第15話 決してピースは噛み合わない

「よっと」


 バタフライが選択した転移先はコルバの屋敷であった。

 軽やかに高級カーペットが敷かれる応接間へと着地を決めると付近にいた者達は驚愕の声を上げる。


 その中にはコルバや先程自らが助けたサレハを含むスタッフの姿もあった。

 全員の視線を集めている状態にバタフライは優越感に満たされた表情が溢れる。

 

「バタフライ君ッ! な、なななな何があったんだ!? 君は無事なのか!?」


「落ち着きなよコルバちゃん、慌てなくてもワタシは逃げないからさ」


 慌てて駆け付けたコルバへと無秩序にも程がある状況の説明を行う。

 幼稚さのあるバタフライの言葉は意外にも端的ながら分かりやすくコルバは大雑把ながらも理解をした相形を見せた。


「サクリファイスだと……!? 何故そんなモンスターがあの場所にッ!」


「さぁね、まっこの世に絶対はないから。次からは輸送ルートを変えるべきだよ」


「そ、そうだな……取り敢えずありがとう、娘や従業員を救ってくれて。また君に助けられてしまった」


「いいって別に〜取り敢えずは皆無事だってことを祝福でもしようじゃないか」


 能天気な口調でコルバを嗜めると隣にいるサレハへとバタフライは近付く。


「あの後は無事だったかい? コルバの一人娘さん?」


「えっ……えぇ、何とかお父さんの屋敷に向かって今はスタッフ一同、怪我もなく」


「グレイトッ! それは良かった、あぁ改めてバタフライ・オリジナルだ」


「あっえっ……サ、サレハ・ロライズよ」


 差し出された華奢な手に応えるよう慌てて握手を交わす。

 自由奔放な彼女の独特な雰囲気に呑み込まれながら受け答えを行う。

 この世とは別の住人とも思える体貌とハイテンションな言動は初見の人物からすれば目を白黒させるしかない。

 

 それはサレハ達も例外ではなかった。

 初めて彼女を目にしたユウト達スタッフはもちろん、父からの話で薄々認知していたサレハですらバタフライという存在を生目で見て驚きを隠せないでいる。


「『魔法創造科』……貴方はスロニクル跡地でそう言っていたはず、本当にそうなの?」


 過去の記憶を遡り、混乱する思考をどうにか整理しながらサレハは質問を行う。

 何処か艶やかさも醸し出すバタフライは紅い瞳で歯を見せながら笑みを湛えた。


「そうさ、ワタシがステラ学園『魔法創造科』の創始者。固定魔法を超えた新たな魔法を生み出せるのがワタシ、天才と呼べッ!」  


 労働の汗か、冷や汗なのか分からないものを拭いながら彼女は現実を徐々に受容する。

 実際に目の前で披露された前代未聞の魔法に反論出来る言葉は思いつかなかった。


(嘘でしょ……噂は本当だったというの!?本当に『魔法創造科』って……でもこの娘が見たこともない魔法を使ってたのは本当で……お父さんが言っていたことも事実であって……一体何だと言うのこの少女は!?)


 サレハ自身も妄想好きな人間が作った噂話だと内心そう捉えており、父も悪ふざけで言っている事としか思っていなかった。

 この世界で新たな魔法を創造出来る存在なんていない、いるとすれば魔法の概念を破壊しかねない究極の天才。


 当たり前だった常識が通用しない革命児にサレハの心は困惑に満たされていた。

 明るさの隙間から漂う人の皮を被ったような得体のしれなさは悪寒を走らせる。


 あらゆる感情がせめぎ合いどう言葉をかけるべきか鬱悶の情を抱く。

 永遠にも感じるような時間の中、ゴクリと生唾を飲み込むと

 

「あ、ありがとう……!」


 吃りながらも感謝の言葉を述べながら深々と頭を下げた。

 追随するようにスタッフ達もバタフライに向けて謝意を示す。


「貴方が何者かは分からない、貴方の目的も何を心に抱いているかも……でも私達を助けてくれたことは変わらない事実。だから本当にありがとうッ!」


 サレハは助けられたという唯一の明確な事実への言葉を述べる。

 あの場面での介入がなければ命の灯火が無慈悲にも消えていたことは明白であり、抗う術は残されていなかった。


 神頼みをするしかない黯然銷魂な状況を打ち破り生きる選択肢を与えてくれたバタフライにサレハは邪念を振り払い感謝を伝えた。


「顔上げなよ、君みたいに直向きに頑張れて優しさのある人の手助けになるのが『魔法創造科』のあるべき姿、対価もいらないさ」


 純粋な言葉に応えるようにバタフライは口元を綻びさせる。

 見返りを求めるような卑しげな表情は見当たらず無償の愛を示唆していた。


「で、でも……それじゃ貴方が!」


「ワタシは無欲なんだ、金も権力も愛もあんまり興味はない。ただ一つ願うのなら生き残ったその命を大切に使え、それだけだよ」


 食い下がろうとする所を軽く一蹴すると華麗なウインクをサレハへと送る。

 満足げな形相を見せるとバタフライはクルリと背を向けた。


「コルバちゃん、あの承認書は政府に提出してくれた?」


「あぁもちろん、君の頼みだからな」


「ありがとね、近いうちに君の従業員がより良くなれるような魔法も創造しとくよ。それじゃまたね! 行こうかコスモちゃん」


 最後まで自由なバタフライの背中を見つめながらコルバは呆然としているサレハへと声を掛ける。


「不思議だろうあの娘は。最初に出会った日、郊外で盗賊に襲われた所を偶然助けられた時はお前と同じような表情をしたよ。今でも驚かされているがね」


「きっと……いい娘だし優しいんだと思う。でも少し怖い……私達の当たり前の幸せも日常も何もかも壊してきそうで」


 彼女がその場から去ったことへの脱力か、あらゆる心情が脳裏に戻り始め、サレハはバタフライという存在に疑問を呈した。

 明確な根拠や理論はないが本能的に魔法創造という行いへの恐怖が徐々に湧き出る。


「彼女が創造者なのか破壊者なのか、それは誰にも分からない。だが私は前者の方にバタフライ君の未来を賭けたいと思うんだ」


「どうして?」


「この世は必要以上に変革を怖がっているのではないかと思う。私自身も当たり障りのない日常に何処か退屈感を抱いていた。だからこそ彼女の描く未来を見たいと思うのは可笑しいか?」


「……私はただ今存在するこの世界の方がいいよ、お父さん」


 希望的に目を輝かせるコルバとは対照的にサレハは虚ろそうな瞳で窓越しに見える夕日を眺めた。

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