第27話 解に導かれる巡り合い

「寒っ……だから冬は嫌い」


 秋が終りを迎え始め冬に差し掛かることを告げる冷たい風にKは身を震えさせる。

 防寒着の黒いコートやマフラーは寒がりな彼女の心を満たすことはなかった。

 行き場を失った、いや一時の悦楽の為に自ら捨てたKは天を見上げる。

 後悔はしていない、あのまま無気力な日々を過ごすのは死んでるも同然。

 女主人の鼻が折れ、歯が砕け散り驚愕の表情で見つめていたあの顔は心に笑いを満たしていく。

 

(と言っても何も決まってない、どうするか)


 だが自分勝手に生きられないのが社会であり相応の報いは必ず帰ってくる。

 その理に抗えることはなくKは代償として路頭に迷う羽目となった。

 薄暗い曇天が彼女の現状を表しており未来への不透明さを痛感させる。

 行く宛もなく、Kはただ目的のない旅路で町並みを彷徨っていた。

 やがては繁華街や都市部を離れ郊外の住宅街へと辿り着く。 

 特にこれまでの景色に何か関心を向けることはなかったKだがある屋敷がふと視界に入った途端、彼女は足を止めた。

 木造で作られた風情と不気味さを兼ね備えた時代を感じる邸宅。

 年季を考慮しなければ立派な建物ではあるのだがここ暫く人は入居していない。

 風の噂で事情を知っていたKは哀れな表情を浮かべ呪いの館を見つめる。

 

(一家全員で心中した屋敷とはここだったかしら。そりゃ人も入らない訳ね)

 

 かつては裕福な上流階級の家庭が住んでいたが会社倒産をきっかけに一家心中を図ったとされる曰く付きの物件。

 いずれは幽霊が取り憑いていると音も葉もない噂が出回り誰も格安になろうとこの屋敷を買う者はいなかった。


 スピリチュアル的な話は余り信じない彼女だが放たれる禍々しい雰囲気は心に不安と好奇心を植え付ける。

 特にこの場所に目的はない、だがKは惹かれるように無意識な思考で屋敷へと足を踏み入れてしまう。

 外見と同じく内装も廃墟という言葉を表すかの如く、見るに絶えない姿となっていた。

 至る所の壁紙は剥がれ、床は今にも壊れそうな軋む音を奏でる。


「……希望もクソもないわね。こんな腐った場所は」


 吐き捨てるようにKは呟く。

 まるで未来が見えない自らを暗示しているような空間に少しばかり苛立ちを抱いた。

 興味本位で入り、不快な心に満たされる結果に踵を返しその場を立ち去ろうとする。


 バキッ__。


「……っ?」


 だがドアノブに手を掛けようとした寸前に響いた雑音が彼女の行動を制止させた。


 何かが明確に破壊される音。

 原因はネズミなどの小動物かと考察するがそれにしては大き過ぎる。

 明らかに人が何かをしたような響きにKは一瞬にして好奇心が思考を覆う。

 ゆっくりとKは極力足音を立てずに音が反響した場所へと近付いていく。

 悪質な泥棒の可能性もある以上、素直に逃げるのが最善の手だろう。

 だが行く宛も、失う物もない怖いもの知らずなKは興味という動機から敢えて危険地帯へと足を進ませていた。 


 辿り着いた場所は最も奥に位置する大広間と思われる部屋。

 迷うことなく薄汚い扉を僅かに開け、覗き始めた彼女の視線に映ったものは


「……はっ?」


 小汚い美少女だった。

 ボサボサの紫髪に布一枚の衣服。

 紅の瞳を綺羅びやかせるその存在はKの視線を釘付けにする。


「子供……!?」


 余りに予想外過ぎる可憐な正体に啞然とするしかなかった。

 少女の手元には木床の破片が握られておりマジマジと凝視する。


「スウィート・スイープ」

 

 数秒後、少女は木片を宙へと投擲した。

 次の瞬間、埃だらけの木片の周辺には見たことのない純白の魔法陣が出現し、瞬く間にへと変化した。


「はっ……?」


「ん〜甘くて美味! ただ味濃いな。もう少し改良が必要か?」


 バリボリと音を立てながら美味しそうに食べる少女の姿はみすぼらしい外見とは裏腹に幸福に包まれている。

 異質な光景に目を奪われているKは一挙一動を珍獣を見るように観察していく。


 見たことのない魔法と詠唱。

 純白の何にも染まっていない魔法陣。

 鮮血のような赤い瞳。

 何故こんな場所に汚い姿でいるのか。

 

