第26話 ただ、未来のために
「えっ……なっ……!?」
余りにも予想外過ぎる人物の登場にコスモは我を取り戻し後退る。
まさかこの極限の場面で彼女と出会うなど夢にも思っていない事であった。
「な、何故……ここに」
「丁度食材の買い出しに来ていまして。ふと路地裏を見遣った際にコスモ様らしき人物が蹲っていたのが見えお声がけをさせてもらったのですが……まさか本人だとは」
彼女が手に持つ麦藁色のトートバッグの隙間からは様々な新鮮味のある食材が見える。
この光景からKの述べていることは紛れもない事実であり偶然出会ってしまったことをコスモは理解していく。
「それで? コスモ様はこんな汚らしい場所で一体何を? まさかそういう性癖ですか? 否定は致しませんが」
「い、いや……性癖とかでは」
「では何を?」
変化球ながらも隙のない問い詰めにコスモは言葉を詰まらす。
流石に自分の口から「死のうとしていた」とは言えず返答に頭を悩ませる。
彼女の姿につま先から脳天までマジマジと見つめ何かを察したKは小さく頷く。
「まぁいいでしょう、それより折角なら近くの喫茶店でお茶でもしませんか?」
「……えっお茶?」
「帰ってもあの馬鹿うるさいクソ主人がいるだけで息抜きしたい気分でしてね。雑誌にも載ってない穴場がありますよ」
再びコスモの瞳へと目線を向けると提案を投げかけた。
暴力的かつ情報収集に特化したバタフライの従者であるKからの発言。
普段であれば警戒心を抱き丁重にお断りを入れる選択肢を取るだろう。
だがこの極限下において拒絶する余裕のないコスモは自然と首を縦に振ってしまった。
「それは良かった。ご案内します」
なすがままKに誘導されながら憔悴のコスモは長身な彼女の背後を追う。
連れた行かれた場所は何ともモダンな雰囲気が漂う小さな喫茶店だった。
歓楽街から離れている為か、人気は少なくエンタメ雑誌に載る世間や若者に媚びたタイプとはまた違う。
カランコロンと軽快にドアベルの鐘が鳴り響きマスターと思わしき上品な初老の男は小さく微笑みを向ける。
いつもそこに座っているかのような慣れた動きで窓側の席へとKは着席し、追随するようにコスモも恐る恐る腰を下ろした。
鉄製の建物が主流な現代においては珍しい木製の内装は絶妙に居心地の良い古さを醸し出している。
「ホットコーヒーとクッキーを、コスモ様はいかがなさいますか?」
「えっ、じ、じゃ同じものを」
直ぐに注文された品は二人の目の前へと届きマグカップから香ばしい匂いが漂う。
「……美味しい」
喉元を通った瞬間、丁度いい暖かさと甘さのある味が心に落ち着きを与える。
ここ数日、飲んでも食べても味がしない程にストレスを抱えていたコスモは久しぶりに旨さというものを味わった。
「数ヶ月前に見つけた穴場でしてね。この洗練された王道の味が堪りません。最近流行りの喫茶店はどれもエンタメ性を重視して味を後回しにするのが多くて困ります」
「流行りは嫌いと?」
「嫌いではありません。好みに合えば流行りに乗りますが好まないのであれば例え一世を風靡してようと私は拒絶する。何かに振り回されてるだけでは自分を見失います」
クッキーを頬張りながら持論を語るKに対しコスモは下を俯きながら小さく笑う。
「……いいですね。確かな自分があって」
振り回されてれば自分を見失う、その言葉は今の彼女を鋭く抉った。
王国騎士という概念に振り回され自死寸前まで失望に陥れられたコスモはまさしくKの言葉通りに哀れを極めている。
「私は……ただ馬鹿みたいに周りに振り回されていただけでしたよ」
前とは明らかに覇気を失っている様子に確信めいた表情をKは浮かべ、遠回しに質問の言葉を紡いでいく。
「ここ最近学園にも顔を見せていないとバタフライ様から聞きました。まっ……貴方が学園に行かなくなった原因の一部は私ですが。貴方が政府の犬という疑惑を裏付けたのは私ですので」
「ち、違いますッ! あれは元々嘘をついていた私に全ての原因であって貴方やバタフライに非は!」
被せるように立ち上がるとコスモは自らの責任だと否定を行う。
確かに自らの素性が明かされこの状況に陥ったのはあの天才少女と目の前にいるメイドであるKが原因。
だが元を辿れば調査員として侵入した自分自身に責任があり素性が明かされた事に対してとやかく非難する権利はない。
「……申し訳ごさいませんでした。貴方やバタフライを騙して私は生徒として侵入し政府への調査を行っていました」
「別に構いませんよ。クソ主人も言っていた通り何かしらのアクションは政府がしてくるとは予期していました。まさかこんな美人が送り込まれるとは考えていませんでしたが」
