になりました」

「ミチザネくんね。知ってるわ」


 ……いるんだ……。

 道真くんて……。元怨霊なんだけど。怖……。


「コータくんには主に日本を担当してもらうから、そのうち会うと思うわ」

「そっかぁ……」


 怖……。びびって漏らしたらどうしよ……。いつエンカウントしてもいいようにパンツの替えを毎日持ち歩くと誓う。


「慣れるわよ、そのうちね」

「そうですかね」


 慣れるかな。そうだといいな。

 見上げた空、アポロンさんのペガサス馬車がビルの間にするりと消える。


「自家用車を持ってると通勤楽でいいわよね」

「あの馬車そういう扱いなの!?」


 むり慣れない。

  

 

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