 退屈な日常を送っていたKにとって全てが胸を躍らせるものばかりであった。

 段々と気の緩みが生まれ始め、無警戒な思考へと至る中、少女の声が鼓膜へと響く。


「いつまで隠れてんの? そこの人」


 その瞬間、全身に悪寒が走る。

 隠れきっていると油断していた思考は瞬く間に緊張に満たされ「ッ!?」と焦ったKは咄嗟に扉を閉める。


「な〜に、別に君を取って食おうとしている訳じゃない。いい子だから出てきなよ」


 扉越しに聞こえる小生意気な言葉。

 本能的に逃れることが出来ないという一種の服従心が彼女の身体を動かし、再度扉を開くことで観念したことを示す。

 ギロリと赤い瞳を動かした美少女はKの形相を捉え力強い眼力で彼女を射止める。

 人間でありながら異質さを醸し出す雰囲気に独特な息苦しい空気感が場を支配した。

 体感したことのない感覚に心臓の鼓動は考えられぬ程に加速していく。

 何かに恐れることはなかったKもこの時ばかりは冷や汗が零れ落ちる。


「ねぇ、この屋敷、君の家?」


「はっ?」


「君の家か聞いているんだ」


「ち……違いますが。ここは数年も前から人が住まなくなった廃墟で」


 どう考えても年下の相手からの質問なのだがKは無意識に敬語を使ってしまう。  

 ぎこちない彼女の姿を美少女は笑いながら言葉を紡いでいく。


「へぇ、ここ廃墟なんだ。こんなにいい家なのに勿体無いね〜可哀想」

 

「あ……貴方は何者? 一体何処から来て何処で生まれて……あの魔法は……!?」


 対話が出来るという事実が少しばかりの安心感をKに抱かせ、吐き出されるように彼女は質問を唱えていく。

 

「……バタフライ」

 

「バ、バタフライ?」


「バタフライ・オリジナル。それがワタシの名。それ以外は何も分からない。何処で生まれて何処で育ったのか。分かるのはこの名前と不思議な魔法を使えるってことだけ」


 バタフライと名乗る幸薄さを全く感じさせない記憶なき少女はKへと笑みを浮かべる。

 背伸びをしながら立ち上がると名案を思いついた仕草で一方的にこう宣言を行った。


「そうだ! 君、ワタシの従者になってよ。新たな世界を一緒に見ないかい?」


 差し出された華奢な右手は新たな世界へと誘う危険な香りを含んでいる。

 記憶の大半を失う摩訶不思議な少女の言葉はKの心を確実に射抜いた。



* * *



 過去を遡ったKは満足そうな笑みで開眼しコスモへと内情を明かしていく。


「訳が分からなかったですよ。何処の馬の骨かも分からないうるさい少女にいきなり従者になれなんて、貴方もそうでしょう?」


「え、えぇ……頭が真っ白になるのは人として当然の思考回路かと」


「家出少女かと思いましたが何処に連絡しても彼女を知る者はいない。透き通った目をしながらその過去は全くの不透明。それに世界を破壊しかねない創造魔法……私も最初はゾッとしましたよ、その異端児に」


 当たり前の判断とコスモは同情する。

 いるだけでも不気味なあいつに提案を持ち掛けられる、しかも従者になれだの誰だって恐怖に犯されるはず。


「でも……段々と惹かれるようになった。あんなにボロボロな姿なのに悲壮感は全くなく純粋な笑顔を浮かべて。世界を変える大きな理想をマジな顔で唱えて」


「ワーロック・ワールド……ですか?」


「固定化された世界を覆す、馬鹿馬鹿しい、実に馬鹿馬鹿しい、でも面白い。自分に夢がないのなら人の夢を叶えてもいい。だから私は彼女の従者になることを決意した」


 その後はジェットコースターにも近い速度で事態が動いたとKは言う。

 長年の貯金で屋敷を買い取り清掃し、バタフライには衣服やお洒落を与え、奇妙な共同生活は始まりの鐘を鳴らす。

 