バタフライ同様、Kも特にコスモを咎めることはせず至って冷静に気を昂らせる彼女を嗜めていく。
「そもそもバタフライ様が描く世界は現代への鋭いアンチテーゼ。否定されて当然です。革命は常に批判と共にありますから」
「……今じゃあいつが羨ましいですよ。ずっとウザくて喧しくて恐ろしい、でも自分らしくずっと生きていた。自分らしくと思っていただけの私とはまるで違う」
独特の空気感に呑まれコスモは深い面識のないKへと胸中を吐露していく。
「騙されたんですよ、騎士団長に王国騎士に戻れるって言われて私はこの調査に挑んだ。でもそれは私を操り人形にするための偽りの言葉でただそれに踊らされていた。何もかも振り回されて全然私らしい生き方なんてしてなかった、今の私に自分らしさなんて一つもない!」
自分や周りへの怒りを隠しきれず段々と語気は強まりグッと拳を握る。
八つ当たりというのは理解しているがそれでも一度開放された本心が止まることはなく流れるように口から発されていった。
「見返してやる……その手段の一つとして私は王国騎士になったというのに、いつからか王国騎士そのものに固執して見返すって自分らしさが段々と消えていった……今更そのことに気付くなんて阿呆の極みです」
何か言葉を返すこともなくKは淡々とコスモの話に耳を傾ける。
溜まったものを吐き出したお陰か、コスモは久しぶりに冷静さを取り戻す。
ゆっくりと深呼吸をしながら平常心へと回復していき、物事を客観視出来る余裕が生まれ始めた。
故に冷静になれたこそ、ある疑問がコスモの脳内には過る。
「貴方は何故なんですか」
「何故とは?」
「何故、あの破天荒なバタフライの従者として生きているのですか? 世界から警戒されている彼女の従者になるなんて相応の理由がなければ行うことではない」
謎めいた要素が多いKにコスモは純粋な疑問を投げかける。
まともな神経していればあんな世界の破壊者になりうる頭のネジが外れた奴の従者になるなんて選択肢は真っ先に捨てる。
だが目の前の存在は正真正銘バタフライのメイドであり、特に脅されて嫌々やらされているという様子も見当たらない。
消極的な理由ならあそこまでバタフライに対して無礼講にはなれない。
だからこそ、世界に流されないKの理念に深い興味を抱いていた。
「私の話を聞いても別に面白くないと思うのですが。まぁしかし貴方は偽りとはいえバタフライ様にとって唯一の御学友。拙い過去でも良いのならお話しましょう」
マグカップを受け皿へと戻すとキレのある瞳でKは自身の過去を淡々と明かしていく。
優雅な雰囲気を醸し出す彼女から発せられた内容はかなり暴力的であった。
「私は元々孤児院出身でしてね。親が誰か分かりませんし名前もなかった。Kという名は職員に名付けられました」
「ッ! 孤児院出身って……」
「奇遇にも貴方と同じですよ。その後はメイドとしてある女主人の屋敷に六年ほどは住み込みで働き安い給料を貰っていました。そして……主人を殴ってクビになりました」
「……はっ?」
「ぶん殴ってクビになりました」
「はっ!? 殴ってクビッ!?」
「そうです、鼻の骨にめかげて一発。最高のストレートが決まり女主人はぶっ飛ばされました。あの時の情けない酷い顔は……今でも爽快感に満たされ笑いが込み上げます」
突然の清々しい暴力行為の告白にコスモは唖然とする。
悪びれる様子もなく拳を掲げながら悦楽気味に話す姿がカオスさに拍車をかけていた。
短気な性格から琴線に触れると手が出ることが多いコスモであれ、人を殴るのは最良の手段ではないと自覚している。
私情以外にも立場の都合的に犯罪者を鎮圧するための合法的な暴力を行うことも多かったがそこに快楽さは見出していない。
「毎日毎日私などにネチネチとした罵倒を繰り返してましてね、所謂パワハラに該当するタイプかと。突然奴隷みたいな扱いが馬鹿馬鹿しくなり試しに殴って辞職致しました。そしたら物凄く面白くて……ブフッ、失礼」
思わず口元から笑いを堪えきれず吹き出しKは愉快そうに微笑んだ。
暴力的ながらも常識人かと思っていたイメージは簡単に崩れ去る。
ここまで理性と本能が飛び抜けている人間をコスモは見たことがない。
「その後ですよ、あの人との出会いは。確か……少し肌寒い季節でしたかね」
懐かしむかのような穏やかな表情でKは運命的な遭遇を記憶の戸棚から引っ張り出す。
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