「よく馬鹿にしていますが……主人の周りを惹きつける能力は凄まじいです。アポ無し直談判で学園長の心を動かしてしまったのが何よりの裏付けでしょう」


 世の理を急速に理解していく天才少女は瞬く間に世界へと影響を与える。

 肯定だろうと否定だろうと、人々の記憶にはバタフライの存在が焼き付いていく。

 フィリアとの戦闘にて否定的で陰鬱な空気を簡単に吹き飛ばした姿を見ているコスモは彼女の影響力を理解している。

 

「私には夢や希望がない。死んでも特に誰かを悲しませない人間。だからこそ私は彼女の未来を見たいのです」


 真剣に語る姿は冷徹ながらも子供のような純粋さを醸し出す。

 

「あの人の理想であるワーロック・ワールドの世界を」


「その世界が……必ずしも良い世界になるとは限りませんよ」


「別に最後が破滅だろうと関係ないです」


「はっ……?」


「今のつまらない世界よりもあの人の世界を追いかける方が面白く思えて居心地が良い。ただそれだけの理由、その結末が最悪だろうとそれもまた一興、運命を受け入れるだけ」


 余りにも清々しい自分勝手な言葉。

 聞こえは良いが面白いから彼女に従う、例え世界が破滅しようと関係ない。

 クズと罵っても問題はない快楽主義な内容にコスモは開いた口が塞がらない。

 

「ゴミな思考だとは私も自覚しています。だが私もまた、バタフライという存在に魅了されてしまっている。もう後戻りするつもりはありません」


 いつの間にか数時間も時計の針は進んでおりKはお開きにしようと二人分の料金を机へと置く。

 少しばかり乱れたメイド服を丁重に整えると美麗な顔でコスモを見下ろす。

 

「どれだけ否定された道だろうと私は自分に従って自分らしく進み続けるのみ。ではこれにて失礼。お代はそれをお支払いください」


 深々とお辞儀を行い、Kは足早に喫茶店から風のように去っていく。

 考えもしない常人とはかけ離れた持論はコスモの心に揺さぶりをかける。


「私にどうしろって……言うのよ」

 

 正しくなくとも己を満たす為に自分らしい道を歩んでいく。

 迷走を極める彼女にとってその言葉は痛烈に突き刺さる。

 どの選択肢が最も後悔せず最高の未来を描いてくれるのか。

 理性と本能、これまで眠れない程に苦悩されてきた正反対な二つの言葉が改めてコスモの思考を迷わせていく。

 前々から何処かバタフライに魅せられ気持ちが揺らいでいたことは自覚していた。


 だが認めるわけにもいかず、王国騎士という心の枷が彼女の意思を固めている。

 しかしその枷が絶望という結末によって外れた事で前提は全て覆される。

 今の彼女は自由だ、完全なる自由だからこそしっかり苦悩することが出来ているのだ。


(私は……私は……何をしたい。どうすれば自分らしく生きれる。どうすれば全てを見返せる)


 馬鹿にされた過去を見返す、隻眼である劣等を払拭して世界を変える。

 幼き頃から存在した唯一の理念を今一度コスモは見直す。

 赤い夕日が照らす空、永遠にも感じる時間を使い彼女は運命の分岐点で思考を凝らす。

 簡単に答えが浮かび上がらない自問自答に悩み、悩み、悩み、悩み、ようやくコスモは顔を上げた。

 

「ッ……!」

 

 脳裏に過った一つの選択肢。

 ある少女との思い出が「この道に進め」と誘惑するように囁いていく。

 最も有り得ない、天変地異と同然と考えていた分岐が先の見えない闇に包まれていた彼女の心を照らす。


「自分らしく……生きる」


 この選択が正しいのかは分からない。

 自分がこの道に進んでいい資格があるのかは分からない。

 全てを投げ出して選んだこの道が希望となるのかは分からない。


 だが今は、その道が心地良いと思える説得力を有している。

 何かを振り払うように立ち上がるとコスモは決意の表情でその場を後にする。

 机には飲みかけの珈琲と少しのお金が散乱していた。

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